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第11話 宵っ張り有葉と、その母

 コツ、コツ。


 そんな、窓ガラスに何かが当たる音がして、鷹音は目を覚ました。

 鷹音はロングスリーパーである。

 一日最低8時間の睡眠を得ないと、日中気分が悪くなるので、いつも午後9時には床に就くようにしていた。


 眠る時間が長いからか、鷹音はあまり睡眠が深くはない。

 だから、そんな些細な音でも、聞き漏らすことがなかった。


 ゆっくりと、鷹音は白くぼんやりと浮かび上がるベッドから起き上がった。

 最も、そんなに些細な音であるならば、無視をしてさっさと眠ってしまえば良いのだが。


 長い黒髪を耳にかける。

 鷹音の艶のある黒髪は、ひとえに努力のたまものであった。

 この、美しいロングヘアを保つため、サロンのシャンプーとコンディショナーを使っているのだ。

 

 もちろん、それは鷹音が特別に美意識が高いわけではなく、単に母親に「女の子は髪が命」と教わって育ったので、髪の手入れは半ばクセのようなものだった。


 カーテンを開けて、ベランダに出る。


 そこには、見知った人影が、長い金髪をなびかせながら、背後に月を戴いているのだった。


「良い夜ね」

「あなた、まだ起きてたの? 」


 鷹音は、ため息交じりにそう告げる。

 その人狐――有葉は、勝手にベランダに侵入していたのだが、もう鷹音はそれを驚いたりはしない。

 なにせ、相手は500年を生きる妖怪なのだ。

 ベランダの柵の一つ、飛び越せない妖怪が果たしているだろうか?


「ちょっと、紅茶を飲んでたのよ。そしたら、鷹音に会いたいなーって思って」

「そう。私は寝てたの。じゃあ、原因がわかったから寝るわ。おやすみ」

「え、ちょっとちょっと! 少しくらい付き合ってよ! 」


 窓に手をかけようとする鷹音と、そのベランダに面したサッシの間に体を滑り込ませるように、有葉は立ちふさがる。

 鷹音はため息をついた。


「言っておくけど、私、睡眠が十分に取れてないと、明日機嫌が悪くなるの」

「へ? 鷹音って朝の7時に起きてるよね? それって10時間は寝てるんじゃないの? 」

「……いやに正確に私の睡眠時間を把握してるのね」

「えへへ……」


 有葉は誤魔化すが、鷹音の睡眠時間を知る方法など、この妖怪にはいくらでもあるのだろう。


「お母さん、まだ起きてるの? 」

「うん。あたしがいつも夜食を作ってあげるの。ママってば、夜型人間だからさ。夕方から夜にかけて仕事して、昼間は寝てるのよね。体に悪いったら」


 なんだかんだで、この狐は母親思いなところがある。

 有葉は家事全般を請け負っているらしいのだが、おそらく夜食も、インスタントではなくきちんと料理をして作ってあげているのだろう。


「で、もしかしたら鷹音、気付いてくれるかなーって思って、ノックしてみたわけ」

「暇だったからとか、下らない理由だったら、私あなたを殴るわよ」

「え? えーーーーーっと…………えへ。特に用事はないけd……ぐにゅう! 」


 鷹音は、有葉がガードしていた顔面ではなく、上から振り下ろすように頭を拳で叩いた。

 奇妙な悲鳴を上げて、有葉はうずくまる。


「痛い痛いいたあい! ひっどい! 本当に殴ったね! ママにも殴られたことないのに! 」

「あなた、数日前にここのお母さんと出会ったばかりなんでしょ? 殴られなくて当然よ」


 そう。

 有葉は、何故か数日前に、ひょっこり鷹音の日常に現れ、まるで最初から鷹音の幼なじみだったかのように振る舞っているのだ。

 それもこれも、有葉の言う「幻術」なのかもしれないが、鷹音はそこのところを詳しく聞いてはいない。

 ……正直に言うと、鷹音の前に現れた有葉が結構好みだったから、という邪な思いもないわけではなかったのだが。


「うっさい! 近所迷惑よ、有葉! また鷹音ちゃんに迷惑かけてるんじゃないわよね!? 」

 ガラッと有葉の部屋の隣の窓が開く。

 そこから顔を覗かせたのは、中年の、髪をボブカットにした、高校生の親としては若干若さを感じる女性だった。


「あーん、なんでもないなんでもない! ママは仕事してて! 」

「じゃあ夜中にベランダで騒ぐんじゃないわよ! あ、鷹音ちゃん、ごめんね? 有葉が何かやらかしたんでしょ? あたし、わかってるから」

「……いえ。お仕事お疲れ様です」


 鷹音は、一応、建前上、それを否定した。

 しかし、有葉が原因なのは事実なので、その否定もごく弱いものであった。


「まったく、鷹音ちゃんはこんなにしっかりしてるのに、有葉はぜんっぜんだめなんだから……将来のビジョンとか、ちゃんと考えてるのかしらね? 」

「……ママだって家事できないくせに……」

「あん? 」

「……ごめんなさい」


 有葉は、狐の耳を垂れ、尻尾を垂らして、しゅんとしてみせた。

 本当に反省しているのか、それともポーズなだけなのかは、母にも鷹音にも検討がつかない。


「ともかく、近所迷惑と、鷹音ちゃん迷惑をかけなければ、別にあたしだって口出ししないわ。青春するのもいいけど、静かにね! 」

「はあい」


 そして、窓がぴしゃりと閉められる。

 有葉は、「ちぇー」と口を尖らせたが、すぐに顔を上げる。


「そうだ! 鷹音、今日そっちで寝ても良い? 本当に寝るだけだからさ! 」

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