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聖女なんて勘弁願います!  作者: 皿うどん
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 まずは鍋に水を入れて、トマトの皮に軽く切れ目をいれた。調理用ストーブは癖があるだろうから、火加減はバイラムに任せる。


 聞けばこの世界には石油やガスなどが存在しておらず、各家で電気を作る装置を買い、それで電力を得ているらしい。道理でガスコンロがないわけだ。

 一般家庭が電力を主に使うのは冷蔵庫。数家族で共有していることも珍しくないんだとか。

 クーラーに冷蔵庫に冷凍庫、ついでにホットカーペットなんて暮らしをしているのは王族くらい。前世はあんなだったけど、この世界から見れば、わたしは王様みたいな暮らしをしていたってことね。

 くすりと笑い、キャベツを千切りにして水に入れてしゃっきりさせる。次ににんにくを刻んで、ピザ用の玉ねぎを切って下ごしらえはおしまい。


「塩はありますか?」

「こちらにありますよ」


 バイラムは横の戸棚から香辛料をたくさん出してくれたけれど、使うのは塩と砂糖のみ。一度見せれば、食のプロであるバイラムが、いろいろ加えておいしいものを作ってくれるだろう。


「トマトを茹でるんですか?」

「少し入れるだけですよ。湯剥きといって、トマトの皮が簡単に取れるんです」


 近くの大きな水瓶から、ガラスのボウルに水を汲む。皮が剥けてきたトマトをおたまですくって水につけると、バイラムはぺろんと剥けた皮に感心したようだった。

 種が大きく食べづらい部分は取り除き、残った実を細かく切ってボウルに入れておく。

 フライパンにオリーブオイルを入れ、にんにくをごく弱火で炒めて香りが出たところでトマトを入れる。

 トマトソースを煮込んでいる間、取ってきてもらったパン生地を丸く薄く伸ばすよう頼んだ。ついでにコッペパンを焼いてもらう。


 コッペパンが焼き上がるころにはトマトソースもいい感じに煮詰まってきた。塩と砂糖のみだけど、思ったよりおいしくできたことに満足。


「パンに切れ目を入れて、千切りキャベツと焼いたソーセージ、トマトソースをかければホットドッグの出来上がりです。って、さすがにこれは知ってますよねえ」


 振り返ると、バイラムは目をぎらぎらさせてホットドッグを見ていた。


「い、今までの聖女様はホットドッグを教えていますよね?」

「いいえ。ご自分の興味のあること以外は気にかけない方が多かったようですから。数代前の聖女様は食に興味がお有りで、たくさんの料理を教えたそうです。聖女様はお嬢さんと同じ黒髪だったようですよ」

「そんなこともあるんですねえ。あら、わたしったら、料理は出来立てがおいしいのに。どうぞ」


 さり気なく話題を変えられたかどうかはわからないけど、バイラムはホットドッグに釘付けだったから、ごまかせたことにしよう。


「そのまま、ぱくっと食べてください。お行儀が悪いかもしれないけど、一番おいしい食べ方なんです」

「では、失礼して」


 バイラムの口は大きく、小ぶりのホットドッグの3分の1が消えた。もぐもぐと動く口、見開かれる目に、ほっと胸をなでおろす。おいしかったみたい。


「パンをこの形に焼いて、ソーセージを挟むだけでも驚いたのに! キャベツの食感のよさが口を飽きさせず、トマトソースの酸味が後味をさっぱりさせてくれる。これはおいしい!」

「よかった。じゃあ、ピザも作っちゃいますね」


 ピザ生地にトマトソースを塗り、ベーコンと玉ねぎを置き、チーズを載せる。ピザ用チーズなんてものはないから、パンに合うチーズをバイラムに選んでもらった。

 天板にのせたピザを窯に入れ、ふたりして顔をじりじり焼きながらピザの様子をみる。


 10分くらい経つと、おいしそうなにおいを漂わせたピザが焼き上がった。包丁で切り分け、さっそくふたりで頬張る。


「よかった、おいしく出来てる。バイラムさん、どうですか?」

「これもおいしいですな! これなら納得されるでしょう」

「上に何をのせてもいいんですよ。海が近いからシーフードもおいしいだろうし、たまごもいいなあ」


 バイラムの目が鋭くなる。


「よろしければ、そちらのレシピもお教え願えませんか?」

「いいですけど、基本的に好きなものをのっけたらいいと思いますよ。小さいものをまるごとでも、大きく作ってワンカットずつお店で販売してもいいですね」

「え?」


 バイラムの、ちょっとお肉に埋もれがちな目が、これ以上ないほど大きく開かれる。ちょっと怖い。


「……これを、パン屋で販売すると?」

「パン生地を使ってるし、変じゃないと思いますよ」

「ホットドッグも……。お嬢さんは、この細長い形でもパンと呼ぶのですね?」

「パン生地から作りましたし……」


 さっきからパン生地しか言えていない。

 生地を好きな形にして焼いてるだけで味は一緒なんだから、パンだと思うんだけど。


「これは画期的です……ああ! デリクさんは、いつ帰ってくるのか!」

「ずっと閉じこもって好きに料理を作っていたものですから、その、もしかしたらおかしなところがあるかもしれませんが」


 もごもごした言い訳もどきを言いきる前に、バイラムに勢いよく肩を掴まれた。びっくりして直立不動になってしまう。


「いいえ! これは歓迎すべき知識です! ですがデリクさんを待たないと。……今回はまったく新しいものをとお望みだ。これなら……」


 ぶつぶつと自分の世界に入ってしまったバイラムは、ピザをいろんな角度から眺めて食べ、新しい生地を持ってきてピザを作り始めてしまった。


 することがなくなり、窓の外を眺める。

 この世界の字はふしぎと日本語で書いてあるし、言葉も通じる。ここは本当に異世界なんだろうか。もしかして、死ぬ間際に長い夢を見ているだけ?


 不安が心をうすく覆うと、まばたきをする間に太陽が隠れ、雨がふりそうになった。

 慌てて楽しいことを考える。例えば……ここでは思う存分、海水浴ができそうとか。

 海はエメラルドグリーンに光って綺麗だったから、場所によっては熱帯魚や珊瑚が見れるかもしれない。ホエールウォッチングもできるかも!

 道行く人を見ながらしばらく想像に浸っていると、興奮したような困惑しているような声が、遠くからやってきた。それは人づてに、波のように早くゆるやかに伝わってくる。


「港の近くにクジラが現れて、虹色の潮を吹いてるぞ! 鮮やかな色の魚も飛び跳ねてるらしい! 見るなら今だ!」


 えっ、見たい。

 振り返ると、バイラムがこっちを見ていて、ばっちり目が合った。


「……見てきてもいいですか?」

「おすすめはいたしません」


 残念、お預けだ。

 海の近くにいるときにクジラがまた来てくれればいいんだけど……って、もしかして。聖女って願えばこんなことも叶えられるの?

 いやまさか……。まさか、だよね。うん。だって操れるの天候だけって話だったし。うん。

 でも、もしわたしの願いが反映されているなら、クジラと魚たちはもう少しだけそこにいて、たくさんの人を楽しませてほしいと思う。見れないのは残念だけど。


「おい、空を見ろ! 虹色の雲がクジラの形をしてるぞ!」

「ちいさな魚の雲も跳ねてる!」


 ……この世界の雲は、サービス精神旺盛なことで。



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