三日以内に見ないと、社会的に死ぬ呪い
到着したのは彼女の家だった。ずしりと重たい紙袋を手渡してきた。
「何これ」
「文字読まれへんの?」
「そういうことじゃなくて」
紙袋を開けると、お笑いDVDが大量に入っている。最近流行りの芸人だけではなく古い漫才師のものも混じっているようだ。
「これ全部を見るのが特訓ってこと?」
「そやで。金曜までに返してな」
「金曜までって、あと三日しかないんだけど」
「これで終わりやないし、ちゃっちゃと見てもらわんと。来週は第二弾もあるし」
結城は指を二本出した。
「だ、第二弾?」
「全部見終わったら、立派な関西人になれるで」
「無理だろ。生まれも育ちも東京なんだし」
「やりもせんと無理とかいう男は、格好悪いで」
そういう問題じゃないだろう。
「嫌やっちゅーなら、バラしてもええんやで」
バラされるのは絶対に阻止しなければならない。中学を卒業するまで、下手をすると社会人になって同窓会でネタにされるレベルの恐ろしい爆弾発言だ。
結城は満面の笑みで手を振っている。
僕はとんでもない相手にゆすられてしまったようだ。ため息をついた僕は、重い紙袋を抱えたまま自宅に向かって歩き出した。
晩ご飯を食べ終わってから、リビングでお笑いDVDを見ていると、妹の楓が積み上げられたパッケージを手に取り、興味深そうに眺めていた。
「すごいね。全部見るの?」
「三日以内に見ないと、社会的に死ぬ呪いにかかってるからな」
「それはまた危険なDVDだなぁ」
楓は隣に座って一緒に見始めた。画面で繰り返されるギャグを聞いてすぐに笑っている。
「お前、笑いの沸点低いな」
「お兄ちゃんが高すぎるんだよ。最近全然笑ってないでしょ。お父さんいなくなってから」
「そんなこと……ないし」
楓は小学六年生だが時々ませたことを言う。女のほうが成長が早いというけれど、最近急に大人びた気がする。妹のくせに生意気だ。
食器を洗い終えた母が言った。
「あんまり夜更かししないようにね」
「うん。今見てるやつ終わったら私は寝るよ」
楓がテレビを見たまま返事をする。
「祐樹、最近、うちでピアノ弾かないね」
「……うん」
「コンクールはやめていいよ。あの人の当てつけみたいな言葉、気にしなくていいから」
僕はDVDに夢中になっている振りをして、返事をしなかった。
呪いのDVDをすべて見終わったのは金曜日の朝だった。
あくびを噛み締めながら僕は重たい紙袋を学校まで持って行った。
なのに結城はいつまでたっても教室に来ない。風邪で休みらしい。人にノルマを課しておいて、自分は休むとはどういうつもりだ。
その日はずっとイライラしながら授業を受けた。人に裏切られることなんて慣れているはずなのに。なぜこんなに怒っているのだろう。
放課後のピアノ練習をしていると下校時間を知らせるチャイムが鳴った。DVDの入った紙袋を手に取る。
学校に置いたままにしておいて、誰かに盗まれても困るが、もう一度、家まで持って帰るのも面倒臭い。仕方がない。僕は結城の家に向かうことにした。