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前回の勉強会は好評だった。教えれば教えるほど、わたしの世界では常識だったことが通じず、新しい服が出来上がるころにまた教えることになった。みんな、服を見てみたいと言ったから。
教えることをまとめるかたわら、ワンピースの型紙を作った。ウエストを絞るのは難易度が高かったので、布でベルトを作ることにする。
可愛いけど年齢で諦めていたスカラップを首まわりにあしらい、布をたっぷり使ったシフォンスカートをあわせる。
一度小さい型紙を使って試作をしてから、大きいものに取りかかった。バイラムが知人から借りてきてくれたミシンを使って縫うと、あっという間に終わる。
スカラップに沿って、小花と蔓を刺繍する。刺繍はうまくないけど、けっこう好きだった。
スカートも、裾にぐるっと同じものを刺繍する。顔まわりより色味を抑えて、汚れても目立たないようにした。
娘を手伝って覚えた、くるりんぱと三つ編みを使った簡単なアレンジをした髪を、ベルトと同じく刺繍をしたリボンで結わう。若い肌はキメが細かくて化粧をしなくてもいいくらいだったけど、バイラムがくれたチークと口紅をつけると、パッと明るくなった。
靴には余った布で作った花をつけた。鏡を見ると、着飾った娘が興奮で頬を紅潮させてにっこり微笑んでいる。
「こんなにお洒落をしたの、何十年ぶり? 婚約が決まると、服装も地味にしろって言われたし」
義母も口を出してきて、予定していたささやかな結婚式も取りやめになった。嫁にかけるお金がもったいないって。
いま思えば、あのとき結婚をやめておけばよかった。結婚する寸前で断ったら、もう嫁にしてくれる人はいないというのが周囲の人の意見だったし、わたしもそう思っていた。
25を過ぎたら行き遅れ、会社で働くのは結婚するまで、そういう時代だった。
「お待たせしました」
揺れるスカートは、今までと同じ丈。明るい色の刺繍は、デリクのせいで赤が多い。
教室となっている部屋に入り、凝視してくるみんなに見せるため、くるりと回ってみせた。
しばらく待ってみたけど、あまりに反応がない。
「ど、どうかな」
「その形、ベルト……なんて斬新な……」
「刺繍を一部分に……! そうすれば刺繍糸は少なくてすむ!」
「靴の花を見て! なんて可愛らしい」
「髪も素敵……今すぐに真似したいくらい」
いい感想が多くて、ほっと息を吐いた。新しいものを見せるときは、いつも緊張する。
「嬢ちゃん、遅くなってすまなかっ……」
部屋に入ってきたデリクの動きが止まった。目を見開いたまま、人形のように静止している。
この服を着るにあたって、デリクの反応が一番こわかった。似合わないと笑われたらどうしよう。あの、明るく海が似合う笑顔で、あからさまなお世辞を言われたら。
実際の反応は、想像していたどれにも当てはまらなかった。
「デリク……? どうしたの?」
「あ、ああ……嬢ちゃんがあまりに綺麗で、言葉を失っていた。見惚れるとは、こういうことを言うんだな。世界に嬢ちゃんしかいなくなる」
頬がさっと染まる。
デリクはよく口説いてくる。こういった軽口には、いつまでたっても慣れる気がしなかった。
「ありがとう。デリクに作る服のサンプルも兼ねてるの。こういう刺繍は好き?」
「嬢ちゃんと揃いのもんをくれるのか? そいつはいい」
大きな手のひらが伸びてきて、ほつれ毛を耳にかけられる。どう反応していいかわからずに、ぎゅうっと目をつぶった。心臓がうるさい。
「こら、嬢ちゃん」
甘い声がする。
「男の前で簡単に目を閉じちゃ駄目だろう。襲われちまうぞ」
「わ、わたしを襲う人はいないから」
「目の前にいるぞ? 嬢ちゃんを俺ひとりの聖女にしてしまえれば、どんなにいいか」
心臓が、さっきとは違う意味で跳ねる。聖女という単語に反応してしまったが、デリクは喉の奥で低く笑うだけだった。
「嬢ちゃんは俺の女神だ。聖女にかけて誓う」
あちこちで息を呑む音が聞こえ、なにやら重要そうな言葉だとわかったけど、意味はわからなかった。
たくさんの人に見られていることを思い出し、そうっと目を開ける。海に沈む夕日のように鮮やかな、見る者をとろけさせる瞳をしたデリクがいた。
「……喉が乾いちゃった」
「持ってこよう。ちょっと待ってろ」
頬を包んでいた熱が消え、長い脚ですぐに部屋から出ていってしまったデリクの足音を耳で追う。
聞こえなくなってから、ちょいちょいと手招きすると、みんなサッと集まってくれた。
「あのね、今見たとおり、デリクが挨拶のように口説いてくるの。この国では、それが普通なの?」
「いい女がいれば口説くのは当たり前じゃないですか」
「トラシュさん、そういう考えなの!?」
眼鏡をかけていて真面目なトラシュが言うと破壊力がある。
「この世界の男は、好みの女がいれば口説くのです。結婚したい女ができれば、その一人だけを追いかけ、跪いて愛を乞う」
「女は、口説いてきた男の中から選んで付き合うんです。もちろん、こちらからアプローチすることもありますよ」
おっとりした女性__既婚者でメアリさんと言うのだけど、いつも微笑んでいる彼女が言葉を継いで説明してくれた。
「えっ、あんなふうに口説かれるの、普通なんですか?」
「ええ。自分だけの女神というのは、よくプロポーズに使われる言葉です。俺だけの女神になってくれ、というふうに。聖女にかけて誓うのは、これ以上ない約束の言葉です。聖女と女神のお導きで生きてきた私たちにとって、この言葉の前で嘘をつくことは許されません。約束を破れば、雷が落ちて死にます」
「それは……前例があるんですか?」
「いくつも」
「いくつも……」
どこかで聖女が怒ったんだろうな。
納得して、デリクが去っていったドアを見る。なんとなく、わたしのお気に入りのお茶を持ってきてくれる気がした。
「つまり……デリクは、わたしのことを?」
「汚れなき乙女を心から愛しているかと。もしあれが本心でなければ、私たちが始末するのでご安心ください」
薔薇色に染まった心は、最後の一言で青ざめる。おっとりと微笑むメアリのまわりで、全員が頷いていた。誰か否定してほしい。
……もう少し、もう少しでいいから、乙女心に浸っていたかったなぁ……。




