第20話 婚約破棄
鷹音は、小首をかしげた。
「やっぱりだめかしら」
「だ、だめっていうか……訴えられたら負けますよ!! 」
まだ、動揺しながら、江口が言う。
そりゃあ、動揺もするというものだ。
「そう。やっぱり負けるのかしら」
「というか、恋人同士ならデートDVというやつに該当しますね」
「デートDV? そういえば、中学の家庭科でちょっと習ったことあるような気がするわね」
「お付き合いしていても、好き同士でも、無理矢理するのはDVに当たります! だめですよ、鷺村さん! 」
江口は、あくまで鷹音がまだ踏みとどまっていると誤解しているらしい。
……が、誤解したままの方が、鷹音にとっては好都合である。
「でも、ちょっと大人向けの少女漫画では、『ちょっと気になっている相手に、強引に抱かれてしまう』というのが人気じゃない? それとは違うのかしら? 」
「鷺村さん、鷺村さんは、本に書いてあること全部信用しちゃいます? 『実際にしたい』っていう願望と、『したくはないけど面白いとは思う』願望とは違うんです。じゃなかったら、世の中やばい奴らばかりじゃないですか」
「……それもそうね」
鷹音は、そう言って、唇に手を当てた。
そこには、昨夜の有葉との交わりが、今も感触として残っている。
「ありがとう、江口さん。漫画、がんばってね」
「あ、鷺村さん……あの」
と、江口が、鷹音の袖を引いた。
「……本当に、何かある前に、相談に乗りますから……」
「……そうね」
鷹音は、江口にでも、他の人にでも、相談ができる時間があれば、昨日のようなことにならなかったのかもしれない、と思っていた。
――
そして、3日が過ぎた。
真夜中の日曜日の八幡神社。
そこには、灯籠に火が入っている。
何人かの貴族衣装のようなものを身につけた人々が、そこにずらりと整列していた。
列の先頭には、髪の長い銀髪の、狐の面をかぶった者。
そして、もう一つの列には、面を付けない、狼の耳が出ている男が、ござ敷きに座している。
「花嫁と花婿は? 」
狐面の、耳と尻尾が出ている男……のような女のような、合成された声のようなものを発する妖怪が、そう聞く。
「今、準備をしているところだ」
狼の耳をした、短髪の男がそう言った。
狐面の妖怪は、「ふん」と返事をする。
「あ、あの」
八幡神社の境内の入り口付近で止まっている鷹音に、声をかけてくる男子がいた。
丸っこい眼鏡をかけており、黒髪がつやつやしている。
しかし、その大きな目の下には、鷹音と同じく、クマが色濃い。
「鷺村さん……ですよね? 」
「ああ、君島くん……」
そう。
この人間は、有葉が術をかけて、女子校から追い出した男子のうちの、君島拓という男子だった。
「鷺村さんも、結婚式に? 」
「ええ。呼ばれたんだけど。君島くんも呼ばれたのね? 」
「ええ……」
そこで、会話が一旦途切れた。
二人とも、この式を望んではいなかったのだが。
「……七沢さんと、玲朗、本当に結婚しちゃうんですかね……」
「さあ……? でも、なぜ2人は私たちを誘ったのかしら? 」
鷹音は、そこに何らかの陰謀を感じずにいられなかった。
元彼・元彼女を結婚式に呼ぶことに、何ら抵抗はないのだろうか?
そこに、ふわり、ふわりと、大昔の輿のようなものが、担ぎ手がいないのに、舞うように神社に入ってきた。
「天帝様! 」
「ようこそ、おいでくだしました! 」
「……あれが天帝? 」
「なんか、考えていたより質素ですよね」
手厚く迎えられている天帝は、輿から降りず、上座に着地した。
御簾に覆われていて、中は見えない。
「このたびは、狐一族・狼一族のご繁栄を」
天帝が何か話している間に、玲朗と、有葉が、神社の境内を、ざっざっと歩いてきた。
「……? 」
「玲朗!? 」「有葉!? 」
ざわめきが起きる。
と、いうのも、玲朗も有葉も、全くの普段着。玲朗は制服姿で、有葉は巫女衣装のままである。
「お、お前たち、何故、正装をしない!? それに、まだ出てくる時間では――」
「そのことですが、ご報告があります! 」
玲朗が、良く響く声を上げた。
有葉も、それに負けじと声を張り上げる。
「あたしたちは、この場にふさわしくない!! 」
ざわざわと、ざわめきが広がる。
そんな中、天帝が「ほう? 」と面白そうに声を上げた。
「俺は3日前、同じ学年の男――そこの、君島拓と、関係を持ちました! よって、童貞ではなくなりました!! 」
「あたしは、そこの鷺村鷹音と、3日前、関係を持ちました! よって、処女ではなくなりました!! 」
どよどよどよ!!
ざわめきではなく、もっと激しく、一族にどよめきが走る。
鷹音たちは、あっけにとられた。
全て――全て、玲朗と有葉の、策の内であったのだ。
『よって、結婚式は白紙となった!! 清い体でなければ、結婚は成立せぬ!! 我々は、解放を望む!! 』
二人の声がこだまする。
……と。
パチパチパチ。
上座にいる、姿の見えない天帝から、拍手が起こった。
「実に面白い策を考えたものだ!! これだから、狼と狐は面白いのだ!! 余を飽きさせることがない!! 」
鷹音と拓は、顔を見合わせた。




