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第2話 タオル一枚の攻防

 そもそも、鷹音の部屋と、有葉の部屋がお向かい同士で、足を伸ばせばすぐに行き来できるほど隣接しているのが問題だった。


 タオル一枚で、有葉はニコニコして「おじゃましまーす」と鷹音の部屋に入ってくる。


「ああ、妖術? 妖術使ってるのよね? 頼むからそう言ってくれる? 」

「え? 何が? 術なんて使う必要ある? 」

「あなた、タオル一枚で、下から見たら見えちゃうのよ!? どんな痴女よ! 」

「誰も見てないよ。いいじゃんいいじゃん」


 有葉の体は、未だ未成熟である。

 年齢を尋ねたら、元気よく「500歳! ぴっちぴちだよ! 」と答えられたのだが、外見年齢は、高校2年である鷹音よりも幼く見える。


 というか、「日本建国より若いから、あたしはまだ若いのよ!! 」と威張られたのだが、そもそも日本建国自体が歴史の中では長いと言うことを知っているのだろうか?


「ということで、鷹音ちゃん、ハグ~」

「やめなさい、恥ずかしい」

「ぶべ~」


 ハグ~と言いつつ、満面の笑みで抱きつこうとする有葉を、鷹音は顔を押して止めさせようとした。

 有葉は、「ちぇ~」と口を尖らせて、身を引いた。


「大体、服着なさいよ。私が男だったら、あなたどんな目に遭ってると思うの? 」

「どんな目に遭っても良いから、服着てないんだけどな~」

「……いい? 私は女。あなたも女。普通、女同士はそういうことはしないのよ」

「……自分は、高校にハーレム作っといて? 」


 有葉の視線が鋭くなる。

 明らかな嫉妬の視線に、鷹音は思わず息を呑んだ。


「ふーん。ふーーーーん。鷹音は清い体じゃないんだ~? 」

「清い体って……別に、あの子たちとはそんなんじゃないわ。あの子たちだって、きっと学校という特殊な環境で、そうなっちゃってるだけよ。……そう。あの子たちは、私とは違う」


 鷹音は、そう呟くと、ふっと思考を過去に戻した。

 鷹音は、物心ついてから、同性にしか興味を抱かなかった。それ故に、同性愛が一般的にどう思われているのか、十分すぎるほどにわかっているのだった。


「……鷹音って結構バカだよね」

「ばっ……バカって何よ。あなたにはわからないわ! 」

「そうかもね。でも、そうやって自分の気持ちに蓋しちゃって、そのうち爆発しないのかな~……なんてね。ガス抜きよ、ガス抜き」


 鷹音の体が、部屋の壁へと押しつけられる。

 柔らかい、女の子の体の感触が、鷹音の体を伝って脳に信号を与えた。


 鷹音の胸は、普通サイズの女子よりも幾らかはグラマーな方である。

 おそらく、鷹音の体の柔らかさも、有葉には伝わってしまっているのだろう。


「ほら、あたしの体で欲情する? あたし、鷹音よりは貧相な体だけど、顔は鷹音好みだって思ってるの」

「……あ、あなたには欲情しないわ! 」


 鷹音は、ぐいっと有葉の肩を押した。

 風呂上がりの上気した有葉の体は、はっきり言って、これ以上くっついていると妙な感情が湧きそうだった。


「ちぇー。お風呂上がりでタオル一枚の有葉さんの体なのになー。これでもだめかあ~」

「……だめってなんなの? 人の気持ちも知らないで、人で実験して楽しい? 」

「んあ? そういうつもりじゃないけど~。ん~。ってゆーか、あたし、鷹音のこと好きだって言ってるじゃん? 鷹音をオトすために手段は選んでられないわけよ」


 けろっとした口調で、有葉はそう言ってみせる。

 鷹音は、ふいっと有葉から視線を逸らした。


「そうなの。じゃあ今日は失敗ね。帰りなさい」

「んえー? いいじゃん、もうちょっとお喋りしようよ。あたし、鷹音の好きなこととか~嫌いなこととか~色々知りたいの! 」

「……その格好でお喋りとか言われると、なんか水商売的な何かを感じるんだけど」

「いいじゃーん! あたしは、遊び慣れてる鷹音ちゃんに、『こんなの初めて~』って言わせたいんだけど! 」


「い、いい加減に……! 」


 と、鷹音が声を張り上げようとしたときだった。


「有葉あああああ!! そんな格好で何してんの!! 」

「うわ、やっば! 」


 有葉の隣の部屋から、鷹音の声をかき消す声量で、怒鳴り声が上がった。

 有葉がぱっと鷹音から手を離すのと、隣の部屋のカーテンが開くのとは同時だった。


「あ、鷹音ちゃん。ごめんね~うちの有葉が! 有葉! あんたはさっさと部屋に戻る! 今すぐ! 」

「ちぇー。はいは~い、ママ」


 有葉は、ふてくされながら、「よっと」と鷹音の部屋のサッシを飛び越え、自分の部屋に戻る。

 さらりと、夜風が有葉の金色の髪と耳と尻尾を撫でていった。


「鷹音、また明日、学校でね。うふ、きっと鷹音の気に入る学校になってると思うよ! 」


 そう言い残し、「おやすみちゃーん」と有葉はベランダのサッシを閉めた。


「……私の気に入る学校に……? 」


 鷹音は、口の中でそう呟く。


 そう、有葉は、突然鷹音の前に現れたにも関わらず、周囲からは「鷹音ちゃんの幼なじみ」と認識されているのであった。

 まるで、最初からそこにいたように。


 有葉は妖狐であるが、本当に、鷹音を驚かせることに関しては、超一流であった。


 というか……。


「有葉、あんた、尻尾が引っかかってお尻丸出しだったわよ……」

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