表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

第4話 天帝の伝達役

 握り拳大のボールが、コロコロと転がる。


 そして、弾んで、弾んで、金髪の耳の辺りでぴたりと動きを止めた。


「……殿、天狐殿! 」

「ふあい!? 」


 耳元で囁かれ、居眠りをしていた有葉が立ち上がった。

 もちろん、教室中の視線が全て、有葉の元に集まる。


「どうしました? 居眠り運転の七沢さん? 」

「あ、や、なんでもないデス……」

「なんでもなくはないですよね? じゃあ、この英文を全て訳してください」

「ふぁーい……」


 あくびをかみ殺し、有葉は大きく伸びをしてから、立ち上がった。

 そして、黒板に向かう……と思いきや、くるりと振り返る。


「そ・こ・で・ま・っ・て・ろ! 」

 囁いてから、再び振り向くと、黒板とにらめっこを始めた。


「……天狐殿……」


 その仕草を、全て見ていたのが、少し離れた席にいる鷹音だった。


(何かしら? あの毛むくじゃらのおにぎりみたいなやつ……)


 そう思ってほおづえをつく鷹音の視線を、毛むくじゃらがキャッチした。

 くるうり。

 そう、鷹音の方に向き直る。


「見たな~~~!! 」

(やば。視線が合っちゃった)


 鷹音は、慌てて視線を逸らした。

 というのも、鷹音は、幼い頃からこんな経験を何度も経ているのだ。

 変なものが見える・聞こえる・触れる。

 果てには、匂いや味覚まで、あるはずのないものを知覚することができた。


「見たな? 見たな? 天狐殿のお気に入り? 」


 こういうモノは、基本的にヤンキーと扱いは一緒である。

 視線を合わせてはいけない、目立った行動をしてはいけない、意識していると思われてはいけない。

 それをうっかり破ってしまった鷹音に、その毛むくじゃらは絡んできた。


 鷹音は、首を軽く振って、聞こえていないふりをする。


「やい、お気に入り、天狐殿をたぶらかして何のつもりでいる? やい、やい」


 鷹音が無視していると、その毛むくじゃらは、自分の履いていた小さな小さな靴を脱いで、鷹音の頭にぶつけてきた。

 大して痛くはないが、少々面倒くさい。


「やい、やい……ふぎゅっ! 」

 靴を投げ終わると、そこら辺のゴミを投げていたその毛むくじゃらが、急に大人しくなる。

 鷹音が顔を上げると、板書から戻ってきた有葉が、毛むくじゃらをつまんでつり下げていた。


「…………」

「七沢さん? 鷺村さんに何か急用ですか? 」


 鷹音の机の前で黙り込んでいる……ように見える有葉に、教師が声をかけた。


「あ、戻る席間違えちゃった-! 」


 そして、急にいつもの調子に戻って、その毛むくじゃらをつまんだまま、有葉はついっと鷹音の側を離れて自分の席に戻る。


 鷹音は、呆気にとられてそれを見送るしかなかった。


「天狐殿! 天帝様が『みだりに人の世界に干渉するな』とがおっしゃっていますぞ! 」

「うっさいな。おっさんが何言おうと、あたしはもう、恋に生きるって決めたのよ! 『嫌なら自分で止めに来い』っておっさんに言っておいてよ」

「天狐殿、それは――」

「できないんでしょ? できないのなら、人の恋路を邪魔しないでよね! 天帝のおっさんにも、もちろんあんたにも、あたしの恋は止められないのよ! 」


 机の端に下ろされた毛むくじゃらと、有葉がひそひそと話し合う。

 それを、密かに聞いているのが、同じ教室内にいる鷹音であった。


(何? 何を話してるの?)


 鷹音は、なんとかそれを聞き取ろうとする。しかし、そこでチャイムが鳴った。


「はい、今日はここでおしまいです。ノートを集めるので、一番後ろの人はノートを回収して提出してください」


 そう言われ、鷹音は慌てて黒板の写していない箇所をノートに書き加えた。

「ごめんね。ちょっと待って」

 そう言って、集めに来た女子を待たせると、その女子はひょいと鷹音のノートを覗き見る。


「珍しいわね、鷺村さんがノート取ってないなんて」

「そ、そうかもね」


 鷹音はそう返したが、まさか「妖怪同士の声を盗み聞きしていたので、ノート取るの忘れました」とは言えなかった。


「ノート集めるう? 聞いてないわよ! 」

「うわ、七沢さん、本気でノート白紙じゃない……」


 向こうの方で、有葉が騒いでいるのが聞こえる。

 鷹音は、もう何度目になるのか、有葉絡みのため息をつくと、写し終えたノートをその女子に渡した。




――

「あー、疲れたあ! 」

 放課後、「鷹音と一緒に帰る! 二人きりで帰る! 」と駄々をこねた有葉と、鷹音は並んで下校していた。


 鷹音は、有葉の顔をのぞき込む。


「……何? あたしのこと、ついに本気で好きになった? 鷹音? 」

「そういうんじゃないわよ。ただ、5限目の授業中、変なのがあなたにまとわりついてたじゃない? 」

「あー……別に、大したことじゃないよ。鷹音は気にしなくていいって、ホントに! 」


 有葉がそう誤魔化そうとするが、鷹音はじっとりと有葉を見やる。


「天帝がどうとか話してたけど? 」

「ああ、おっさんね。若作りのおっさん! あいつ、自分は誰とも結ばれない運命だからって、あたしみたいな自由人を羨んでるのよ! あんまり目立つことするなって釘を刺しに来たわけ。参っちゃうね」


 天帝とは、確か神の中でも最高神を意味する。

 その天帝を「おっさん」呼ばわりする有葉に、「自由人にも程があるわ」と鷹音は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ