表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

ピアノを弾く人

 インターフォンを押すと、綺麗な女性が出てきた。結城の母親だろうか。


「結城さん……サクラさん、いますか」

「わざわざお見舞いに来てくれたん。たこ焼き作るとこやから、あがってき」


 強引に腕を引っ張られ、結城家のリビングに座らされていた。結城の母はたこ焼き器に生地を流し込み、小さく刻まれたタコを入れている。


「作ったことある?」

「ない……です」

「ほなやってみ。くるって回して」


 見よう見まねで、たこ焼きを作ってみる。


「器用やねぇ。立派な関西人になれるで」

「生まれも育ちも東京だから無理です」


「面白いこという子やね」

「面白くないです」


 結城が強引なのは、母譲りなのだろうか。


「こんなに早う友達来てくれるとは思わんかったわ」

「いえ、借りてた物を返しに来ただけで」


 階段から降りてきたのは、パジャマ姿の結城だった。眠たそうに目をこすっている。


「お母さん、お腹すいた」

「起きたん。熱下がった?」


「下がったよ」

「お友達来てるで」


 結城は僕に気がついた瞬間、目を見開いた。慌ててソファーに隠れる。


「な、なんで。なにしにきたん」

「金曜までに見ろって言ったのそっちだろ」


 僕は紙袋を差し出した。


「ごめん。ちょっと待ってて。取ってくるわ」


 結城は紙袋を奪い取ると走り去った。

 風邪で休んでいたとは思えないぐらい元気だ。


 ふいに、リビングの広さに対して、大きすぎるグランドピアノに目がいった。


「もう誰も弾いてへんけど、捨てられんでな。ずーっと物置になってるわ」


 結城の母が苦笑いをする。僕の指をじっと見た。


「もしかして、君はピアノ弾く人なん」

「……はい」


「どうりで、綺麗な指してると思たわ」


 小さい頃に、ピアノに向いている指だと、父に言われたことを思い出した。


「あの子、学校でどないなん。猫被ってたりせぇへん」

「僕以外には標準語です」


「やっぱり。昔、方言でバカにされたみたいでな。毎朝練習しとったけど、知恵熱出たんはそのせいやろか」


「ござるますで失敗してたから、バレるのは時間の問題かと」

「ござるます?」


 結城が戻ってきた。桜色のワンピースに着替えている。結城の母がこっそり耳打ちした。


「あれ、あの子の一番お気に入りやで」

「お母さん、何をこそこそ言うてんの」

「サクラ、ござるますってなに?」


 結城が僕を睨む。


「言うてもええんか。佐倉くん」


 結城の母が不思議そうな表情で僕を見ている。僕は目をそらした。

 紙袋を差し出した結城はニヤリと笑う。


「これ。ちゃんと来週末までに見といてな。ほんでこっちが貸してばっかりもなんやし、おすすめのCDでも貸してんか」


「なんでそうなるんだよ」

「佐倉くんが好きなやつなら、なんでもええよ」


 勝手に押し付けておいて、次はたかりか。とんでもない相手に目をつけられたようだ。


「じゃあ、僕もう帰ります」

「ちょっと待って。今詰めたげる」


 たこ焼き入りのタッパーを渡された。


「今度は本場のお好み焼き、作ったげるわ」


 強引なところは、二人ともそっくりだった。




 リビングでたこ焼きを食べながら、お笑いDVDを見ていたら、妹の楓が隣に座った。


「呪いをかけたのは関西人だったのか」

「病み上がりに、たこ焼きをチョイスする文化は、カルチャーショックだった」

「頭痛が痛いみたいなことを言っちゃうぐらいに、ショックなのは伝わりました」


 しまったと思ったが遅かった。妹がニヤニヤとこちらを眺めている。


「たこ焼きもらってもいい?」


 承諾する前に、妹はたこ焼きを頬張っていた。瞬く間にタッパーのたこ焼きが半分近く消費される。


 結城家のたこ焼きはうまかった。うまいものを食べているときは、気が緩むのだろうか。普段なら笑わないようなギャグを聞いて、つい吹き出してしまった。


「最近のお兄ちゃん、前より笑うようになったし、なんか楽しそうで良いと思うよ」

「別に……楽しくないし」


 妹のくせに生意気だ。これ以上偉そうなことを言われるのも癪にさわる。

 DVDを停止して部屋に戻った。


 棚からCDを選んでいると、萩原光のアルバムが目に付いた。

 父が家を出て行ってからは一度も聴いていない。


 目に入らないようにアルバムを棚の奥に押し込むと、何枚かチョイスしたCDを手に取り鞄に入れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ