第3話 鷹音ハーレム
「相変わらずすげーよな、鷺村……」
そんな声が、聞こえてくる。
が、鷹音はそれを無視した。
鷹音の周りには、10人ほどの女子たちが群がっている。
「鷺村ガールズ」と呼ばれるその取り巻きたちは、なんとか鷹音に自分を見て欲しいと必死であった。
「鷺村さん、私、お弁当作ってきたんだけど」
「あ! 私も作ってきたわ! 」
「私も! 」
差し出される、可愛らしいラッピングのされたお弁当に、鷹音は「そうね……」と唇に人差し指を当てる。
「今日は、ショウガ焼きの気分なのよね」
「やったー!! 」
3個のお弁当のうち、一つを、鷹音が手に取る。
選ばれた一人が歓声を上げ、選ばれなかった二人は、それを羨ましげに見つめ、自分のお弁当をしまった。
鷹音の足下には、むくみ防止のため、一人の女生徒がうずくまって、その背中に鷹音の足を乗せている。
しかし、その女生徒はなんだか嬉しそうだ。
「はああ~鷺村さんのおみ足~! おみ足が私の背中に~! もっと踏んで、なじって、罵ってくださあい~」
「嫌よ。この卑しいメス豚。私の口が穢れるじゃないの」
「はああ~ん、ありがとうございましゅ~~!!! 」
「……正直、ちょっとあやかりてえよな……」
教室の男子たちが、そうささやき合う。
そう。
どんなイケメン男子より、鷹音は校内一、女子にモテる人間であった。
鷹音の両手には、「おっぱい班」と呼ばれる、胸を揉ませるだけの役目の女子が控えている。
鷹音が、いついかなる時でも、ふとおっぱいを触りたくなった時のための、おっぱい担当であった。
鷺村鷹音は、腐りきったその日常を、享受しているように思えた。
そのときである。
「おはおはー! 鷹音-! ちょ~っと準備に手間がかかって、遅れちゃったあ~! 」
ガラッと教室のドアが開き、ツカツカと鷹音の元にやってきたのが、巫女装束に耳と尻尾のある、『七沢有葉』であった。
しかし、鷹音以外の人間には、どうやら普通の制服を着ているように見えているらしい。
『おはようございます! リーダー! 』
次の瞬間、鷹音ガールズの女生徒たちが、一斉に立ち上がり、有葉に頭を下げた。
鷹音は、呆気にとられる。
「リーダー? あなたたち、いつからそんな関係になったの? 」
「何言ってるんですか、鷺村さん? 私たち、ずっとそういう関係性だったじゃないですか」
「そうですよ。どうしたんですか、鷺村さん? 」
不思議そうに言う鷹音ガールズに、鷹音はぐっと押し黙った。
そして、キッと有葉を見る。
「何かしたわね、有葉」
「さあ? 私は何もお~? 」
そして、さも当然のように、鷹音の向かい側の席に、椅子の背をまたぐようにして座った。
巫女装束の袴がきつそうだと思ったが、どうやら袴は足で分かれているらしい。
「……それにしても、遅れすぎじゃないの、有葉。もう3時間目よ? 」
「ごめんね~、不真面目でも成績良くってえ~。えー、だってだって、更に鷹音とあたしを繋ぐ絆? を強固にする必要があったの~」
「なによそれ」
鷹音は、ついっと有葉の掲げた指先に視線を合わせる。
そのときだった。
ガタン!
そんな音が、鷹音の後ろから響く。
しかも複数の音である。
「……? 」
鷹音がいぶかしんでいると、教室にいた男子たちが、ぞろぞろと紐で一列にくくられているかのように、教室を出て行った。
それと入れ替わりに、見覚えのない女子生徒が、男子生徒と同じ人数だけ、教室に入ってくると、急に糸が切れたようにお喋りを始めた。
まるで、ずっとそうしてそこにいたかのように。
「そう! 今日からこの学校は、女子校になったの! 」
「……え、何よそれは」
「どう? ドキドキワクワクするんじゃない? 『鷹音ガールズ』も増えたりして! きゃは!」
どうやら、この狐は、純粋に鷹音を喜ばせるために、術を張ったらしい。
鷹音は、頭痛を抑える仕草をする。
「有葉」
「何? もしかして私のこと……トゥンク……」
「やりすぎ」
「え? なんで? 鷹音って、女の子が好きなんでしょ? それとも、1/3くらい男子を残した方が良かった? 」
「そういう意味じゃないわよ……。まったく。私のせいで学校の制度を変えちゃってどうするのよ」
「大丈夫大丈夫! 男子と女子は、近くの高校から呼び寄せたの! だから、大した労力じゃないわ! 」
「そういう問題じゃない」
鷹音に言い切られて、有葉は耳をしおれさせた。
「クーン……」
「悲しげな声出してもダメ」
「あ、あのー……」
そこに、鷹音ガールズの一人が声をかける。
「お二人とも……さっきから、何の話です? なんだか、リーダー……七沢さんが全部仕組んだみたいに聞こえるんですけど……」
「その通りよ」
「全然違うから安心してっ! 鷹音は女子校に慣れてないから、照れてるのよ」
「はあ……もう2年間も通っていて……? 」
鷹音ガールズは、そのまま、自分の定位置に戻った。
鷹音は、ため息をつく。
「……まあ、努力は認めるわ。あなた、本当に私のことが好きなのね」
「ホント!? やったあ! 鷹音から褒められちゃった! 」
「褒めてはいないけど」
この、有葉という妖狐は、つくづくプラス思考なのだなと考えた。