第10回:戦いとお茶
長い時間をかけて選んだ挙句。
ティーパーティーに着ていくドレスに悩んでいたカリアは、ついに結論を出した。
「迷うくらいなら迷わない選択をすればいい」
そう決めた彼女は、学園の制服を着ていくことにした。ユニフォームの良いところは、選択に時間を浪費しなくて済むこと。それに、このデザインはなかなか悪くない。
身支度を整え、目的地に到着すると――ブレイドはまだ来ていなかった。カリアは木造の壁に背中を預け、目を閉じて休息に入る。
時間は刻一刻と過ぎていき、開始十分前になってようやく懐かしい気配を感知。カリアが瞼を開くと、廊下の向こうから慌てた様子で駆け込んでくるブレイドの姿が。
赤いワンピースドレスに身を包み、完璧にメイクを施した彼女を見た瞬間、カリアは少し後悔した。制服で来たことを。
メイクも髪型も、まるで人形のように美しい。もっとも、ブレイドは普段から素顔が綺麗だから、大差はないのだが。
「重要なパーティーなら正装すべきだったか…いや、学生同士の集まりだし、貴族の舞踏会じゃあるまいし」
そう呟いた時、ブレイドが息を切らしながら近づいてきた。
「カリアさん、招待ありがとう! でも本当にS級限定の場に私が入って大丈夫かしら?」
「問題ない。何かあれば私が責任を取る。彼らとは疎遠だし、話し相手がいた方が心強い(こころづよい)」
「ふふっ、それじゃ遠慮なく。さ、行きましょう!」
場所は本校舎の最上階。校長室があるこのフロアには、レベルエス専用の施設が完備されていた――食堂、図書館、教室、闘技場、寮。
しかしカリアは自らブレイドのクラスを選んだため、ここを訪れるのは初めて(はじめて)だ。豪華という言葉以外に形容のしようがない空間。誰かに教えられなければ、貴族の屋敷と勘違いするほどだった。
校長室の重厚な扉を横目に進むと、空間転移の魔法門が現れた。
この学園では重要な施設間に必ず転送門が設置されている。創立者である無名の空間魔法使いと創造魔法使いが遺した伝統だという。
門の向こうに広がるのは――
〈空中庭園〉
景色を眺める間もなく、二人を待ち受けていたのは準備係のトートカナではなく、赤く輝く剣の一閃だった。
「――ッ!」
カリアは瞬時に同格の剣を召喚。反手に構えたまま、魔法武器同士がぶつかる高音を響かせた。
表情一つ変えないカリアに対し、襲撃者の少女と後方のブレイドが驚きを隠せない。
青白い鎧に身を包み、胸元に黄金の薔薇を刻んだその少女。黒髪のショートカットが銀色の瞳を際立たせている。
「ハッハッハ! 言った通りだろエミ? こいつは強いぜ」
カメロンの声が響く方を向くと、トビーとトートカナが家具を片隅に寄せたテーブルに座っていた。どうやら今回の襲撃は仕組まれていたらしい。
エミと呼ばれた少女は唇を噛みしめ、さらに力を込めて剣を押し込もうとする。だがカリアの腕力――いや、ステータスの数値が明らかに上回っていた。
一分間に及ぶ押し合いの末、エミは舌打ちをして剣を鞘に収めた。
「カタトスを倒した話は本当だったわね…自分で確かめるまで信じられなかった」
「だから言っただろ? ほら、痛い目見たじゃねえか!」
カメロンの嘲笑を無視し、エミはカリアに向かって深く頭を下げた。
「突然の斬撃、申し訳ありません。入学式でシルバーブレードを倒した上、冒険者ギルドではレベルチのカタトス会長まで…その実力を確かめたくて」
ゲームで慣れているとはいえ、いきなり戦闘になる展開にカリアは内心呆然とした。だがブレイドに危害が及ぶようなら話は別だ。
臨時召喚した剣を消しながら、一歩前へ出る。
「構わない。次からは場所と時間を決めてくれれば。ただし――」
同伴者を驚かせる行為は控えてほしい、という視線を送ると、エミはもう一度謝罪した。
一件落着したところでトートカナが手を叩く。魔法の力で片付けられていた家具たちが元の位置に戻り、お茶とお菓子が並べられる。
張り詰めた空気が紅茶の香りと共に溶けていく。新入生同士の茶話会は、自然と自己紹介へと移った。
カメロン――貴族の生まれながら軍で過ごし、いつかは独立するため学園へ。現在は冒険者として山賊退治を生業にしている。
エミ――東洋の国から伝説の聖剣を求めて来日。アトランティスの開国皇帝が使ったとされる〈聖剣エクスカリバー〉を探している武闘派。
「聖剣の手掛かりは?」
「知らない」
即答にエミは目を見開いたが、カリアの表情に嘘の気配はない。話題が途切れたところでブレイドが口を挟む。
「五人組の残り三人は?」
「あいつらは文系だ。授業中だから来られねえよ」
三年生の双子姉弟マリー&マルコ、七年生の生徒会長マリア――トビーが補足する声に、エミが肯きながらカリアへ問いかける。
「ところでカリアさんは何の目的でこの学園へ? 締切後の編入は稀だし、ブレイドさんですら遅刻扱いだったのに…」
開学式でシルバーブレードを撃破。翌日にはレベルチの冒険者カタトスを倒す――15歳の一年生とは思えぬ経歴。
「本当に聞きたいのか?」
カメロンとエミが息を呑んで頷く。ブレイドが心配そうに見守る中、カリアは紅茶を一口飲み込んで答えた。
「家にいるのが退屈だったから」
沈黙が流れる。二人の顔には明らかな不信感が浮かんでいた。この世界のオックスブリッジとも言われる名門校に、そんな理由で編入できるはずがない。
自分達が血と涙を流して入学した過去を思うと、どうしても納得できなかった。
(この子には何か隠し事がある…)
(故郷の危機を救う手掛かりになるなら…)
(協力者の指示通り接触を続けるべきか…)
トビーとトートカナが二人の険しい表情に気付くより早く、カリアは椅子から立ち上がった。
「そろそろ始めるか」
「ああ、もちろん! エミも問題ないよな?」
「ええ、先程の一撃だけじゃ物足りなかったわ」
トートカナが魔法で展開した異空間へ向かう三人。その背中を見送りながら、ブレイドはそっと拳を握りしめた。
(カリアさん…無理しないでね)
こうして空中庭園に、新たな因縁が生まれることになった――
......
神聖ジェグナート王国、帝都、議会大厅。
青と銀——この広間を構成する全て(すべて)の基調色だ。草花から人々(ひとびと)の衣装まで例外なく。
〈考究の間〉と呼ばれるこの建築物がこうした色調で彩られている理由は、初代ジェグナート王と女帝の位階色に由来する。
青と銀。その融合が、古く神聖でありながら血塗られた歴史を刻んできた国家を形作ってきたのだ。
通常なら、この場に立つ者は天賦の才に恵まれた者ばかりである。
そうした者の顔には、往々(おうおう)にしてその才に見合った自信が宿っているはずなのだが——
例外なく、玉座の下から入り口まで続く絨毯の上、扉を守る衛兵たちが兜で表情を隠しているのを除けば、広間に集まる全員の顔色が鉛のように重たい。
召使から貴族、王に至るまで。
左右に整列した文官武官の列も同様だ。
もし一般市民がこの光景を目にしたら、きっと訝しむだろう。なぜこの華やかな社交場に集まった者たちが、一様に暗い表情をしているのか?
その問に対する最高権力者の回答は、こうなるだろう。
「まったく理由がないわけではないのです」
例えば(たとえば)、出勤初日の朝に「職務怠慢で一つの街を滅ぼした」と知らされたら、どう思うか?
しかも心の底では、それが単なる過失ではないと気付いているとしたら?
己の職務を忠実に果たしたにも関わらず、惨事が起きてしまったのだ。
そう、これは紛れもない不可抗力と呼ぶべき事態だった。
連合魔法学院の開学祝宴出席中に、蘇った吸血鬼によって一つの街が消えたとは。
自然発生でなければ、人為的な可能性も否定できない。
報告書を読み進めるアポスは深く息を吐いた。この問題を完璧に解決する術が見当たらない。
ページをめくる度に増えていく犠牲者名簿。
生者と血族の確執は千年の時を超えて続いている。
一つの問題を解決しても、伝播によって新たな火種が生まれる。
まさに百足の蛇を斬るが如し。頭を一つ断ち切れば、二つが生まれよう。斬らなければ、毒牙に喉元を噛み千切られる。
まさに油断の隙を突かれた形だ。
「銀刃のアポス」が国外に居た隙を突かれたのだ。
たまたま——そう片付けられるかもしれない。
だが、もう一つの警戒事案を考え併せれば、偶然とは言い切れまい。
人類の魔法文明を飛躍させた〈タロータロス〉の消失。
その事実を知った直後に、吸血鬼事件で街が消える?
さらに〈タロータロス〉に刻まれた〈シス〉の紋章が本物と確認されたとなれば……。
厄介なことになった。
自ら出陣すれば瞬時に解決できるが、それは黒幕の居場所が判明している場合に限る。
力があっても、その使い道が分からなければ宝の持ち腐りだ。
親征で威圧感を示せば、相手はアポスの名を恐れて潜伏するだろう。吸血鬼は死者ながら、決して愚かではない。
弱い者いじめと強者への畏怖——それは生物の本能だ。
……ふと、アポスの眉が跳ね上が(あが)る。
「そうか、弱きを挫き、強きを恐れる……!」
閃きを得たアポスは報告書を閉じると、傍らに侍う侍女に手渡す。玉座から立ち上がり、外套を翻しながら命令を下した。
「カタート支部の冒険者、トールク=ジョン=カーリアに指名依頼を出せ。緊急対応だ」
......
――連合魔法学院、本館屋上・人造幻界にて。
槍先が突き出る。マントが翻る。黄色い光の奔流が闘技場の端から中央へと駆け抜けた。
あまりの速さに、残像と実体の区別すらつかない。これこそが〈戦技・神龍連突〉の真髄だ。
「雑魚かどうかは……これで判別できる」
最初の一撃で勝負が決まる。相手が雑魚なら、そこで戦闘は終了だ。
だが相手は――新入生ながら〈レベルセイの冒険者(Sランク・アドベンチャー)〉に認定されたカリア・ヴェルムーン。結果は火を見るより明らかだった。
刹那、黄金の閃光が炸裂する。まるで真龍が海より現れたかの如く、両手に握る双剣が魔力の軌跡を龍須の如く描く。
その輝きが放つエネルギーは瞬く間に闘技場を満たし、戦場と観客席を隔てる境界すら越えて、無形の圧迫感で全員の心臓を掴んだ。
「……ッ!」
右手の剣が僅かに滑り――直後、グッと握り直され、槍先と剣先が一点で衝突する。ほぼ同時に左手の斬撃が、襲い掛かる恵美の攻撃を寸分の狂いもなく受け止めた。
轟音と共に衝撃波が三人の接触点から爆発した。この事実が物語るのはただ一つ――カリアの防御の力と速度が、二人の攻撃と完全に同調していたという事だ。
「……相変わらずだな」
カメロン・グレイヴは驚かなかった。彼は既にカリアが〈魔眼のカタート〉や〈銀刃のシルヴァ〉と戦う姿を目撃している。もしこの一撃を防げなかったら、むしろそちらの方が意外だっただろう。
一方、不意打ちを仕掛けていた恵美の瞳には動揺の色が浮かぶ。完全に気配を消していたはずだ。英雄技たる〈隠形〉は、相手のレベルに関わらず看破できない――はずだった。
「なっ……!?」
自らの不甲斐なさに舌打ちしそうになるのを堪え、彼女はカメロンの方を見た。長槍を構えた青年は、汗の滴を顎から零しながらも笑っていた。
「一撃必殺は通用しねぇっての。オメーも見てるだろ? あいつの瞳――〈全知の眼〉さ。小細工なんか全部見透かされてんだよ」
歯を食いしばりながら発される言葉に、恵美は改めてカリアの目元に視線を走らせる。確かに――通常の青から、神々(こうごう)しい黄金色へと変貌していた。
(これが……伝説の……)
The Eye of Omniscient.
神に選ばれし者のみが得るという異能。まさか実戦で遭遇するとは――ましてやこの地方に、自分以外にこのクラスの使い手がいるなんて。
「魔法も戦技も、あの瞳に捕捉されたら終わりだぜ」
カメロンの呟きに、恵美の背筋が凍りつく。オムニシェントの能力は、捕捉したデータを次元スキャンにかけ、瞬時に解析・学習する――つまり使用者は既に敵の技を完全に理解している。反撃など最早無駄骨というわけだ。
全知全能の異名は伊達ではない。
「チィ……!」
不意に槍を跳ね上げる。同量の力が相殺され、カリアの剣が宙を切る。隙を見てカメロンは槍を大振りに振り回し、爆煙を発生させて視界を遮った。
「ラッシュ!」
恵美の袖を引きながら後方へ跳び退がるカメロン。煙が散去した先には、微動だにせず優雅に立つカリアの姿が――彼女の足元には、一センチの移動もなかったことを示す魔法陣の光が残っている。
「なんで分かったんだよ!? あの瞳、カリアが使うの初めて見たはずじゃ――」
問い掛けながらも、恵美は自ら答え(こたえ)に気付いた。カメロンの瞼の裏で、淡い紫の光が渦巻いている。
「ああ、アイツの金色は初見さ」汗を拭いながら、青年は虚空に手を伸ばす。「強いて言うなら……オレも持ってるからな。この〈紫電の眼〉を」
「……っ!?」
金色の虹彩――伝説上の存在とされ、最高位は銀色と定められていた虹彩魔法の真髄。その常識を、二人が同時に打ち破った。
「今まで隠してたなんて……」
「当たり前だろ。最終奥義なんだから」虚空から引き抜いた機関銃に弾丸を込めながら、カメロンは不敵に笑う。「てめぇに迫られるまで使う訳ねぇだろ? ほら、作戦変えるぞ。オレが囮、アンタが主攻」
「オムニシェント同士じゃないと……勝てないってこと?」
「解析に時間がかかる。それまで耐えろ」
恵美が剣を肩口に構え直す。その刹那、煙の彼方から黄金の刃が襲い来る!
「来るわよ!」
「任せとけ!」
銃声と金属音が共鳴する。弾丸の雨を魔法障壁で弾きながら、カリアはまるで舞うように身を翻す。その動きは、攻撃を仕掛ける恵美自身の鏡像の如し。
「盾!? こいつ……!」
カメロンが舌打ちするより早く、カリアの左腕に出現した聖盾が弾丸を全て(すべて)跳ね返した。右腕の剣は恵美の渾身の斬撃を、ペンを授けるような軽やかさで受け流す。
「一人ずつなら……楽勝ね」
艶やかな黒髪を揺らしながら、カリアが微笑む。その表情からは、最早これは訓練ではなく遊戯であることが伝わってくる。
「クソ……集中しろメグ! 二方向から――」
カメロンの叫び声が途切れる。突然聖盾が霧の如く消散し、彼の槍先が虚しく空を切ったからだ。
「マジかよ!?」
バランスを崩した体勢を、落下してきた片刃の剣で支えるカリア。金属の軋む音と共に、再び均衡が保たれた。
「……やるじゃねぇか」
「お褒め頂き光栄です。Sランクの先輩らしいお手並みですね」
慇懃な物言いで返すカリア。その間にも、恵美の放つ無数の斬撃が、全て(すべて)見えない盾に阻まれる。
(こいつ……自分の攻撃を防御してるみたいに動いてやがる)
歯軋りながら距離を取る二人。その緊張をよそに、カリアは今にも歌い出しそうな優雅さで立ち続ける。
(これが“銀刃”と“魔眼”を倒した実力か……)
ふと、カメロンの唇が緩む。ある計画の鍵が、目の前の少女にあることに気付いたからだ。
「……笑ってんのかよ」
「失礼ね。貴方の瞳が面白そうに光ってたから、つい」
互いを見交わす微笑み。その優美な情景を――三つ(みっつ)の衝撃音が粉々(こなごな)に砕いた。
「――〈魔戦技・闘気分身〉!」
オムニシェントの紫電が炸裂する。カメロンが放った分身体の銃口から、真紅の魔弾が放たれる!




