表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

僕は罠にはめられたようだ

 コンクールを終えた僕は、舞台裏で父に声をかけられた。


「入賞おめでとう。頑張ったな。俺みたいなろくでなしに言われても嬉しくないだろうけど」


 久しぶりに会った父の声は優しかった。


「なんで……あんなこと」

「あのぐらい言わないと本気で練習しないだろ祐樹は。そういうところ俺と似てるから」


 どうやら僕は罠にはめられたようだ。


「またピアノを教えてもらいたいんだ。お父さんのピアノ……好きだから」


 父は少し驚いたような表情を見せてから、にっこりと笑った。


「いいよ。お母さんには俺から言っとく。でも、むちゃくちゃしごくから、覚悟しとけよ」


 やっと本当の気持ちを言えた気がする。きっと一人で父を憎みながらピアノを弾いていたら言えなかった言葉だ。


 結城が手を振りながら近づいてきた。

 桜色のワンピースを着ている。よっぽどお気に入りのようだ。


「おめでとう。やっぱり演奏してる佐倉くんは格好ええな。惚れ直したで」


 結城は興奮気味にバンバンと体を叩く。


「痛いってば」

「そうや、ちゃんと言えたんか」


「またピアノ教えてもらえることになった」

「良かったな。ほんま良かった」


 結城がふいに、父を見て動きを止めた。


「え、もしかして……ほんまもん?」

「萩原光です。祐樹のお友達かな」


 父が差し出した手を、結城は恐る恐る握った。


「ふぁ、ファンです。五歳の時から」

「それはそれは年季の入った。どうもありがとう。祐樹の演奏が良くなったのは、このお嬢さんのおかげかな」


 父がニヤニヤと僕たちを見比べている。


「そういうのはいいから。いつまで握ってんだよ」

「じゃあ、お邪魔虫は失礼するよ」


 父は笑いをこらえながら立ち去った。

 うっとりとした表情で父を見送っていた結城が、突然大きな声を上げた。


「あぁーーっ」

「なに?」


「サインもらうの忘れてた!」

「そんなことかよ」


「そんなことってなんやの。ちっちゃい頃からのファンをなめんなよ」

「そんなにファンなら、僕じゃなくてお父さんと付き合えばいいだろ」


「なに、ヤキモチやいてんの?」

「別に」


 いつの日か僕たちが、結城祐樹か佐倉サクラになるかはわからない。けれど遠い未来も結城がそばにいて、僕のピアノを聴いて、ずっと笑っていてくれたらいいなと思っていた。あの日までは。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ