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盗賊

 歩くに従って、辺りは少しずつ暗くなってきた。まだ陽が沈むには早い。それだけ木々が光を遮っているということだ。

「どうして正体を言っちゃいけない、なんて魔法がかかってるのかしらね」

 歩きながら、何気なくルーラは尋ねた。明確な答えをほしい訳ではないが、ちょっと気になったりもする。

「ぼくの本当のことがわかると、命が危なくなることもあるから……みたい。そう言われた訳じゃないけど」

「本能的にわかるって言うのね。あなたの親に会ってみたい気がするけど、子どもに口止めの魔法をかけるくらいだから、秘密にして会っちゃくれないわね」

 ザーディと名乗ったトカゲの子は、木々の密度が濃くなるにつけ不安そうな表情になり、よく木の根につまづきかけ、ルーラの手をしっかりと握った。

「恐いよぉ……ルーラ。暗くなってきた。もう夜になるの?」

「まだ夕暮れには時間があるわ。葉っぱがお日様の光を通さないから、暗くなるのよ」

 見るとザーディの顔は、今にも雨が降り出しそうな気配だ。メージェスの村にだって、ここまでの泣き虫はいない。

「ザーディ、あなた、あの場所でいつから泣いてたの」

「お日様が十回、お空を通ってった」

「……よくそれで脱水症状にならなかったわねぇ」

 感心するやら、あきれるやら。それでもなお、まだ泣きそうな顔をするから、このトカゲの身体には無尽蔵に涙が詰まっているに違いない。

「その間におうちへ帰れたじゃない……。ザーディ、泣くのは本当につらい時や悲しい時だけにするものよ。ちょっと恐いからって、すぐに泣いてちゃダメ。親に置いてかれたくらいなら、自分だけで何とかしてやるってくらいの気持ちにならなきゃ」

「ぼく、そんなに強くない……」

 そのつぶやきからして、弱い。

「だったら、強くなろうと努力するの。悪い方に考えちゃいけないのよ」

 半分は自分に言い聞かせてるようなものだった。この前まで自分が言われていたセリフだ。

「そうだな。努力するのはいいことだが、この場所はちょっと不向きじゃねぇか?」

 いきなり男の野太い声が、行く手からした。ルーラはギョッとし、ザーディは言わずもがな、である。

 前方の太い木の後ろから、声に見合って顔も身体もいかつい男が出て来た。ルーラが手を上げて背伸びをしても、わさわさな頭のてっぺんに手が届きそうにない。顔の下半分を黒いヒゲに覆われているため、若いのか否かが判別できない。だが、こちらを見てニタニタしているのはわかった。

 それだけでなく、さらにその後ろから二人の男が現れる。

 一人はルーラとあまり変わらない背の、でも顔は十分中年の男。見事に頭が光っている。ルーラのイメージとしては、こそ泥だ。最初に現れた男がいかついので、その体型が小太りにも関わらず、やけに貧相に見えた。

 もう一人は、ファーラスとそう年が変わらないであろう、細身で短い黒髪の青年。彼だけなら長身と思えるが、やはり先に現れた男がいかついためにそう見えない。上がり気味の目が鋭く思えるので、ヒゲ男とは別の恐さがある。

「おじさん達、誰?」

 ザーディをかばうように、ルーラは前に出た。全員がどう見ても、いい人とは思えない人相だ。細身の青年はともかく、中途半端な巨人と中途半端な小人の組み合わせみたいに思える。

「俺はおじさんと言われるような歳じゃないぜ」

 青年がルーラのセリフに反論する。見た目通りにファーラスと同年代なら、二十代前半くらいだ。おじさん、と言っては悪いが、気を遣うような相手ではないからルーラは無視した。

「おい、こんな子どもなんかが金持ってるのか? 最近、見境ないな」

 青年の言葉を聞いて、やっぱり盗賊か、とルーラは心の中で思った。登場した時から、それらしい雰囲気たっぷり。何てありがちな人相かしら、とまで思う。

 それにしても、森の噂は必ずしも嘘ばかりではないらしい。本当に盗賊が現れた。

「わずかでもいいんだよ。頂いたらこんな所から抜け出して、場所を変えるさ」

 ヒゲ男がそう言った。それから、ルーラの方に向くとその太い手を差し出す。

「さあ、お嬢ちゃん。ケガしたくなかったら、持っているお金をここに出しな。そうしたら、命までは取りゃしない」

「持ってないよ」

 ルーラはあっさりと答えた。三人がちょっと目を丸くする。自分達を全く恐れる風もなく、こんな少女があっさり言ってのけたのに驚いたのだ。普通、ここは怯えて震えるはずである。

「何も持たずにこんな森へ来たのか? 食い物でも渡しゃ、それで大負けに負けて勘弁してやってもいい」

 チビの男が気を取り直して言ったが、ルーラは首を振った。

「何もないわ」

「じゃ、お前の持ってる布袋は何だ? その中には何が入ってるんだ」

 ルーラがたすきがけにしている袋を差し、ヒゲ男がドスをきかせた声で言った。ルーラはふん、という顔で答える。

「色々と。でもあんた達にあげるものは何もないの。ごめんね」

 ルーラの後ろに隠れてるザーディは、細かく震えている。時々、ルーラの後ろからそっと顔を出し、チビ男と目が合うとキャッと叫び、またルーラの背中に隠れた。

「変わったペットを連れてるな。こんなきれいな銀の鱗を持ったトカゲは初めて見る。金がないって言うなら、そいつを渡せば許してやろう」

 チビのそんな言葉に、ルーラはキッと男を睨んだ。

「この子はペットじゃないわ、友達よ。あたしは友達を売る程、根性なしじゃないからね」

「根性だけで俺達から逃げられるとでも思っているのかねぇ」

 ヒゲ男が腰に提げていた剣を抜いた。その刃先をルーラに向ける。

「ルーラァ……」

 声は完全に泣いている。ザーディは怯えきっていた。こんなのに迫られれば、当然だろう。ルーラが剛胆すぎるのだ。剣を向けられ、こんな子どもに大人気ない、と思ってしまうくらいなのだから。

 こんな連中からは早く逃げ出すに限るわね。

 ルーラは口の中で呪文を唱えた。風を起こし、葉っぱや小石を飛ばして相手がひるんだ隙に逃げようという算段である。

 男達はいぶかしげな顔をして、口の中で何かもそもそ言っているルーラを見ていた。

「うわぁ、何だこれはっ」

 ヒゲ男が大声をあげた。その声に、チビも青年もはっとして仲間を見る。声を出したのがヒゲ男だけだったので、ルーラもあれ? と思いながらそちらを見た。

「あちゃー」

 魔法は失敗のようである。風を起こすつもりが何も起きず、なぜか剣の先に大輪のバラの花が咲いていた。それは見る間に剣の柄だの、男の服だの、果てには男が生やしているヒゲにまで広がり、大小の花が咲き乱れる。状況と場所が違えば、きれい、と思えるのだが……。

「こ、このぉ。どうして花が咲き出すんだ」

「春だからじゃないのか?」

 吹き出しながら青年が、もっともだが今の状況にはそぐわない答えを出す。

「ま、いいや。今のうちよ」

 ルーラはザーディの手を取ると、後ろも見ずに一目散に走り出した。ザーディはルーラに引っ張られ、その勢いでほとんど身体が浮いている。

「ま、待てっ。おい、逃げたぞ。追え」

 チビが青年に命令した。

「もう、いいじゃないか。あんなガキ共からわずかな金を巻き上げたって、後味が悪い」

「うるさいっ。わしに逆らうのか」

「もう見えないよ。今から追っても、逆にこっちが行き倒れたりしたらいい笑いものだ」

 チビは歯噛みしながら、地面を蹴る。まだヒゲ男の身体に咲き続ける花を、呪文を唱えて枯れさせた。この男は魔法の心得があるのだ。

「くっそー。あのガキ、今度会ったら、捕まえてケツひっぱたいてやる」

 ヒゲ男はいまいましげに、身体に咲いていた花をむしり取った。

「森の奥に入った奴と、次に会うなんてことはないだろ」

「いや、追う」

 青年の言葉をひったくるようにして、チビがルーラ達の逃げた方を睨む。一番下っ端に見えそうなこの男が、この中のリーダーだった。

「仕返しするような相手じゃないだろ。あれくらいの年頃なら珍しくない、ちょっと小生意気なだけの女の子だぞ」

「あんな小娘に用はない。わしはあのトカゲを手に入れたいんだ」

「あんなトカゲに、何をこだわってるんだ? まぁ、見た目はちょっと珍しい気はしたが」

 ようやく花をむしり終えたヒゲ男が尋ねる。

「ん? そういや、あの小娘の名前らしい言葉を口にしてたな。しゃべるってことは、単なるトカゲじゃないのか」

「あれはわしが見たところ、竜だ」

「あんなガリガリのトカゲが竜だぁー?」

 ヒゲ男はその巨体を振るわせ、笑い出した。

「ノーデ、あんた目がおかしくなったんじゃないのか」

 息も絶え絶えに言われても、ノーデと呼ばれたチビは自信があるようだった。

「わしの目に狂いはない。濃い魔法の匂いがしたからな。姿は違うが、あれは竜の子だ。あいつを手に入れれば、盗賊なんぞ馬鹿馬鹿しくてやってられんぞ」

「そんなに竜がいい金儲けになるのか?」

 青年が疑わしそうに見る。

「お前達は無知だな。竜は人間の世界など、一日とかからずに滅ぼす力を持っている。雨を降らすのも日照りにするのも、自由自在だ。戦好きの国に売り付ければ、高く買うだろうよ」

 ノーデが言っても、青年の疑わしげな視線は変わらない。

「竜に首輪をつけて、言うことを聞かせるつもりか。世界を滅ぼす奴が、人間に従うのかよ」

「まぁ、竜をあやつる力はわしにはないから、無理だがな。しかし、竜の身体は全てが金になる。無駄になるものは一つもない」

 ノーデは目を輝かしている。

「竜の血を一口飲むと十年は若返り、その肉を食うと不老不死になるという。角や爪から削り出した剣は、人間が作った物は何だって切れる。皮で作った服を着ると、矢や火など通さない、最高の戦士服だ。瞳は未来や遠くの世界を、水晶なんかよりはるかにしっかりと映し出す。魔法使いや占い師は、のどから手が出る程ほしがる代物だ。歯は至好の宝石になる。その価値は……まぁ、とんでもない値で売れるのは確かだ。竜は巨体だからな。一匹売っちまえば、一生かかったって使い切れない金が手に入る。どうだ、少しは竜のありがたみがわかったか」

「そ、そんなにいい獲物なのかっ」

「モルもようやくわかったようだな」

 モルと呼ばれたヒゲ男が目を輝かせるのを見て、ノーデは満足そうに頷く。

「……レクトはまだ疑わしそうだな」

 モルのように喜ばない青年に気付いて、ノーデは睨むように青年を見た。

「俺にはあいつが竜のようには見えなかったし、捕まえたところで簡単に金になってくれるかねぇ。第一、あんなちっこいのを切り刻むのか? 使い切れない金を手に入れたって、あの世に持って行ける訳でなし。殺しまでしないと生活が成り立たない状態じゃない。今のままで充分だろ。俺は食う分さえ確保できれば、それでいい」

 ノーデはレクトの言葉を聞き、鼻で笑った。

「ふん、まだまだ青いねぇ、お前も。人ってのは持てば持つ程、ほしがるもんさ。目の前に金のなる木が出て来たってのに、お前はそれを見過ごすつもりか? 殺しっても、人間を殺すんじゃないんだ。後味も悪くならない。あいつは竜だ。魔法が使える人間は、魔法を持つ奴に引かれるもんだ。あいつはわしを呼んでるんだよ」

 都合のいいことを言ってる、とは思ったが、レクトは口には出さなかった。言ったところで、どうせ聞いちゃいない。

「けど、逃げてった後をどうやって追うんだ。ずいぶんと奥へ入っちまったようだが」

 モルが尋ねた。さっきレクトが言ったように、下手に追っても森の奥で迷ったら自分達が危なくなってしまう。

 彼らがこの森へ来たのはたまたまだ。知らない場所へ来て、迷いかけていたところでルーラと出会ったのである。

「心配するな。それ相応の魔法を使う。腕がなるわい」

 ノーデは何やら呪文をつぶやき、それに呼応して黒く小さな鳥が現れた。鳥はルーラ達の逃げた方向へ、迷うことなくノーデ達を導き始めた。

☆☆☆

「この辺まで来れば……もういっかな」

 激しく息を切らしながら、ルーラは後ろを振り返った。

 相当な距離を全力疾走してきたので、心臓が口から飛び出しそうなくらいにドキドキしている。同時に追い掛けられてないかという心配でドキドキしていた。

 逃げ足には自信があるが、相手は大人の男だし、どんな手を使ってくるかわからない。

 逃げて来た方を見ても静かだ。人はもちろん、動物の歩く音も何もない。とりあえず、あの盗賊から逃げられたようだ。

 まさか相手がこれから執拗に追って来るつもりだとは、ルーラは夢にも思っていない。普通の人間は、それがいくら盗賊でも、こんな森の奥まで入って来ないはず。普通の人が来ないのだから、盗賊がこんな所にいても彼らの仕事はできない。

 それに加え、ここはあまりいい噂のない森。盗賊だって命が惜しいはずだし、儲けのない場所に用はないだろう。

 が、これは相手がごく普通の人間だった場合に限る。ルーラはあの盗賊の中に一人、魔法使いくずれがいるとは知らないのだ。

「ザーディ、もう大丈夫よ」

 ルーラの手は、ザーディの手にしっかり握られている。ルーラも走る時に知らず知らずのうちに力を込めていたから、お互いの手は痛い程に強く握られていた。

「わっ!」

 手を握っているザーディを見た途端、ルーラはそんな声を出してしまい、目を丸くする。

 まだ怯えた顔のままだろうと、予測していた。そして実際、ザーディは泣き出しそうな顔のままでいたのだが……その顔が違う。

 さっきまでは、銀の鱗に覆われたトカゲだった。ルーラの胸より少し下の背で、後ろ脚二本で立って歩く、直立歩行のトカゲ。

 普通の生活をしていたら、まずお目にかかることはないだろうという程珍しいタイプの、その辺にいるトカゲに比べたら巨大とも言えるトカゲだったのに。どこを捜しても、そのトカゲの姿はなかった。

 代わりに短い銀髪で、深い青の瞳をした五、六歳くらいの男の子がいたのだ。その姿はどう見ても人間。そんな子がしっかりルーラの手を握っている。ザーディと手を離した記憶はないし、入れ替わったはずもない。

「……ザーディ?」

 ルーラは確認するように話しかけた。

 この銀と青はしっかり見覚えある色だ。トカゲの姿だった時はそうも思わなかったが、人間の姿でほとんど白目がないと妙な感じがする。でもきれいな青だ。宝石がはめ込まれているみたいに見える。

 鱗の色だった銀は、その短い髪に現れていた。森の外へ出て陽の光に当たれば、美しく輝くだろう。茶色の髪をしたルーラから見れば、ひたすら羨ましくなる美しさだ。

 色白で、走っていたせいか頬がほんのり赤くなっている。これで背中に羽でもついていれば、妖精と間違ってしまうかも知れないくらいにかわいい。

 しかし、この不安そうな瞳の色は、さっきのトカゲと同じ。これは間違いなくザーディだとルーラはすぐにわかったが、やはり急に姿が変われば驚くし、確かめたくもなる。

「ルーラ、何かヘン?」

 心配そうに、男の子はルーラを見上げた。ルーラのいぶかしげな口調で不安になったのだろう。その細い声はさっきまでと一緒。背もさっきのトカゲより心持ち高いかな、と思う程度だ。

「変じゃないよ。ちょっとびっくりしただけ。あなたも魔法が使えるのね。でも、どうしていきなり人間の姿になったの?」

「んーと、ルーラもさっきの三人も人間だから、ぼくも人間になりたいって思ったら、いつの間にかなってたの。おかしくない?」

「まさか。全然おかしくないよ。それどころか……すっごくかわいいっ」

 不安そうなザーディを、ルーラはギュッと抱き締める。ザーディは少し面食らった様子だったが、それもほんの一瞬だけで、ルーラにしがみつく。

「ルーラァ、恐かったよぉ……」

 ルーラは抱き締めながら、よしよしとザーディの頭をなでてやる。元々が子ども好きな性格なのに、こんな風にしがみつかれたら、ルーラにザーディを突き放せるはずがない。

 誰かに守ってもらえるように。相手が守ってやりたいと思うような姿に。

 ルーラの子ども好きを悟ったザーディが自分でも知らないうちに、ルーラが守りたくなるような人間の子どもの姿になった。そう考えられなくはない。それがザーデイの生き残ろうとする本能なのだ。

 意地悪な見方をすれば、利用されてるとも言える。でも、それはそれで構わない、とルーラは思った。この子には、どういう種族なのかまだわかっていないが、守る誰かが必要なのだ。

「お腹、すいたね。ごはん食べようか」

「……どうやって?」

 きょとんとしてザーディが聞いた。自分達の手に、食料となる物は一つもないのだ。

「あたし、見習い魔法使いなのよ。当然、魔法で出すの」

 自信たっぷりに言う。ゆっくり腰を下ろせる場所を見付けると、ルーラは呪文を唱えた。まともな食料が出て来る魔法だ。

 でも、出て来たのは……なぜかぶ厚い布地のコートだった。やたらと大きく、普通の大人が着てもだぶだぶになりそうな程だ。まるで袖や襟のついた毛布……みたいなコート。

「あれー、おかしいな」

 笑ってゴマかしながら、もう一度挑戦。次は古ぼけたランプが出た。じきに夜になるから必要なものの、今は食料を出すつもりなのだ。ほしいものが違う。

 さらにもう一度挑戦すると、ほうきが出た。

「どうしてほうきなのよ……」

「ルーラ、これ何?」

 ほうきを知らないザーディが無邪気に尋ねる。ルーラは空しくなった。

 結局、その日の晩ごはんは、ルーラの持って来た布袋に入っているパンに……。

「今日はパンしかないけど、明日はがんばるから」

 ルーラは苦笑いしながら言ったが、ザーディは嬉しそうに固くなりかけたパンをかじっていた。

 十日間泣いていたのなら、もしかすると久々の食事かも知れない。ザーディの主食が何か知らないが、喜んで食べているから人間と同じものでもいいのだろう。

 やがて夜になり、獣よけのために小さく火を焚いた。さっき魔法が失敗して出てきたランプもそばに置く。温度が下がって寒くなったので、これまた失敗して出て来たコートにふたりしてくるまった。大きいから充分に身体をくるめる。ほとんど寝袋だ。

「失敗は成功の母って言うけど、本当ねぇ。こんなところで役に立つとは思わなかった。これでほうきに使い道があればね。まさか森の中を掃いて進む、なんてできないし」

 ひょうたんから駒、で、ルーラは自分の失敗がうまく利用できて嬉しかった。もっとも喜んでばかりはいられない。ちゃんと目的にそって魔法がこなせるようにならなければ、帰ってもまたロシーンや友達にバカにされてしまうのだから。

「ルーラ」

「なぁに」

「おうた、歌って」

「どんなのがいいの?」

 人間でない存在には、どんな歌がいいのだろう。その存在にしかわからない歌なんてリクエストされてもルーラには歌えないし、人間の歌をザーディはわかるのだろうか。

「何でもいい」

 ザーディの両手は、コートの下でしっかりとルーラの手を掴まえている。こんなことになるまでは、きっと母親にもこんな風に甘えていたのだろう。

 コートをはおって、ふたりで温まって。この状態は、母親に抱かれているのと同じ状況に違いない。

 それなら、今ザーディがルーラに歌ってほしいのは、きっと子守唄なのだろう。

「じゃ、あたしが母さんによく歌ってもらったのを歌ってあげる」

 コートを引っ張り、風邪をひかないように改めてしっかりと身体を包み込む。

 そして、ルーラはきれいな声でゆったりとしたメロディーを口ずさんだ。


 星のふねが浮かぶよ 星のふねが浮かぶよ

 眠りの海の中に 限りない海の中に

 星のふねが進むよ 星のふねが進むよ

 眠りの海の中を おだやかな波の中を


 月は優しく 全てを照らす

 星のふねも お前の寝顔も

 眠りの中で ふねは走る

 金と銀の しぶきをあげて

 ゆるやかな 風をうけて


 めざすはかがやく海の果て

 そこにあるのは 夢の世界

 誰もが焦がれる 遠き国


 だからお前は ふねにのる

 星でつくった ふねにのる


 星のふねは すべりゆく

 お前をのせて 夢の彼方へ


 ふと見ると、ザーディは眠っていた。初めに見た頃に比べると、とても穏やかな表情をしている。誰かがそばにいる、というので安心しているのだろう。完全に心を許してもらっているとわかって、ルーラも嬉しい。

「かわいい……」

 自分も幼い頃、母にこの子守唄を歌ってもらってこんな風に眠ったのだろうか。ちょっと不思議な気がする。

「星のふねが…浮かぶよ……星の…ふねが…………浮かぶ…よ……」

 歌いながら、ルーラもいつしか眠りの中に引き込まれていた。

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