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「あんた……デリクとかいったっけ。嫁をたぶらかしたね?」
「違う! デリクはそんな人じゃない!」
「嫁、あんたも媚び売ってんじゃないよ! 私が聖女なんだから、さっさとどっかに行きな!」
義母の面影のあるその人は、若くて綺麗な顔立ちをしていたけど、醜さが顔に出ていた。顔を歪めて罵倒してくる。
まわりの人たちは義母をなだめようとしているが、義母はまったく気づいていなかった。
「ヒロシ、あんたも何か言ってやりなさい」
義母の影から出てきたのは、前世での夫だった。結婚したころの顔で、心底軽蔑した目で見下してくる。
「…お前が尻軽だなんて、知りたくなかったよ」
「な、んで………」
「まさか浮気するなんてな。もし聖女だっていうなら、俺に慰謝料を払えよ。前だって、役立たずのお前を養ってやっただろう?」
「そうさ。なんなら、ここにいる全員に嫁の話を聞かせてやろうか? ご近所にも大ウケだったよ」
「やめてーーーーー!!!」
誰もわたしを見ないで!
誰もわたしのことを聞かないで!!
バツン!! と電気が切れたように光が途絶えた。
「わっ! なんだ!」
「なにも見えない!」
「誰かろうそくを持て!」
いっさいの光がなかった。漆黒の闇のなかで、あちこちからうろたえる声が聞こえてくる。
……どうしてわたしが聖女なのかって?
言われなくたって、そんなの自分が一番思ってる。どうしてわたしが選ばれたの?
誰か教えてよ!!
『あなたが選ばれたのは、この世界に最適だからです。中途半端に知識を持っている善人
で、なおかつ異世界転生にすんなり対応できる人は少ないんですよ』
「っ誰!?」
『こういうとき、私に名がないのは不便ですね。あなたが死んだとき、聖女だと教えた者です』
「…あの白いモヤ?」
『はい。あのとき、私と話せることを望んだのでそのようにしました。ところで、この騒ぎをどうしますか? このままにしておいてもいいですけど』
「いいの……?」
『光がなくても生きていけるでしょう』
「いや、無理だと思う……」
話していたらすこし落ち着いてきた。
窓から夜明けのように光が差してきて、ぼんやりと部屋を照らす。
「嬢ちゃん! よかった、ずっと呼びかけていたんだ。誰と話してたんだ?」
「デリクには聞こえないの?」
『そのような願いは聞いていませんので』
「じゃあ、ここにいる人たち全員に聞こえるようにしてくれる?」
『……わかりました。こうなったのもこちらのミスですしね。納得させるようにしてみましょう』
光があふれ、目を開けていていられなくなる。光の洪水がおさまったとき、義母と夫は宙に浮いていた。
白いモヤの声が響きわたる。
『いま聖女と呼ばれている者は、偽物である。現聖女と縁が深い者であり、そういった者もこちらの世界に赤ん坊として生まれ変わることがあるが、このように醜悪な者は今までいなかった』
「そうなの……?」
「ああ。そういう人たちは、聖女を支えていたとされている」
デリクが教えてくれる。
義母たちは暴れているが、声も出せないようにされているらしく、静かだった。
『女神様はこの世界の発展を願い、度重なる聖女召喚に力を使ってくださった。数百年のちに結界は消えるだろう』
結界って…海の果てにある、誰も進めない透明な壁?
『結界の先にあるのは不毛の土地。荒れ狂う気候や地形、怪物と呼べる動植物がいる。こたびの聖女は、答えを教えてはくれぬ。聖女の言葉を聞き、己で考え、発展させていくように』
誰もが唖然として声の出どころを探っていたが、王が一番に動いて跪くと、みんな揃って叩頭した。デリクだけはわたしをぎゅっと抱きしめ、宙を見ながら守ってくれている。
『聖女がいては女神様が望んだように発展しないことがわかった。今後聖女は現れぬ』
「そんな……!」
『女神様はいつでも見守ってくださっていることを忘れるな。偽の聖女と、それを増長させた息子は連れて行く。結界の外へ放り出すので、もう会うことはない。聖女は心安らかに生を全うするがいい』
言い終えた途端視界が白く光り、目を開けるともう義母たちはいなかった。
「ま、待って! ふたりはどうなるの!?」
白いモヤの返答はなく、代わりに抱きしめられたデリクの腕に力がこもった。
「……天罰が下された。そういうことだろう」
「……そう、かもしれないけど…」
「元より聖女を騙ることは死罪だ。ここにいれば確実に死刑だが、外だと生き抜けるかもしれん」
デリクは哀しみに満ちた、あたたかい目をしていた。
「……そう思うことにしよう」
「うん…」
ここへ戻ってきても待つのが死だというのなら、外で少しでも長く生きられるほうがいいのかもしれない。
それが自分を慰めるための希望だとしても、もうわたしにはどうしようも出来ないところまで来てしまっていた。
「ようし嬢ちゃん、しばらくは落ち込むかもしれねえが、これから忙しくなるぞ」
「えっ」
「まずは結婚しないと宣言するところからだ」
こんなときでも、わたしの言葉を覚えて意思を尊重してくれるデリクの、茶目っ気をたっぷり含んだ瞳が光る。
こんなときでも笑えるのは、きっとデリクがいるからだ。




