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「それはそれは。苦労をかけました」


 公園に出る子供の幽霊は、消えた。それを曽根崎に報告したところ、大変不遜な態度で労われたトオルである。

 まあ報酬は出るのだし不満は無い。そう納得し、トオルは曽根崎にコーヒーを出した。


「しかし、何故曽根崎さんの時には幽霊が出なかったんでしょう」

「さあ。当の幽霊は何と言ってました?」

「何も」

「ならば眼中に無かったということでしょう。幽霊もそれなりに人を選んでいると見える」


 曽根崎はなんとも言えぬ不気味な顔をした。笑おうとしたのかな、とトオルは判断する。


「思い込み、幻覚、幻聴、環境的要因、人の思惑、偶然、科学現象……幽霊の出現には様々な原因がありますが、どうしても説明できない事象も時として見受けられる」


 コーヒーをぐいと一気飲みし、曽根崎は言う。


「そしてそのどうしても説明できない事象を、何故か解決できるのが代瀬さんです。私のビジネス上、代替の効かない存在ですよ。今後とも重宝させていただきます」

「重んじていただけるのはありがたいのですが、できれば今後怖いことは勘弁していただけたらと……」

「大きく得ようとするならリスクを躊躇ってはなりません」

「悪いビジネスの話してます?」


 結局、公園の幽霊は例の男が仕込んだものということで決着した。騒ぎには直接関係していなかったものの、いくつもの余罪が見つかったのである。なのでフワッと幽霊の件も男がやったものとの噂が広まり、曰く付きだった公園はかつての賑わいを取り戻していた。

 そして曽根崎に依頼してきた官公庁とやらもこの顛末に大いに満足し、十分な謝礼を用意してくれたようで。


「二対八の取り分でいいですよ。今回の功績は殆ど代瀬さん達によるものです。が、二割は私のマージンということで」

「ええ、構いません。実際曽根崎さんも時間を使って動いてくれたわけですし」

「実際は通報されただけだったけどな」

「佐一さん!」


 店の奥から聞こえてきた声を嗜める。さりとて曽根崎は気にした様子も無く、平然とした顔で立ち上がった。


「じゃ、そろそろ私はお暇します」

「はい。ご足労おかけしました」

「なんの。ではまた」


 細長い影が、するりと自動ドアを抜けていく。……いや、一度うまく認識されずにもがもがと動いていた。あんなに背の高い人でも自動ドアが開かないってあるんだなぁ。

 晴れた世界に曽根崎を見送ったトオルは、さて食器でも片付けるかと腰を浮かす。しかしいつのまにか背後にいた佐一に驚き、また椅子へ尻もちをついた。


「な、なんですか!? どうしました!?」

「……トオル、これ」

「あ……栞、ですか?」

「うん」


 佐一が差し出したのは、肉厚な緑色の草――が平たくなって収められた、長方形の厚紙だった。トオルが公園で拾ったたんぽぽである。丁寧なことに、小さな白色のリボンまでついていた。


「どうせ、お前はまた捨てられないだろうと思ってさ」


 長い前髪の隙間から、佐一はぼそぼそと言う。――トオルは、こうして人ならざる者から『贈り物』を貰うことがあった。この世を本当の意味で去る者が、唯一残していくものを受け取ることが。


「でもこれ草じゃん。放っといたらすぐ原型無くなるレベルでカラカラになるから、潰して栞にしてみた。……よ、余計なことした?」

「いいえ、とんでもない! すごく上手にできてますよ! ありがとうございます!」

「そう。……ならよかった」


 佐一が嬉しそうに微笑む。その表情に、トオルはふとあの幽霊の子供を思い出してしまった。

 手を伸ばす。自分より背の高い彼の頭に手を置く。そのまま、二、三度撫でてみた。


「……どういうこと?」

「あ、いえ! えーと、深い意味は無いのですが」

「そう。……」


 訝しげな顔をされたものの、佐一は少し身をかがめトオルに撫でられやすいようにした。艶やかな髪を、存外大きく無骨な手が行き来する。


「……佐一さんは、魂の生まれ変わりを信じますか?」

「全然」

「そうですよね。実は僕もあまりピンと来ません」

「なんで聞いたの?」

「……あの子がもし生まれ変われるなら、今度こそ大きな手に撫でてもらえるかなと」


 トオルは、穏やかな目元に僅かな寂しさを滲ませた。


「僕の手なんかじゃなくて、本当に欲しい手に」

「……俺は別に、トオルので良かったと思うけど」

「佐一さんは僕以外に撫でられたら蕁麻疹が出ますからね」

「そういう意味じゃ……」

「分かってますよ。……ありがとうございます。僕の手でいいと言ってくれて」


 もう少し何か喋りたそうな佐一だったが、撫でられることで気が削がれたのか。うつむき、珍しく大人しく撫でられていた。

 どこからか湿った風が入り込んでくる。春が終わる。夏が来る。澄み渡るような空に、緑の燃える夏が。

 そうして終わる季節に、白い綿毛が彩る思い出を一つ置いていく。佐一から貰った栞に目を落とし、トオルはやっと佐一の頭から手を離したのだった。



代瀬トオルは引き寄せる〜おててをちょうだい〜・完

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