13
「嬢ちゃん、腹を括らなきゃなんねえ。明後日にも、王宮のやつらがここを突き止めるだろう」
「バイラム、脱税でもしてたの!?」
「濡れ衣はやめていただきたい」
「そうじゃなくて、嬢ちゃんが聖女だってことだ」
ひゅっと息を呑む。
さっきまで楽しい夕食で、おいしいものをお腹いっぱい食べて、満ち足りた気持ちだったのに。
「ち、違う……わたし、たいした知識を持ってないよ。なにも、もたらしてない」
「料理や服、新しい歌まで教えてみせた」
「服も歌も、新しいものなんかたくさんあるでしょう!?」
「ない。この世界の服は量産されていていつも同じだ。歌は聖女ひとりにつき一曲のみ、この世界には34しか曲がない。それも聖女が作ったもののみが存在する」
「で、でも……」
反論したいのに、どうやってすればいいかわからない。デリクの瞳には、確信が宿っているから。
「……この世界は、聖女からもたらされるもので生かされている。聖女から授かったものは、何一つ変えることなく広まる。……ひとつでも新しいものをもたらすのは、聖女の証なんだ」
「そんな……」
絶望ののちに、体の奥でくすぶる熱いものが吹き出してきた。
……怒りだ。
「いや……嫌! 聖女になんかなりたくなかった! 好きに生きたかっただけなのに!」
「もちろん、好きに生きていい。聖女はすべて好きにしていいんだ」
「でも、結婚しなきゃいけないんでしょ!?」
「落ち着け、そんなものしなくていいんだ」
「お嬢さん、前に男性嫌いの聖女様のお話をしたのを覚えておいでですか? あの聖女様は結婚されなかったそうですよ。どの聖女様も、結婚したいと思えるほどの相手と出会っただけのことです。お嬢さんに強要されることなど、なにひとつありません」
「……本当?」
「ええ。もし嘘ならば、雷でこのバイラムの体を焼き尽くして構いません」
バイラムは真剣で、わたしを案じていた。
意識して深呼吸をして、怒りをしずめていく。部屋が明るくなったような気がして外を見ると、分厚い黒い雲が消えていくところだった。
「でも、王宮には聖女様がいる。わたしが行かなくてもいいんじゃないの?」
「あの聖女は偽物だ。自分のもたらす情報に金を払えと言っている。提示した金額は一国の予算を超えるもので、待遇に不満があれば言わないと言い張って贅沢をしている。このままだと、ろくなことにならない」
「……本当に、偽物の聖女なの?」
「間違いない。あれはこの世界を崩壊へ追いやるだろう」
しばし考えて、靴を脱ぐ。足の甲を見せると、ふたりは目を見開いた。
「わたしは、聖女の証を見たことがありません。もしこれがそうで、王宮から使者が来たなら、王宮へ行きます」
「嬢ちゃん……本当に、聖女なんだな……」
「あの……生贄にされたりしないよね?」
デリクは先程とは違う意味で目を見開き、一拍おいて、いつもの日の光を思わせる笑い声を響かせた。
2日後、王宮から使者が来た。
朝から王宮へ行ってお風呂に入ってドレスを着せてもらい、王へ謁見する支度を整えた。デリクとバイラムも一緒がいいと言ったから、ふたりも付き添って来てくれている。
「ど、どうすればいいんだっけ? せっかく教えてもらったのに、頭が真っ白だよ」
「この世界に嬢ちゃんより偉いやつはいない。いつもの嬢ちゃんでいればいい」
「このバイラムがついております。お嬢さんは何も心配することはありません。安心なさいませ」
「なあバイラム、いいとこ取ってくのやめねえか?」
いつもの空気に、肩の力が抜ける。くすくすと笑ってから、背筋を伸ばして謁見の間へ入った。
玉座へと続く絨毯の左右に、ずらりと人が並んで叩頭している。玉座に座るのは、おそらく王と、聖女らしき人物。
目を伏せて歩いているし遠目だったから、ちらりとしか見えなかったけど、王は渋いイケメンな気がする。
玉座へ続く階段の下で軽くお辞儀をする。
「顔をあげよ」
言われて顔をあげると、王が立ち上がるところだった。おろおろしているあいだに階段をおりてきて、すっと跪く。
「このしるし……聖女の証に間違いない。あなた様こそ我らが探していた聖女様。どうぞ知恵をお与えください」
「待ちなさい! 私が聖女よ!! そんな小娘、聖女なわけ」
言葉が不自然に途切れる。
顔を上げて凍りついた。
「あんた……嫁?」
「お、かあさ……」
……ニセ聖女が義母の顔をしている。
どうして……なんでここに!
「あんたが聖女なわけないでしょ! このグズ! さっさと辞退して身でも売って稼いできな!!」
「ひっ!」
かばうように腕で顔を覆う。
手足が冷たい。体が硬直してうまく動けない。
「俺の嬢ちゃんにそんなこと言うんじゃねえ!」
あたたかい何かが抱えてくれ、大きな背にかばってくれる。
「……デリク」
情けない震える声を拾い上げ、デリクは安心させるように笑いかけてくれた。
「安心しな。俺が嬢ちゃんを守る」




