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「ら、らいる…?で、でも…」
「嫌かしら?」
バッと顔を上げる幼い彼は何度も、何度も一生懸命に首を横に振り、同時に涙をこぼれるほど流している。そんな彼を見て思わず目頭が熱くなってしまう。どうして、どうして。なんの罪もないこんな子供にひどいことができるのだろうか。色が無く、魔力がないからなんだというの。私が生きていた世界では誰も魔力なんかなくたってみんなが毎日を一生懸命に生きていたのに。色々なことに対する差別はあっても、人を人とも思わない非道な人もいたけれど、それは何十億といる人の中でほんの一部だったわ。
自分のために、自分の未来のために、辛い現状に立ち向かおうとして頑張っている人の方が断然多かったと思う。ただ私が知らないだけかもしれない、自分がそう生きていたからそんな人が周りに多かっただけかもしれない。だから努力をすればみんなが報われるなんて甘くて、夢みたいなことは言わない。けど、それでも、努力をすることで報われる人間の方が多かったはずよ。
誰もがみんな自分の力で立つことができた。この世界でだって同じよ。私たち貴族が土台を作りさえすれば、知識がついて、考えることができるようになる。今でさえそうなのだから、もっと良い方向に行くはずなのに、そうすれば自然とみんな自分の力で立っていることができるようになるわ。そうすれば土地や商会を管理する側ももっと良い方向にいくはずなのに。ただ自分が優位に立ちたいだけ、無駄な見栄を張りたいだけ。すぐに足を掬われてもおかしくないような現状をただ維持しているだけ。
魔力の有無なんて、絶対に関係ない。ましてや、色が薄いだとか濃いだとか、そんなものなんの関係もない。
だってそうじゃない、この世界で生きる貴族よりも平民の方がずっと多いのにその平民には魔力がない人だっている。それでも税が収められる、農地を管理する民がいるから、土まみれになることもなく食にありつける。誰しもが自分が生きるために働き、貴族の生活を支えているのに。綺麗な格好をして、分かったフリだけして見栄を張って、領民を顧みることもしない。不満も不平も溜まって当然だわ。だからと言って、平民が何もせずに生きていけるほどこの世界は甘くない、魔力なくとも、生きていかなければいけない。そんな彼らは、自分ができることを模索して、学がないから仕方ないと重かったり汚かったり面倒くさかったりする仕事をやってくれている。十分に国を支える一柱じゃない。
貴族っていうだけで、傲慢で不遜な態度ばかりとって勉強さえも疎かにして、まとも知識もないような人間は、こうして平気で民を虐げるのに。
自分が相手の立場になったときのことを考え、想像することもできない、馬鹿ばかり。
そんな人達に虐げられても、顧みられることがなくても、生きようと必死にもがく人間がこの世界には信じられないくらい多くいる。そんな人達を私はどうしても見捨てられない。でも、私一人の力でどうにかすることが難しいわ。だからせめて、私の目の届く範囲で、救われたいと願い努力ができる人達に手を貸してきた。
なのに、こんな幼い子がこんな扱いを受けているのを目の当たりにしてしまうと、だめね。
どうしたって胸が痛くなる。結局、私は、こうなってからでしか、救うこともできないんだもの…。
「ごめん、ごめんなさい。痛かったわよね…辛かったわよね…嫌だったわよね。何もしてあげられなくて、こうなってからでしか手を貸すことができなくて、ごめんなさい。生きていてくれて、ありがとう、ライル」
私の言葉を聞いてさらに激しく泣き出した小さな体を、そっと包み込むように抱きしめると私の体が白金色に輝き出し、みるみるうちに子どもの傷を癒していく。さらに汚れ切っていたはずの髪も、顔も、体も、服までもが綺麗になっていくのを確認したレイラ様が声を掛けてくれた。
「ラナ…もう大丈夫みたいよ」
「…ええ、そうね」
返事をして、抱きしめた腕の力を緩めて覗くようにして見ると、腕の中の彼もこちらを見上げていて視線が合う。すると彼は、泣き笑うようにして笑顔を見せてくれた。この子のことは、…見つけることができた、この子だけでも私が守ってみせる。そう決心したとき、レイラ様が子供におずおずと話しかける。
「ライル、わたくしはこの国の第一王女でラナ…ニーナの親友よ。ニコールというの。…あなたを、あなたがこんな目に合っているのも知らず、もっと早く助けてあげられることができなくて、力のない王女でごめんなさい。もっと頑張るわ。あなたが、あなたのように苦しんでいるであろう民を救えるよう…死ぬ気で努力するから。だから、これはわたくしのわがままになってしまうのだけど、聞いてくれるかしら?」
涙を流すこともなく、ただまっすぐに彼を見つめてそう問うレイラ様の姿に、少しだ驚いた。
彼女はこんなことを言うような人間だっただろうか。確かに仲は良かったし、親友ということも否定はしないけれど。それでも王族であり、尊い立場の彼女はこれまでもこういった民の問題をちゃんと理解しているようには見えなかった。理解していたとして、何か行動に移すようなこともなかった。自分は王女で、いつかこの国の貴族かもしくは違う国に嫁ぐ立場だから国のことに口は出さない、そう言って悲しげな瞳をしていたことがある彼女を思い出して、自分がとんでもない勘違いをしていたかもしれないことに思い至った。
もしかしたら、あの時の悲しげな瞳は自分が何もできないことを憂う意味があったのだろうか。彼女は彼女なりに、この現状をどうにかしたいと思ってくれていたのだろうか。今の言葉こそが、彼女の奥底に秘めたはずの本心だったのだろうか。
無言で彼女を見つめていると、腕の中にいるライルは『王女』という言葉に緊張したのか、少しだけ体を震わせている。それでもまっすぐに彼を見るレイラ様の顔を、彼もまっすぐにしっかりと見つめている。そして、彼女の問いの答えるように、ゆっくりと頷く。
「そう、ありがとう。では、わたくしから言えることが一つよ。”努力して、生き抜きなさい”。きっとこれからそこの彼女が手助けをしてくれるわ、あなたが生きるためのね。それに甘えることはいいことよ。だけど、驕らずにできるだけの努力をしなさい。彼女のそばにいれば、絶対に大丈夫だから。私は彼女といることが多いの、きっとまた会うことになるわ。何か手助けしてほしいことがあれば、その時にでも話して。いい?」
「…な、なんでも僕なんかに…そんな…」




