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初めてオリジナルを書きましたので、何かしらあると思います。何かしらありましたら、コメントでお願いします。
「老衰おめでとうございます!」
明るい声と拍手に、はっと目が覚める。昼寝をしたあとのような気だるさで起き上がると、目の前に白いモヤがあった。
慌ててあたりを見回す。白しかない空間には、白いモヤとわたししかいない。
「どうしてこんなところに……? さっきまで子供と孫に囲まれて……ああ、たぶん寿命で……」
病気をしたわけでもない。わたしは体の寿命に従って、ゆるやかで穏やかにぽっくりと逝った。
「わたし、死んだ……?」
「うん、そう。本来ならもう少し長生きできたんだろうけど、ストレスで寿命が早まったみたいだね」
「……そうだね。子供が巣立って、孫全員の小学校の入学式も見れて、もう心残りはなかった。あの家で、夫とふたりきりで暮らすくらいなら、早く死んでしまいたかった」
思いきって、ずっと隠していた本音をぶちまけると、思ったよりずうっとすっきりした。
「で、あなたは誰? ここで天国行きか地獄行きか、はっきりさせようっていうの?」
「まさか」
「これでもわたし、頑張ったと思うんだけど。嫁イビリしてくる義母に耐えて、いつまでもお坊っちゃんでいる頼りない夫に耐えて。あの男、自分がどれだけ情けないかわかっていたから、わたしが働くのに反対してたのよ! 義母の差し金かもしれないけど、逃げられないように自立する機会を奪うなんて、本当に最低! はやく死んでしまえばいい!」
「よく頑張りましたね」
「心のこもっていないお言葉、どうもありがとう。わたしは地獄へ行くの?」
「いいえ。聖女としてここと違う世界へ行ってもらいます」
「……うん?」
言葉は通じてるけど、意味がわからない。
「聖女ってジャンヌ・ダルクみたいな? 神の声が聞こえもしない、なにかを成したわけでもない、わたしが?」
「お望みなら、声が聞こえるようにしますよ。違う世界へ行って、あなたが望むように世界を導いてくれればいいんです。そういう人物を選びました」
「……え? いやいや」
「最後はくじ引きで決めましたけど」
「貧乏くじじゃない!」
「聖女の証はどこにしますか? 腕?」
どうしよう、話が通じない。
「聖女の証ってなに?」
「聖女の体の一部分にあらわれる、聖女をあらわす模様です。歴代では手の甲が多いですね」
「いらないんだけど」
「では、見えにくい足の甲にしましょう。今から行くのは、わかりやすく言えば異世界です。今からそこへあなたを下ろすので、そこらへんの人に聖女だって言ってください。あとは自由にしてくれればいいので」
「待って、説明が足りない!」
「よい第二の生を!」
「これで終わり!? 嘘でしょ!?」
目の前が白く光り、立っていられないほどの重量と光が襲いかかってくる。まぶたの裏の白さが消えてしばらくたってから、おそるおそる目を開ける。眩しさに目がくらんだ。
「なに、ここ……」
気づけばわたしは、港町にいた。
潮の香りに、海が打ち寄せる音。近くの船で荷をおろしている男たちの活発な声が聞こえた。
あたりを見回すと、どうやら外国のようだった。あのモヤの言うことを信じるならば、異世界らしいけども。
道行く人はみんな外国人らしく高い鼻と長い足を持っていて、髪の毛がやたらとカラフルだ。金、緑、茶色、紺、紫、ピンクにオレンジ。
「嘘でしょ……本当に地球じゃないの……?」
頭を抱えて座り込んでしまいたい。
こんなカラフルな毛髪がうじゃうじゃいるなんて。街を見るだけで、お祭りで飾りたてたように鮮やかだ。
とりあえず、誰にでもいいから話を聞きたい。
「そこ、チンタラしてたら昼飯食えねえぞ! 急いだ急いだ!」
よく通る声が聞こえて、そちらへ視線を向ける。きらめく青い海と、夏のように高い青空を背に指示をとばしているのは、燃えるような赤髪を持つ男性だった。
すらりとしているけれど筋肉がある体躯。横顔だけでもわかる、どこか野趣を感じさせる整った顔は、どこかのアイドルのようだ。
「ん? お嬢ちゃん、なにか用か?」
視線を感じたらしい男に話しかけられてうろたえる。
男と話してはならない。
スーパーのレジでも、バイトの男子高校生のいるところに並ぼうものなら、義母がすごい剣幕でがなりたてた。男と話した、ふしだらな嫁だ。
夫はなにも言わない。黙って自分は関係ないという顔をして、義母になにか言われたら反射的に頷いて相槌をうっているように見せかける。
逃げ出しかけて、止まる。
……どうして言いつけを守る必要がある? いまはいるのは異世界だ。あの憎たらしい親子はいない。
日陰に背を向けて、太陽が海を照らす眩しいほうを向いた。緊張で喉がからからだ。
「あ、の、突然申し訳ありません。ここのことをよく知らないのです。教えていただけませんか?」
「ふうん?」
目をすがめて見られて緊張する。無意識に服のしわを伸ばそうとして、知らない服を着ていることに気づいた。
半袖の麻のワンピースに、革靴。ワンピースは質素で、なんの飾りもなく、ディテールにもこだわっていない。ただ切っただけの布をかぶっている印象だ。
ワンピースの裾がふくらはぎをかすめて、この丈を着るのは何十年ぶりだと胸が踊る。家では、いつも膝が隠れる長さのスカートと決められていたから。
「悪いがお嬢ちゃん、見ての通り忙しい。ほかをあたってくれないか」
「そ、そうですよね。すみません」
「ここらへんのことに詳しいのはあの男だ。聞いてみな」
赤髪の男が指す方向には、一足先に荷卸がすんだらしい男が水を飲んでいる。
薄汚れて汗をかいている男に、一瞬ひるんだ。ひるんで、そんな自分を恥ずかしく思う。
なにが男と話すな、だ。肉体労働者は底辺? そんなこと言うほうが底辺だ! あんな親子のこと、もう気にするもんか!
勢いのままずんずんと歩き、無精髭の男の前へ立つ。男はなぜか、あんぐりと口を開けていた。
「黒髪……」
通る人々の顔立ちからして、ここはアジアではない。黒髪が珍しいのだろう。
「お仕事中すみません。すこしお尋ねしたいことがありまして。いいでしょうか?」
「は、はい。オレでよければ」
「ここのことをよく知らないのです。どうしてここにいるかもよくわからなくて……少しでいいので、教えていただけませんか?」
「……聖女様……」
「聖女じゃありません!」
あのモヤは、聖女だと言えばいいと言ったけど怪しすぎる。素直に従うはずもない。
自分の体が軽いことには気づいていた。手は血管が浮き出ていないし、ワンピースから出る足は若々しい。
10代、あるいは20代に若返っているはずだ。
なぜ若返らせたのか? 老衰で死んだ年齢でこの世界に来ても、長生きできないのも理由だろう。
でも、聖女といえば、勝手なイメージだけど処女。神への生贄。
生娘を神へ捧げ、旱魃や水害を解消してもらうのは昔話ではよくある話だ。聖女だなんておとなしく申告して、なにも知らないからって都合よく操られてたまるもんか!
「お仕事が終わったあとで教えていただけませんか? そこで待っているので」
「へ、へえ」
小娘にすっかり恐縮してしまった人に申し訳なさがこみ上げるが、背に腹は変えられない。
持っているものはワンピースと靴のみ。なんとかして生き延びなければならない。
そして、この世界では結婚せず幸せに生きるんだ。こどもは好きだから、保育園みたいなことをして生きていければ、それでいい。
「待った」
後ろから、やけに通る声がかけられた。お頭、と慌てる声に振り向くと、あの赤髪の男が後ろに立っていた。
「お嬢ちゃん、俺が教えてやる。でも、タダじゃあない。俺の知りたいことを教えてくれたら、何でも教えてやろう」
娘が言ってたな、なんだっけこれ。
死亡フラグ?