第15話 漫画を描いて!
本格的に泣き出してしまった江口を見て、鷹音は有葉の袖を引いて止めた。
「ねえ、なんだか可哀想だわ。それに、いつものあなたらしくない。どうしたの? 」
有葉は、一瞬虚を突かれたような顔をして、それから少し嬉しそうな顔をした。
鷹音は、何故有葉がそんな表情をするのかがわからない。
「そうかな? あたし、いつも通りだけど? 」
「いつものあなたなら、あんな言い方しないわ。あなたはなんだかんだで優しいじゃないの……」
鷹音が、有葉の袖を持ったままなので、有葉は教室を出て行こうとする中途半端なところで立ち止まっている。
そのため、泣いている江口からは、二人の会話は聞こえない。
「えへへ……鷹音、そんなにあたしのことよく見てるんだ~? 」
「ばっ……! 茶化してるつもり!? そんな状況じゃないでしょう? 」
鷹音は、有葉の袖から指を離して、くるりと向きを変えると、下着姿のままでしゃがみ込んでいる江口に声をかける。
「ねえ。どうしてこんなことをしたの? 誰かにばれたらって思わなかったの? 」
「ひっく……我慢できなかったんです……。だって、あんな風になりたいって……憧れていた鷺村さんの体操着が残ってて……! 七沢さんの体操着もあって……! だから、だから私……! 」
「……そう」
鷹音は、軽く教室内を見渡した。
窓は閉まっていて、もう既に夜の帳は下りている。教室内は皓々と電気が点いており、明らかに人の居る気配が濃厚で、そのうち教師が見回りに来ることは必須であった。
「……鷹音。これ」
有葉が、何かを探しているような鷹音に、床に散らばってしまった江口の制服を、手渡してきた。
「江口さん。これ、着て。そろそろ見回りの先生が来るわ」
「ぐすっ……さ、鷺村さあん……! 」
その瞬間、江口は鷹音に抱きついてきた。
鷹音は、急なことに、目を白黒させてから、有葉の方を見た。
有葉は、何とも言えないような苦い顔で、こちらを見つめている。
「江口さん、しっかりしなさい。……そうね。私も有葉も、今日は何も見ていないことにするわ。無理に何かしようとしなくていい。有葉も、多分もう怒ってないわ」
「江口。あー……あたしはあんたのその行きすぎた行動はどうかと思うけど……でも、なんとなくそういう行動って、わかるような気もするの。それと……」
と、有葉は、床に散らばったうちの、一つのノートを取り上げて、ぱらぱらとページをめくる。
鷹音に抱きついていた江口が、それを見て「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げた。
「これ、なかなかうまいと……あたしは思ったわ」
ノートには、鷹音と有葉が仲むつまじく……まあ、行きすぎた描写はあったものの、プロ、といっても過言ではないほどのイラストや、漫画の1ページのようなものが描かれていた。
「驚いた。江口さん、あなた、絵が上手いのね」
「……え? え? 気持ち悪く……ないんですか? 」
江口が、大きめの瞳を更に大きく見開いて、ノートをのぞき込む二人を見た。
「ふふん。そこで、よ? 江口、あんたに命令が一つあるわ! 」
「は、はい! 何でしょう!? 」
江口は、背筋を伸ばして、そう聞く。
有葉は不敵に笑うと、びしっと江口に人差し指を突きつける。
「江口、あんた、漫画を描きなさい! 」
「……え? 」
江口も、それを聞いていた鷹音も、ぽかんと口を開ける。
有葉は、くるくると人差し指を回して、言葉を続けた。
「同人誌、っていうの? あたしと鷹音のことを、漫画に描くのよ。それを読ませてくれるのなら、今日のことは不問にするわ」
「そ、そんなことで良いんですか? 」
「え? 」
鷹音は、意外そうに江口の方を見た。
「そんなこと」というのは、江口にとって、鷹音と有葉をモデルに漫画を描くというのは、比較的簡単なことのように聞こえる。
しかし、絵など美術の授業でしか描いたことのない鷹音にとっては、絵を描いて、それにストーリーを乗せるという漫画、という手法は十分難しいように思った。
「わ、私……本当は漫研に入りたくて……ずっと、漫画を描いてたんです。でも、お父さんが、それを見て『気持ち悪い』って言って……それから、漫画を描かなくなって……」
「でも、このノートには描いていたのね」
「これは、数学のノートの後ろから描いていて……1ページ漫画とか、ラフイラストばかりですが、絵を描いている時は、鷺村さんと七沢さんに近づけた気がして……」
鷹音は、全てを悟った。
有葉は、江口に漫画を描かせるために、あんなに冷たい態度を取ったのだ。
親に反対されながら、しかし「見られたくないことを見られてしまったため、同級生の命令で」という形なら、江口はこれからも漫画を描くことができる。
鷹音から見ても、江口のイラストは、落書きではあったが、確かに十分上手いように感じた。
そのときだった。
カツ、カツ、カツと、靴音がして、一番端の教室から順に、見回りが来た音がした。
「江口さん! 服着て! 早く! 」
「あ~、しまったわ。靴音くらいあたしだったら聞き分けられたのに~! 」
「え、あ、ホントだ! 」
江口は慌てて服を着て、鷹音と有葉は、必死にそれを手伝いだした。




