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第12話 乙女、同衾中

「『そっちで寝ても良い? 』『何もしないから』って、明らかに男女の関係なら、何かある覚悟で言う言葉よね? 」


 鷹音は、じとっと有葉を見やった。

 有葉は、慌てた様子で胸の前で手を振ってみせる。


「ち、違う違う! 本当に何もしないから! ってゆーか、あたしたち男女じゃないじゃん! 」

「信用ならないわ。あれだけ情熱的に私を見ておきながら」

「ふえ? 気持ち悪いとか、思わないの? 」

「……別に」


 鷹音は夜風で乱れた髪を、軽く手櫛で整える。

 さらりと、黒髪が夜の闇に舞った。


「え、じゃあ、良いの? やったあ! 」

「良いとは一言も言ってないわよ……ちょっと! 」


 鷹音が言葉で引き留めようとするものの、既にベランダのサッシに手をかけていた有葉は、「おじゃましまーす! 」と鷹音の部屋にさっさと入ってしまう。

 鷹音は、「もう……」とため息をついた。


「明日の朝には帰りなさいよ」

「どうせなら朝ご飯作ってあげるよ! 鷹音、ろくなもの食べてないでしょ? 」

「朝からそんなに量は食べられないわ。コーヒーだけでいい」

「お、鷹音、シャーロック・ホームズみたいなこと言うんだね! かっちょいいけど、3食ちゃんと食べなよ? 雑炊くらいならお腹に入るでしょ? 」

「……じゃあ、雑炊一杯で手を打つわ」


 本当に、この狐は、自分より幼い子のようだったり、母親のようだったりとする、と鷹音は思う。

 そんな鷹音をよそに、有葉はぼすんとベッドにダイブした。


「鷹音! 早く早く! 隣に寝て! 」

「……ちょっと。あなたはリビングでしょ? 」

「……え? 」

「え、じゃないわよ。『そっちで寝ても良い? 』とは言われたけれど、『一緒に寝ても良い? 』とは言われていないわ」

「……ええ……? 」


 有葉は、再び耳を伏せる。

 その間に、鷹音がベッドを整え始めた。


「冗談よ。一緒に寝てあげるわ」

「ええー? なんだあ~焦った~! あたし、そんなに魅力ないのかな~って落ち込むところだったんだから」

「あなたでも落ち込んだり反省したりすることはあるのね」

「なんか、鷹音、当たり強くない? 眠いの? 」

「起こしたのはあなたでしょ。言っておくけれど、私、睡眠を妨害されると死ぬほど機嫌が悪くなるタイプだから」

「……そうなの? あ、でも、あたしには優しいよ? 」

「優しいと思ってるの? あれで? 」

「えへへ。だから鷹音のこと、大好きなんだ~」


 有葉は、ふにゃりと、可愛らしい顔をゆがめた。

 鷹音は、その有葉から視線を外す。


「もうちょっとそっち行きなさい。ダブルベッドじゃないんだから、狭いわ」

「へーい」

「密着してるからって、変なことするんじゃないわよ? 」

「へいへーい」


 明かりを落とした室内だが、カーテンから漏れる月明かりで、かろうじて物があるかどうかは判断できる。

 特に、鷹音の部屋は無駄な物が一切ない、片付いた部屋であるから、鷹音もつまづくことなくベッドに寝転がることができた。


「もう起こさないでよね。……おやすみ」

「へいへいへーい。おやすみなさい、鷹音。夢で会えたら良いわね」

「……余計なことは言わなくて良いの」

「うぎゅー! ぐぎゅー! 」


 隙あれば口説いてこようとする有葉に、鷹音は彼女の頬をつねって引っ張った。

 ぴん、と最後に軽く頬を弾かれた有葉は、「ちぇー」と文句を垂れて、ごそごそと布団に潜り込む。


 そうして、夜は更けていった。




――

 何分、何時間が過ぎただろうか。

 鷹音は、ふと、自分の体が柔らかいもので包まれている気配で目を覚ました。


 もちろん、布団のような軽く、柔らかいものではなく、明らかに女の子の体である。


「……ちょっと、有葉」

「……すう……」


 文句を言うが、有葉は軽い寝息を立てている。

 狸寝入りかもしれない……この場合、狐寝入り、と言い換えなければ、有葉は怒りそうだ、と思いながらも、鷹音はもぞもぞと体を動かした。


「有葉……」

「んん……? すう……すう……」


 少しだけ、有葉は機嫌悪そうに眉を寄せるが、すぐに寝息を再開する。

 そう。

 有葉は、完全に鷹音の体を抱きしめて眠っているのだった。


「……黙っていれば、可愛い顔してるわよね……」


 鷹音は、有葉と至近距離で向かい合った形になりながら、有葉の頬を優しく撫でる。


「……つねったりして、悪かったわ。ただ、あなたの気持ちが……私には……本当にこれからも続くのか、わからないの……」


 鷹音はそう言うと、布団に潜り込む形で、額を有葉の胸元にぴったりとくっつける。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……私も、あなたのこと……」


 それだけ言うと、クスリと鷹音は自虐的に笑った。


「いいえ。まだわからないわね。私、ちっとも期待していないわ。夢なんか見ないって、思ってるのよ……」


 有葉のやや小ぶりだが、柔らかで温かな胸をの香りを吸い込んで、鷹音は自分の心臓がドクドクと鳴るのを感じている。


「期待はしない。将来なんか考えない。夢なんか見ない。希望は持たない。……それが私の、正直な気持ちよ」


 鷹音は有葉の柔らかな体に、自分の体をぴったりと寄せながら、そっと有葉の背中に手を回した。


「……おやすみ、有葉」

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