第8話 ラブレターと友達
「え? ……え? 」
差し出された、可愛らしい封筒に、有葉は戸惑った。
それを横目で見て、鷹音はふいっと目をそらす。
「良かったじゃない、有葉。あなたのことが好きな子がいるわよ」
「あ、鷹音!? 」
「私、生徒会に行かなきゃならないから。あとはごゆっくり」
そう言い残して、鷹音は上履きに履き替えた足を返した。
「……え、えー……」
有葉は、鷹音をどう引き留めるかを考えていたのだが、すぐに鷹音は去ってしまう。
仕方なく、有葉は眼鏡の子の方に向き直った。
「……えーと。あたし、好きな人がいるんだけど……」
「知ってます。鷺村さんでしょ? 」
「うえ……まあ、そう、かな? 」
有葉は、差し出された封筒を受け取らずに、なんとか鷹音の機嫌を損ねないように、丁重に断ろうとする。
「あたし、あなたの気持ちには答えられないのよね」
「わかってます。でも、せめて手紙を読んでください」
「あ、えー……手紙を読んでも同じだと思うよ? 」
「私、本気なんです! 」
有葉は、その眼鏡の子の剣幕に押され気味である。
一歩、二歩と後ろに下がるものの、眼鏡っこは有葉が後ずさった分だけ、ずいっと前に出る。
「……うー。仕方ないなあ」
有葉は、早くこの場から去ろうとして、手紙を受け取った。
眼鏡っこは、ぱあっと顔を明るくする。
「じゃあ、私、授業の用意頼まれてるので! 本当に、手紙、読んでください。ありがとうございます」
そう、お辞儀をすると、眼鏡っこは駆けだしていった。
「……あ。名前聞くの忘れたわ……」
ぽつんと、そこに残された有葉は、そう呟いた。
――
鷹音と有葉の通う学校には、生徒会室というものがない。
というより、生徒会自体が形骸化しており、会長・副会長・書記 くらいしかいないし、学園ものによくある「生徒会が絶大な権力を……」という話もない。
一ヶ月に一度の校門前服装検査の日には、鷹音のように、委員会の生徒がかり出されるのだ。
断ることもできるが、鷹音の真面目な性格からして、それは難しいように思えた。
「おー、鷹音、やってるやってる」
いち早くベランダの柵にもたれながら、有葉は鷹音の服装検査を見ていた。
購買で買ったいちご牛乳のパックから、ストローで中身を吸う。
「鷺村さーん! 」
「かっこいい! りりしい! 」
そして、鷹音ガールズもいつも通りやかましかった。
「……しっかし、これ、どうすっかな~……」
有葉は、ピンク色の花の絵に縁取られた手紙を、ひらひらと振ってみせた。
よりによって鷹音にラブレターを渡されたところを見られてしまい、まずかったかな、と独りごちる。
「……はあ。江口さんね……」
手紙には、最後に名前が書いてあり、「江口実香」と記されている。
手紙の内容ははしょるが、要するに『返事をくれとは言わないが、気持ちを伝えたかっただけ』という風に書いてある。
「うーん……どうしようかな……。断るには断らなきゃなんだけど……」
「何がです? 」
「決まってるじゃない。この子のラブレター……って、江口実香!! 」
「はい? 」
ベランダで一人、悩んでいた有葉に、眼鏡の江口がニコニコと話しかける。
有葉は、慌てて手紙を制服のポケットに突っ込んだ。
……もちろん、それは「一般人から見た場合」であり、実際の有葉は巫女装束であるから、懐にしまったのであるが。
「鷺村さんを見てるんですね。確かに、彼女は綺麗ですもんね」
「……ところであなた、別のクラスじゃない? なんでうちのクラスにいるの? 」
「あら。別のクラスの人間は、違うクラスに入っちゃダメ……なんですか? 」
有葉は、正直、この江口という少女が、全く読めないでいた。
いわゆる真面目ちゃんで、大人しい少女だとは思ってはいたのだが、こんなに大胆にアピールをしてくるとは予想外であった。
「あの。一緒に、見ていたら、ダメ……ですか? 」
江口が、上目遣いで言う。
その、打算的な態度は有葉からすると少し鼻についたが、基本的によっぽど嫌いではない限り、有葉は度量が広くもあった。
その辺は500年生きた妖狐らしいと思えるが、有葉は服装検査をしている鷹音に目を落とす。
「……別に良いよ。あたし、鷹音しか見てないけど」
「良いですよ? 私、七沢さんとはお友達になりたいんです。まず、お友達からですよね? 」
「……まず? 」
有葉は、少し嫌そうに聞き返した。
しかし、江口は、そんな有葉の態度も全く気にしていない様子である。
「正直、鷺村さんのことが好きなのは、顔ですか? 中身ですか? 」
「中身……と言いたいところだけど、あたしたち、幼なじみなの。だから、あたしは鷹音のことを小さい頃から見てるのよ」
「それは知ってます。でも、どうして顔か中身かで、その答えになるんです? 」
微妙に矛先を逸らそうとする有葉だったが、江口は何が楽しいのか、ニコニコと笑顔を崩さない。
「顔も中身も、あたしは好きなのよ。どっちかなんて選べないわ」
「ふうん……」
江口は、唇に指を当てて、考えている。
有葉は、じろりとそれを見つめた。
「鷹音に手を出したらぶっつぶすわよ」
「あはは、そんなことしませんよ。七沢さん、こわ~い」
江口は、そう言って、やはり微笑んだ。