第14話 秘密
有葉の耳が、ぴんと立った。
そして、耳を澄ませるような表情をしたかと思うと、くるりと体の向きを変える。
「鷹音、帰ろう」
「え? 体操着を持って帰らなきゃ……それに、教室にいる子も、注意しないといけないわ」
「いいから、帰ろう」
有葉は、そう言って階段の方に歩き出してしまう。
そんな有葉の急な態度の変化に、鷹音は少し腹が立った。
「いいわ。私一人で行ってくる」
「…………」
有葉は、今度は、どこか面倒そうな、片目をすがめる表情をして、鷹音の方に振り返った。
「そんなにお化けが怖いの? 」
「いや……違うけど……いい。じゃああたしも行くけど、変なショックを受けたりしないでね? 」
「……? 」
鷹音は、疑問符を浮かべる。
有葉は、何かを知っているのだろうか?
そう、考えられた。
だが、鷹音は既に意固地になっていた。
これ以上有葉の気まぐれに付き合う筋合いはないと、鷹音の頑固さが妙なところで出てしまう。
「別に、ショックなんて受けないわ」
「……まあ、鷹音は経験もあるし、これくらい大したことないか……」
有葉はそう言って、今度は教室に向かって歩き出す。
カタン、カタンと、机が規則的に動く音は、その間にも聞こえ続けていた。
近づくと、教室のドアは、数センチだけ開いている。
その数センチをのぞき込むような体勢になって、有葉はそっと、後ろにいる鷹音の手を取る。
「何だっていうの……? 」
鷹音がそう言ってその数センチをのぞき込んだとき、驚愕する光景が、目に飛び込んできた。
ボブカットの黒髪に、青い縁取りの眼鏡。
その少女が、「鷺村」と書かれている体操着を、着ている。
少女は、かがみ込むような体勢で、一つの机に覆い被さっていた。
机の上には、「七沢」と名札の入った体操着と、ハーフパンツが敷かれていた。
まるで、そこにいた有葉が脱ぎ捨てていったかのような形になっている。
ふと、少女が、こちらに顔を向ける。
覗いている形になってしまった鷹音と、目が、合った。
ガタン!ガタガタガタ!
ひときわ大きな音がしたが、これは、少女が腰を打ち付ける音ではない。
少女……江口実香は、目を見開き、後ろの机をなぎ倒すようにして、倒れた。
「い……嫌! 嫌ああああああ!! 」
江口は、悲鳴を上げて鷹音たちの方を見る。
それは、鷹音の方が悲鳴を上げたいところであったが、ぐっとこらえる。
「……ごめんなさい。覗くつもりはなかったのだけれど、覗いて正解だったわ」
ショックで微かに震える鷹音の手を、有葉がぎゅっと握り返す。
鷹音は、自分がすべきことを重々理解していた。
「……あまりいい趣味とは言えないわね。もしかして、今までもこんなこと、していたの? 」
「あ、あ……その、私……! 私……! 」
江口は、とんでもないところを見られたショックで、口をぱくぱくと開閉させるが、うまく言葉が出てこないようだ。
当然だろう。
江口の格好は、鷹音の体操着に、鷹音のハーフパンツを履いている。
そして、有葉の体操着を机に敷いて、有葉の席で、行為をしていたのだった。
――確かに、鷹音が普通の、何の経験もない女子生徒だったら、卒倒していそうな光景である。
「脱いで。自分の制服を着なさい」
「あ、は、はい……! すぐに……! 」
江口は、急いで鷹音の体操着を脱ぎ始めた。
そして、「どうぞ……! 」と、下着姿のまま、鷹音に体操着を差し出す。
鷹音は、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「それを受け取ることはできないわ。あなた、その格好で何をしていたか、わかってるの? 」
「あ、え、えっと……弁償! 弁償します! だから、このことは……このことは、誰にも言わないでください! お願いします! 何でもしますから! 鷺村さんと七沢さんの言うこと、何でも聞きますから……! 」
「……だそうよ、有葉」
有葉は、黙っている。
黙って、必死に頭を下げる江口を、見ている。
「私……! 私、鷺村さんになりたかった……! 鷺村さんになって、七沢さんのこと愛したかった……! 」
「…………」
有葉は、黙って、自分の体操着を、机の上から取り上げた。
そして、その体操着を、江口に突き返した。
「……要らない」
「……え? 」
「これ、もう要らない。好きにすれば? ただ、あなたとはもう話したくない」
「七沢さん……! 」
江口は、涙をつうっと流して、顔をくしゃくしゃにした。
「あ、あああああああ……! う、ううううううううう……! 」
「鷹音、帰ろう。江口、体操着は新しく買って返してね。そして、もうあたしに話しかけないで」
鷹音は、ふと、泣きじゃくる江口を、見た。
そして、彼女はもしかして、自分とそう変わらないのではないだろうかと思っていた。




