第7話 登校しようぜ!
「ママー、あたし先に出るから、ご飯ちゃんとチンして食べてね-? 」
いつものサイドテールの金髪を揺らして、有葉が声をかける。
どうせ、自堕落なところがある母親は、明け方までゴミの溜まった自分の部屋で仕事をして、そのまま寝てしまったと考えられる。
一応、書き置きも残したのだが、母親も一応社会人である。
自分の席に朝食が用意されていたら、勝手に食べるだろうとは思っていた。
「……っと、あれ? 鷹音? 」
「……おはよう」
玄関を開けた途端、有葉は門の前に立っている見慣れた黒髪の女性を目にする。
鷹音は、さして驚きもせず、挨拶をしてきた。
「え? 鷹音、今日は服装検査にかり出されてるんじゃなかったっけ? 」
「あなたこそ、ずいぶん早いじゃない。いつもは遅刻か、ギリギリなのに」
「えへへ、鷹音と一緒に学校行きたくて……って、そうじゃなくて! 何? 何の風の吹き回し? あたしのこと待ってるとか……」
「別に良いじゃない。ちょっと気が向いたのよ」
鷹音はそう答えるが、有葉はことりと首をかしげた。
「でも、チャイムくらい鳴らしたら、あたしだってもっと早く出てこられたのに」
「……でも、お母さんが寝てるんでしょ? 一応気を使っているのよ。それに、時間になったら先に行くつもりだったし」
鷹音はそう言って、さっさときびすを返して歩き出す。
有葉は、慌ててその後を追って、鷹音の隣に並んで歩く。
「……えへへ」
そして、嬉しそうに、にぱっと笑った。
「何よ。気持ち悪いわね」
「あ、ひっどい! でもね、鷹音が待っててくれたってわかったら、なんか、嬉しくて」
「……そう」
鷹音は、相変わらず顔色を変えない。
有葉は、鷹音の顔をのぞき込んだ。
「もしかして、今までも、待っててくれていたことってあった? 」
「察しが悪いわね。いつも、こっちが声に出す前に、勝手に色々と手を回してくれるあなたにしては」
それを聞いた途端、有葉は「ええ~!? ほんとお~!? 」と締まりなくデレデレと笑った。
「うん、それだけ聞いたら、このことをおかずにご飯3杯くらい食べられそうな気がする! 」
「太るわよ」
「ぐ……いいじゃん、美食はこの世界の宝よね~! ご飯が美味しいって事は、いいことだね! 」
「あなたは、いつも美味しそうに食べるわよね」
「うん! 料理って、やっぱ自分と相手が両方とも美味しく食べられてこそだと思うの! 片方が我慢したり、ぐちぐち欠点を挙げるような食事をするなんて、外道だわ! 」
「私のツナ缶丼は、犬の餌とか言ってなかった? 」
「鷹音は食事にこだわらなさすぎよ! 」
「ま、だから作ってあげたくなっちゃうんだよね~」と、有葉は言って、それから、むうっと口を尖らせた。
「……何よ。急に不機嫌になっちゃって」
「だって、鷹音ガールズも同じ気持ちなのかな~って思っちゃって。なんかそれって、良くない気がする」
「おっぱい担当よりはマシでしょ」
「ってゆーか、おっぱい担当がいるってこと自体、優等生で堅実な、鷺村鷹音っぽくないわ」
どうやら、この狐は、今度はヤキモチを焼いているらしい。
鷹音は、はあっと小さくため息をつく。
「……そういうところ、可愛いとも言えるわね」
「……え!? は!? ちょ……鷹音!? 」
有葉は、声をひっくり返しながら、言葉に詰まった。
ただでさえ大きな目を、更に大きく見開いて、数歩たたらを踏む。
「そ、そんなことであたしの機嫌が取れると思ったら、大間違いよ! 」
「それにしては、顔が赤いわね。狐だし、500歳だし、朝からお酒でもかっ食らったのかしら」
「ほんっと、鷹音って意地悪よね! 」
有葉は、恨めしそうに鷹音を睨んだ。
鷹音としては、この状況で有葉に睨まれようが、まったく怖いとも思わないのだが。
そうこうしているうちに、周りには同じ制服の女子生徒が多く見え始める。
女子校だったのは1日だけとも鷹音は考えていたのだが、どうやら有葉の術はそんなに生やさしいものではないらしい。
おそらく、学校上層部まで巻き込んだ、突然の高校一つを女子校に変えてしまうという大技である。まあ、考えてみれば、天狐と呼ばれる狐の中には、それこそ国一つを牛耳ることもある妖怪もいる。それに比べれば、少しは可愛いものなのかもしれない。
「じゃあ私、生徒会の仕事があるから」
靴箱で、そう言って鷹音が去ろうとする。
有葉は、その腕をとっさにつかんでいた。
「……何? 」
「ううん、えへへ」
そのまま、何となく、有葉に腕をつかませたままにしてみる。
すると、有葉は、するりと鷹音の腕を撫でるように、離した。
そのときだった。
「……っ! 」
びくっ!と、鷹音が体を反応させる。
「……え? 」
戸惑うように、有葉が声を漏らした。
「っ……もういいでしょ? 私、行くわ――」
「あ、あの……」
と、全く二人の向いている方向とは別の方向から、女性の声が聞こえた。
振り向くと、ボブカットに眼鏡をかけた、大人しそうな少女がそこにいた。
身長は、鷹音よりいくらか低い有葉よりも、もっと低い。
その少女は、おずおずと鞄から手紙を取り出す。
「……鷹音、またあ? ホントにモテてよろしいことよね」
「あ、鷺村さんじゃないんです」
そう言って、少女は、その手紙を有葉の方に差し出した。