第21話 知恵者の見解
天帝が拍手を打ったところで、どよめきは一旦収まった。
「さて」
と、天帝が御簾の中で腕を組む仕草をしたようだ。
「玲朗と有葉。お前たちはそれで良いだろうが、襲われた拓はどう思う? 襲わされた鷹音はどう思う? お前たちは、お前たちの策に付き合わされた人間に、果たして顔向けできるのか? 」
天帝の冷静な言葉に、玲朗と有葉が「それは……」と下を向く。
「……まあ、妖怪の考えることは合理的すぎるが、人間界に染まっているといえど、やはりお前たちは妖怪だとも言えるな」
「ねつ造です! 天帝様!! 」
「それに、新しい体を与えれば、あいつらもまた――」
「それはもう良い。見ればわかる。あいつらは、本当に童貞と処女ではなくなった。私も、これ以上狼と狐の争いごとには干渉していられんのだ」
ふああ、と、天帝は、大あくびをした。
「天狼・玲朗。天狐・有葉。お前たちはもう自由だ。また、再び一から狼と狐のつがいを選ぼう。全く、寝る時間を削って結婚式に出ようとしたのに、とんだ茶番だった。では、さらばだ」
そうして、ふわふわ、ふらふらと、天帝の輿は宙に浮き、神社を出て行った。
鷹音たちの側を通る際に、天帝が扇子のようなもので顔を隠し、「ふふ」と笑って見せた気がした。
「さーて、そういうことだからさっ! あたしはもう自由だ! あたしはね! 」
と、有葉が、ツカツカと神社の入り口にいる鷹音の側に来て、腕を取る。
「この、鷺村鷹音と結婚しようと思ってるのよ!! 」
そう、告げた。
鷹音は、驚きで顔を硬直させる。
「女同士で!? 」「なんという、不敬な……! 」「我々の面子を潰すだけでなく、辱めるつもりか! 」
当然、狐一族の偉いさんからは、そういった声が漏れる。
鷹音は、不安そうに有葉を見つめるが、有葉は、自信を持ったように、胸を張っていた。
「……良いではないか」
と、狐一族の上座に座っていた、今まで一言も発していなかった、長い銀髪の男が、言う。
鷹音は、その美貌から、女性だと思っていたのだが、発した声は男性であった。
「有葉、玲朗。なかなかうまくやったな。一族の掟では、確かに『花嫁・花婿は処女・童貞でなくてはいけない』という一文がある。奸智に長けた狐のやり方だと、私は思うが」
「公子様……! 」
公子と呼ばれたその男性は、ぐっと顔を上げ、胸を張った。
「そちらの、狼の公子は、どう思う」
「……」
こちらも、有葉たち狐一族と同じように、大騒ぎになっていた狼一族の公子も、それを受ける。
こちらは、鈴の音の鳴るような声の、女性であった。
「玲朗、お前、その人間の子の『処女』を奪ったわけだが、そのところはどう考えている」
「はい、責任を持って、妻に迎えたい次第です」
玲朗は、いつもの制服姿で、そう言った。拓は、急に玲朗に肩を叩かれ、びくっと震えた。
「……そうか。ならば良い。そもそも、狐一族と狼一族の婚約は、『人質』ではないか。……しかし、それに頼らねば、我々はまた争いを始めてしまうかもしれん」
「それは、重々に承知している」
公子同士の、言葉と表情でのやり合いが始まっていた。
しかし、二人とも、どこか一族を憂いているようにも思えた。
「……情けないな。こんな若者を生け贄にするような真似をしてしか、平和が保たれんとは」
「……我々、公子の、力不足である」
若者、と言われ、有葉と玲朗の喉がぐうっと鳴った。
人間は若く見られれば喜ぶのに、妖怪はその逆である。
つまり、年を経れば経るほど、立場としても認められ、妖力も強くなるのだ。
玲朗はともかく、有葉は500歳である。
500年生きてなお、長老と呼ばれる役職持ちからは、「若造」なのだ。
2000年以上を生きる、公子と呼ばれる者たちは、それでもなお、自分の至らなさを憂う気持ちを忘れずにいた。
鷹音は、ぐっと、拳を握った。
境内には、もう誰もいない。
用がないのならと、狐一族も狼一族も、煙のように姿を消していた。
玲朗と拓は、玲朗が拓の手を握って、どこかに走って行ってしまった。
つまり、境内は鷹音と有葉の二人きりである。
「有葉。私を騙したの? 」
鷹音は、有葉に背を向けて、問う。
「……鷹音」
「私がどんな思いで、あなたをあんな目に遭わせたのか……あなたにはわからないの? 」
「……うぅ……」
有葉は、喉の奥で声を詰まらせた。
有葉が、鷹音の手を取る。
「ねえ、鷹音。あたしは、策とかじゃなくて――」
「もうたくさんよ!! あなた、策のために、私を利用していたのね!? 私……私は……」
と、鷹音は、手首に巻いていた包帯を、解く。
風が、包帯をリボンのようにさらっていった。
有葉が、はっとした表情で、それと、鷹音の腕を見た。
「鷹音、あなた手首を……」
「そうよ。自分で切ったの。切るまでは逡巡したけど、切った後はどうってことなかったわ。でも、これも、あなたにとってはどうでもいいことなのね」
「鷹音……! 」
そこで、有葉は、鷹音を強引に自分の方に振り向かせた。
そして、息を呑む。
つうっ……と。
鷹音の頬に、涙が光っていた。有葉を乱暴した時、顔をくしゃくしゃにして泣きながら有葉を抱いた、鷹音の涙であった。




