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ルーラの決意

「ルーラッ! どこへ行ってたんだ。また何かしでかしたかと思うじゃないか」

 ちょっと様子を見に行くと、いるはずの妹がいない。また落ちて気絶でもしているのかと思ったが、そうでもないようだ。

 また抜け出したな、とファーラスにはすぐにわかったものの、万が一よそで落ちていた場合を思って心配していたのである。

 いつもなら、叱るとルーラは何かと言い訳をしたりするのだが、今日に限って一つも言葉が返ってこない。沈んでいて、肩を落としている。

「どうした。よそのニワトリ小屋でも壊して怒られたのか」

 もしそうでも、いつもより神妙な表情だ。ルーラは黙って首を横に振る。

「……具合でも悪いのか?」

 ルーラはまた黙って首を振る。

「飛行術の失敗で、この先のことを憂えている……というのでもなさそうだな。言ってごらん」

 ファーラスの口調が優しくなった。魔法使いの先輩ではなく、兄の口調だ。

「兄さん、正直に答えてくれる?」

「ん? 何をだ」

「あたしって才能ないの? 魔法使いの娘のくせに、魔法ができない。突然変異なのかな」

「ちょっと上達が遅いだけだよ」

 兄は少し口元に微苦笑を浮かべる。その言葉に、うつむき加減だったルーラが顔を上げる。

「それだけ? でもそれって……やっぱり才能がないってことよね」

「ルーラ、自分を追い詰めて楽しいか? 人には個人差ってものがある。今の時代、早く魔法を習得したからと言って、すぐに役立つというものでもない。急がなくてもいいんだよ」

 ファーラスはその大きな手で、妹の頭をポンと軽くたたく。

「お前は伸びる。これからだ。世の中、魔法を使いたくても使えない人の方が多いんだぞ。ルーラの失敗すらできない人がほとんどだ。魔法使いの血が濃い人しかできないんだから。そういう言い方でなら、ルーラは魔法の才能を持ってる。使い方をマスターしきれてないだけだ」

 ルーラはおとなしく兄の言葉を聞いていた。でも、まだその目には疑いの光が残っている。

「俺の言うことが嘘だと思うなら、父さんに聞いてみろ。納得するまで話して聞いて、自分で結論を出せばいい。才能がないと決め付けて習うのをやめるなら、それでもいい。俺は止めたりしないから」

 考え込んだルーラの肩を抱き、ファーラスは家の中へ入るように促した。

☆☆☆

「ロシーンに笑われたわ。お前は死ぬまで見習いのままだって。いくら魔法使いの血をもらっても、魔法が使えなきゃどうしようもないもの」

 明るいルーラが、時間が経っても珍しく落ち込んだままである。母がルーラの好物のイチゴのタルトを作ってくれていたが、元気にならない。

 ロシーンの前で使った魔法で子ども達が並んだのは、豚が並ばないので子ども達が気遣った結果だったのだ。せいぜい五、六歳のあんな小さな子ども達に気を遣わせた自分が情けない。

「ルーラは魔法をやめたいのか?」

 ラーグが率直に尋ねた。

「……」

 ルーラは答えない。まだ、自分の中で答えを出していないから。

 やりたくない訳じゃない。ただ、やり続けていて意味があるのかどうか。

「やめたくないのなら、続けた方がいい。ファーラスも言ったらしいが、お前は伸びる可能性を秘めているよ。きっかけ一つで変われる」

「じゃ、そのきっかけがなかったら……今のまま?」

 どうも思考が暗い方へと流れてしまう。

「お前がこのままかも知れない、と強く思い続けていたら、そのままだろうな。そうなるように自分を仕向けているのなら」

 ルーラはしばらく考えていたが、やがて顔を上げて父を見た。

「父さん、あたし……少しの間、家を……村を出たい」

 ラーグは顔色一つ変えない。突然そんなことを言い出したルーラの意図を尋ねる。

「何のためにだ」

「旅をしようと思うの。あたし、どんなに父さんや兄さんに厳しく教えてもらっても、どこかで家族だからっていう甘えが出てるんだと思う。だから、誰にも頼れない所に行けば……自分の魔法だけしか頼れるものがない状況になってしまえば、使えるようになる気がするの。そうすれば、父さんの言うきっかけもどこかで掴めるかも知れない」

「……なるほど。いいだろう。やってみなさい」

 ルーラの突然の思い付きだったが、父はあっさりと許してくれた。

「あなた、まだ十四の娘に一人旅なんてさせますの?」

 そばで聞いていたキャルの方が反対する。

「ルーラは一人の魔法使いだ。悪徳魔法使いに戦いを挑まれでもしない限り、危険はないさ」

「ありがとう、父さん。あたし、竜の世界を見て来る。世界を隔てる霧の向こうを見て来るわ」

 娘の恐れを知らないセリフに、ラーグは笑う。横ではファーラスも笑っていた。顔をしかめているのはキャルだけだ。

「急に大胆になったな。まぁ、急ぐことはない。駄目だったら戻って来て、また行けばいい」

 こうして母はしぶしぶと、父と兄は笑って見送ってくれることになった。

☆☆☆

 誰が言ったか、行ったのか。竜の世界は北にあるという。

 なので、ルーラは迷わず北へ向かって進むことにした。

 北、と一口に言っても、どの辺りまで行けばいいか、なんてことまでルーラは知らない。とりあえず、進めば着くだろう……という、慎重な人が聞いたらどん引きしかねない楽観さだ。

 しかし、竜の世界までの地図なんてものはないのだから、難しく考えたって着く訳ではない。北にある(らしい)と言われているのだから、向かうだけだ。

 ルーラの住むメージェスの村を出ると、北には深い森が広がっている。誰が付けたのか「ビローダの森」と呼ばれるその森は、昼間でもあまり陽が差さない。うっそうとした樹海のような所だ。

 材木を得るために人々は森の木を切るが、それはあくまでも森の端の一部であり、奥深くは誰も知らない。この森を通り抜けた人間はまだ誰もいないのだ。入っても再び出て来て、あの森はこんな所だと説明できる人間は、いまだかつて現れていない。

 入れば迷って出られない。盗賊が待ち伏せ、身ぐるみをはがして殺してしまう。

 そんな噂がいつからか流れ、真実かどうかもわからないうちに人々の中に危険な森だと定着してしまった。

 この「ビローダの森」は、一応地図には載っているが、全体図は実にあいまいな形だ。広いらしい、ということくらいしかわからない。

 どこまで広がっているのか。森を出て、さらにその北には何が、どんな国があるかさえ、あいまいなのである。

 もしかしたら森は思いの外小さくて、森の北側にはメージェスの村とそう変わらない村や国がある……かも知れない。

 だが、現在のところ、誰もそれらを確認していなかった。魔法使いが地図作成に乗り出したが失敗に終わった、と噂で聞いたことがあるが、どこまでが本当なのやら。

 単に森が広すぎて、面倒になってしまっただけなのでは、なんてことを考えるルーラ。関係者が聞いたら怒るかも知れない。それはともかく。

 いい噂とは程遠い、そんな森を抜けることを、ルーラは深く考えずに決めた。

 竜の世界は北にあり、森の北側はどうなっているか不明。

 この、いかにも、な感じが気に入った。あれこれと噂はあるが、魔法で切り抜けられるだろうとルーラは確信して(思い込んで)いるのだ。

 あんなに落ち込んでいたのはいつのことやら、誰のことやら。

 平坦な道では、旅に出た意味がない。魔法を使う状況に身を置き、死ぬ気でやればどうにかなる、と恐れ多くもこの森へ入ることにしたのである。

 ちなみに、本当に死ぬ気はない。

 村を出ると、木こり達の足で踏み固められた森へと向かう道が続いている。もっとも、その道も森のほんの入口まででしかないが、ないよりずっといい。

 ルーラはのんきに鼻歌を歌いながら、その道を歩いて行く。だいたい重い気持ちで行く旅じゃない。北へ向かってはいるものの、まさかいきなり竜の世界へ行こうなんて、思ってはいるけれど実現は無理だろうというのはさすがにわかっているし、少しでも自分の魔法力の開発ができれば、と思っている程度だ。

 竜の世界を一応の目標にしてはいるが、最終的な目的地というのは決めていない。竜の世界が本当にあればラッキーだし、なければないで構わない。本当にいきあたりばったりである。自分に下手なプレッシャーをかけるのをやめたからだ。ファーラスに言われた通り、自分を追い詰めても楽しくないから、自由にする方針で行くことにした。帰りは飛ぶつもりだ。

 木が切られてまばらになっているせいもあって、辺りは明るい。森に入ったとは言っても切り株があったりするから、この辺りはまだ人の手が入っているエリアだ。

 時々、うさぎやリスなどの小動物を見掛ける。小鳥の声もする。こういうところは普通の森だ。ちょっと散歩がてらに歩くのにもいい場所である。

「ん……そらみみ……かな?」

 ルーラは足を止め、耳をすました。鳥の声に混じって、別の何かが泣いているような声がしたのだ。狼なんかの声ではなかった。いくら何でも、そんな動物の声と聞き間違えたりしない。

 人っぽい気もしたが、場所が場所だけにまさかここで迷子がいるとは考えにくかった。子どもならこんな森には近付かないはずだ。いや、ルーラのように向こう見ずな子がいるかも知れない。

「何が出てくるのかなー」

 ルーラはその泣き声のする方へと進んで行った。用心しなきゃ、と思いながら、実はあまりしてない。周りがまだ明るいから、警戒心が起きないのだ。

「うわぁぁーん」

 やがて、ルーラは声を張り上げて泣いている動物を見付けた。

「……何かしら、あれ」

 とりあえず、人間の迷子ではないらしいが、それを見たルーラは首を傾げる。

 見たことのない動物だ。青みがかった銀の鱗が身体全体を覆った、見た目は大きいトカゲのような動物。大きい……四、五歳の人間くらいはあるだろうか。でも、着ぐるみなどではない。着ぐるみだとしたら、精巧すぎる。

 手足は細く、短い尻尾も見えた。トカゲとしては大きいが、子どもみたいな雰囲気がする。今は座って泣いているが、直立歩行ができそうな体型だ。

 一見しただけでは正体がわからないものの、人間みたいな泣き方をしているし、あの様子なら言葉が通じるかも知れない。

 ルーラは大泣きしているトカゲもどきのそばへ近寄った。

「ねぇ、どうして泣いてるの?」

 ルーラが声をかけるとトカゲはビクッとし、声の方を向いた。深い青の瞳がこちらを見ている。その目は、完全に怯えていた。不安の色が浮かんでいる。逃げ出さないのは、単にすぐ走り出せなかったからか。

「……だれ?」

 やはりと言おうか、言葉は通じるようだ。恐そうにトカゲの子が聞き、ルーラは恐がらせないようにニッコリと笑って見せた。

 歯を見せると人間以外の動物には威嚇と取られるので、口は閉じて。視線を合わすようにしゃがんだ。驚かさないよう、ゆっくりと。

「あたしはルーラ。魔法使いの見習いをしてるの。ねぇ、どうして泣いてるの?」

 この周辺には薄日が差してるにも関わらず、トカゲの子がいる周りだけがひどく湿っている。どうやら涙で濡れているらしい。それだけ泣き続けたということだろうか。

「ぼく……ぼく……」

 また涙がその目にたまってゆく。

「父様と母様に置いてかれたの」

 そう言うと、また泣き出す。

 捨て子か。動物にもいるのね、そんな育児放棄が。それとも、親離れの時期だから、かしら。

「ほらほら、いつまでも泣いてちゃダメ。泣いてたって、何もいいことはないわよ」

 トカゲの子はルーラの顔を見た。ルーラはさらに近付くと、持っていた布で涙を拭いてやる。子どもは放っておけない性格なのだ。どうやらそれは、人間以外にも適用されるらしい。

「父様が、自分で……おうちへ帰って来なさいって……言ったの。強い子に……なって、帰って……おいでって」

 しゃくり上げながら、トカゲの子は言う。ルーラが恐い存在ではない、と認識したらしい。

「あら、捨てられた訳じゃないのね。よかったじゃない。ちょっと心配しちゃったわ」

「でも、おうちは……とっても遠いの」

「どれくらい?」

「一日中ずぅっと、歩いて十日……くらいって」

「どこをどう歩くかにもよるんでしょうけど……とりあえず、すっごく遠いわね。どこにあるの、あなたのおうちは。あなた、銀のトカゲの一種なの?」

 トカゲは何か言おうとして、口をつぐんだ。

「言っちゃいけないの。言わないように魔法がかかってるみたい」

「魔法? あなたの親は魔法を使うの? ってことは、ただのトカゲじゃないのね」

 しゃべるところからして、ただのトカゲではありえないが。

「ぼく、トカゲに見えるの?」

 妙に間の抜けた質問をしてきた。ルーラはトカゲにしか見えないと答える。

「ぼく、トカゲじゃないんだよ。本当は違うの」

 本来の姿とは違うことに、事情がどうであれ、納得してないらしい。

「わかった、わかった。きっと親が他の動物の目をくらませるのに、姿変えの魔法を使ったのよ。それよりも、親は帰って来なさいって言ったんでしょ。じゃ、こんな所でいつまでも泣いてないで、帰れば?」

「だって……恐いもん」

 トカゲ(ではないらしいが)は、つぶやくように言ってうつむいた。

「森が恐いの? まぁ、この森は色々と噂のある森だしね」

 普通の人間にとっては、奥へ向かう程に恐い場所である。ルーラは魔法が使えるので入って来たが、魔法ができなくてもある程度までなら平気で入っていたかも知れない。

 今までは子ども達の相手や魔法の練習で忙しく、意識を向ける余裕があまりなかったが、実は機会があれば来てみたかった場所なのだ。

「ぼくのおうち、ここから真北にあるって父様が言ってた。それだと、この森を通り抜けないと行けない……」

 情けない声を出して、トカゲはまた泣きそうな顔になる。

「あー、もう、泣かないでってば。わかったわよ。ついてってあげる。あたしもここを抜けるつもりだったしね。とりあえず北へ行く予定だから」

「本当?」

 目をうるませながら、トカゲは嬉しそうに言った。

「さぁ、行きましょう。北へ向かって十日か……。そこが森のどの地点になるかはともかく、やっぱりこの森は広いのね。抜けるのが大変だわ」

 ルーラはトカゲの子を立たせると、その手をつないでやり、森の奥へ向かって歩き出した。

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