第13話 放課後の教室
「……やっぱり」
下校中、鷹音が、急に鞄をごそごそ漁ったかと思うと、そう呟いた。
隣を歩いていた有葉が、「? 」を飛ばす。
「何? 」
「体操着を忘れてきてしまったみたい。体育で汗をかいたから、早く洗おうって思っていたのに」
「……あ! 」
そこで、有葉もぴんときたようで、慌てて自分の鞄をかき回す。
「……あたしも、置いてきちゃった」
「どうせだから、私が戻って取ってくるわ。体操着だし、重くないもの」
「いや、いいよ。どうせなら一緒に取りに行こうよ」
そう言って、有葉は当然のように鷹音の手を取った。
鷹音は、一瞬、びっくりしたように目を見開く。
「早く早く! 駆け足! 」
「別に、体操着は逃げやしないわよ」
冷静に返しながらも、鷹音は鼓動が早くなるのを有葉にばれはしないかとハラハラしていた。
有葉のことが、以前のようにうまく見られない。
有葉はいつも通り、鷹音に対する好意を隠さず、アタックしてくるのだが、鷹音はうまくあしらおうとしても、今のようなスキンシップに慣れずにいた。
「走ったりしたら、今度は制服のシャツが汗臭くなるわ」
「……と。それもそうか」
有葉は、ぴたりと足を止めて、しかし、手を繋いだままで、むふーっと笑った。
「……何よその変な笑顔」
「いやあ、手を繋ぎながら、放課後の学校に向かうって、青春だなあって思って」
「言っておくけれど、変なことはなしよ? もし、他の人にばれたらどうするの」
「……鷹音って、人目気にしすぎだよね。大丈夫大丈夫、うちの学校では珍しいことじゃないじゃん」
鷹音は、下唇を噛む。
有葉が大がかりな術を使って、共学であったはずの高校を女子校に変えてしまったためなのか、どうなのか、定かではないが、確かにそういう傾向はあった。
女子生徒たちは、こぞって同性である生徒とあからさまにいちゃいちゃすることが多くなった。
クスクス、と笑いながら、手を絡めたり、櫛で相手の髪を梳いたりすることは、友達同士でもまあまああることだが、さすがに校舎裏で抱き合ってキスをしているのを目撃した鷹音は、ぎょっとした。
鷹音ガールズはそういった肉体的な欲を鷹音に求めては来なかったし、鷹音と恋愛関係にあった女子たちも、ここまであからさまにキスなどをすることはなかった。
「なんというか……うちの学校は、あなたが来てから無法地帯よね」
「あたしのせい!? ちょっと、変なこと言わないでよ鷹音! 」
「ん? 」
「ん? 」
鷹音と有葉は、顔を見合わせる。
なにか、会話に齟齬があるように思えたのだ。
「あ、あー! 無法地帯って、そういうことね! オッケーオッケー理解した! 」
有葉が、目を泳がせながらそう言うので、鷹音はずいっと有葉の方に顔を突き出す。
「百合カップル以外の無法地帯って、どんなこと? 」
「いやあ、幽霊とかお化けとか、色々あるじゃん? 」
「……確かに、うちの学校にも一応、『七不思議』ってあるわね。……もしかしてあなた、怖いの? 」
「怖いっていうか……あたし、そういうの苦手なのよー! だから、鷹音のことが心配だし、付いてきたんだから! 」
「……立派な妖怪のあなたが何を言うのよ」
何せ、有葉は巫女装束に狐の耳と尻尾を有する、大妖怪・天狐である。
狐・カエル・蛇。
この3つの種類の妖怪は、特に強い霊力を持ち、敵にすると厄介なのは、鷹音も知っていた。
「あたしは妖怪じゃないもん! 天狐って、神様の狐って意味もあるんだよ! 」
「そうなの。でも、調べたら、1000年を生きる狐以外は、人を惑わせる妖怪って出てきたわ」
「ぐっ……惑わせては……いないもん。それに、あと500年なんて誤差の範囲内だし! 」
「あなた500歳でしょ。年齢の半分が誤差なら、あなたもただの狐じゃない」
有葉は、「ぐぬぅ」と喉の奥でうなった。
どうやら、年齢の話は、この狐の前ではタブーらしい。
そのまま、学校の門をくぐったところで、鷹音は教師に呼び止められた。
「あら、鷺村さん。忘れ物? 」
「ええ。体操着を忘れてしまって、今、七沢さんと取りに戻ってきたところです」
「ちょうど良いわ。もし、まだ教室にいる子がいたら、下校するように言っておいてくれる? もうすぐ門を閉める時間だから」
「ええ。わかりました」
鷹音は、よそ行きの態度で、教師に頭を下げて、「では、ごきげんよう」と待っていた有葉の元に戻ってきた。
「……鷹音ってさ、結構ええかっこしいだよね」
「何よ。先生の前では皆、礼儀は正しくなるじゃない」
「また雑用押しつけられちゃってさ」
「教室にいる子に帰るように一言言うだけよ? 雑用って雑用じゃないわ」
「……へいへい」
有葉は、まだ納得のいかない表情で、後ろ手に手を組んだ。
どうやら有葉は、人間社会の上下関係というものがいまいちよくわかってないようだ。
もうすぐ教室にさしかかるというそのとき。
……ガタ、ガタガタガタ、ガタン。
そんな、机が振動するような音が、鷹音と有葉の耳に届いた。
「……え? 何? もしかして、幽霊!? 」
「そんなわけないでしょう。残っている子がふざけて机を揺すっているんだわ」
「でも、なんか規則正しく聞こえない? 」
鷹音と有葉は、再び顔を見合わせた。




