第19話 通常通りの日常
もう、電気を消す気もなかった。
隣の部屋で母親が仕事をしているため、大声を出したり、酷く暴れたりはしなかった。
「……たかね。あいしてる……」
涙が、再び膜を張る。
鷹音の姿はない。
「……あいしてる、たかね……! 」
嗚咽が漏れた。
もう、鷹音は自分に会ってくれないかもしれない。
それでも、有葉は、鷹音を変わらず、愛していた。
――
『こっちは、済んだ』
ポン、と、玲朗からメールを受信した音が、微かに室内に響いた。
『後は、計画の通りに』
再びメッセージが送られ、そして、室内からは音がなくなった。
――
次の日、学校に向かうために玄関を開けた鷹音は、信じられないものを見た。
「た、鷹音。おはよ」
そこには、何もなかったかのように、有葉が立っていたのだ。
鷹音は、眉をひそめる。
「……あなた馬鹿なの? 有葉」
「馬鹿って何よ! 別に、あんなこと、どうでもないわ! ……で、鷹音、結婚式には来てくれる? 」
「…………」
鷹音は、眠れなかったせいでできてしまった隈をこすると、ため息をついた。
「出席するわけないじゃない、馬鹿なの? 」
「馬鹿って言いすぎじゃない!? で、でも、遠くから見る分には、来てくれてもいいでしょ? お願いお願い!! 」
有葉が両手を合わせて頼むと、鷹音は仕方なさそうに折れた。
「……で、いつ、どこでやるのよ」
「んっと、ここの近くに八幡神社があるんだけど、そこで。あたしたち、神道系だからさ。元々、八幡神社って、オオクニヌシが全国を平定して歩いた後の、いわゆる神々の争いの跡なんだけどさ。まあ、神道系だからいいかなって」
「……ふうん」
「日時はね、今週の日曜……3日後の、夜0時から! 絶対よ!? 絶対に来てね!? 」
「…………うん」
鷹音は、何か釈然としない気持ちながらも、うなずいた。
しかし、あれだけ嫌がっていた玲朗との結婚式に、昨夜、自分に乱暴をした女性を呼ぶというのは、いかがなものだろうか?
それとも、やはり妖怪と人間とでは、価値観が違いすぎて相容れないものなのか、と鷹音は考えた。
自分はあれで、一世一代の告白と、失恋のつもりだったのだ。
もちろん、有葉からはもう言葉を交わすどころか、目も合わせてくれないのが普通で、下手をすればそのまま天界に帰ることも考えられた。
しかし、この有葉の行動はなんだろう?
まるで、何もなかったかのように話しかけてくるし、目も合わせてくる。
本当に何もなくて、全ては鷹音の夢の中の話だったのでは!? と疑うほどだ。
「鷺村さん、リーダー、おはようございます! 」
「おはよう」
「おお、おはよー! 」
教室に着くと、鷹音ガールズがそう、挨拶をしてくる。
鷹音は、教科書を用意していると……「あら、」と声を漏らした。
「ん? 何々? 」
「古典の辞書を忘れてしまったわ……。 それに、宿題のプリントも……」
「ってゆーか、昨日はやってないんじゃないの? 」
鷹音は、どきりとした。
その通りで、鷹音は昨日、カエルがやってきた時点で、宿題を放り出して、自分自身と葛藤したのだ。
葛藤の末、ああなってしまったのだが。
「いいよ。あたしのプリント貸したげる」
「え? じゃあ、あなたのプリントがないじゃない」
「いいよいいよ。あたしが『忘れました』って言っても、普段通りでしょ? 鷹音、当てられるかもしれないし、持ってなよ。授業が終わったら、そのまま提出しちゃえば、あたしの名前書いてあるし、問題ないでしょ? 」
「……そうだけど」
鷹音は、逡巡する。
何故、有葉はこんなにもいつも通りに振る舞えるのだ?
あんなことがあったばかりなのに、と。
「……辞書を、江口のクラスから借りてくるわ。有葉、プリント、ありがとう」
「おー。行ってらっしゃい」
しかも、あんな目にあっておきながら、有葉はなんだか嬉しそうである。
これが、ちょっと大人向けの少女雑誌で言う、『強引に抱かれる方が興奮する』というやつなのだろうか? 鷹音がそういう価値観でいないだけで、女性はそういう願望を持っているのだろうか?
鷹音は、それを確かめるべく、江口に会うことにした。
――
「江口さん、鷺村さんが呼んでる」
「あ、はい、すぐ行きます」
机で漫画のネームを作っていた江口が、呼び出されるままに鷹音の元に駆け寄った。
「江口さん、古典辞書を持ってるかしら? 貸して欲しいのだけど」
「辞書ですね。私、置き勉してるから大丈夫ですよ。でも、鷺村さんが勉強用具持ってきてないの意外です」
「そのことだけれど……ちょっと聞きたいのよ」
「はい? 何です? 」
「あなた、好きな子に強引に迫られるのってどう思う? 」
「えっ!? ひえっ!? な、なんですそれっ!!? 」
江口は、やはり挙動不審に陥った。




