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第10話 ほっぺにチュッ

「えっ、あいつ、あたしが逃げた後に鷹音の所に行ってたの? 」


 夕食後の時間。

 食後の紅茶の準備をしている有葉が、キッチンから声を上げた。


「そうよ。あなた、上手く逃げたわね」

「ってゆーか、あいつしつこすぎ! 結局、職員用の門からそーっと出たんだから! 」

「職員用の門を使うことは禁止よね? 」

「……それくらい見逃してよね、鷹音」


 むうっと口を尖らせて、有葉は不機嫌そうに言う。

 鷹音は、ソファから振り返って、言葉を投げる。


「自慢の幻術で逃げたりはできないの? 」

「……あのね。あたしの幻術は、『他人のため』にしか使えないのよ。たとえば、あたしが学校に入ったのだって、鷹音のためだし、『特進クラスのお嬢様学校に通う』ってことでママのためでもあるの。学校を女子校にしたのは、鷹音ガールズを増やすためでしょ? ほら、全部鷹音やママのためじゃない? 」

「……私は別に望んでないわ」

「悪かったね、お節介焼きで」


 有葉は、またもやぼやくように言う。

 この狐は、本当に、頭が良いのか悪いのかよくわからない、と鷹音は思った。


「今回の件も、私のために江口さんの告白を幻術でなかったことにする、っていうのはだめなの? 」

「え? 鷹音、あたしが江口に言い寄られるの嫌なの? 」

「…………」


 鷹音は、しまった、と口に出さずに呟いた。

 この狐を調子に乗らせると、ろくなことにならないと知っていたのだが。


「……ま、人の強い気持ちは、あたしにも操れないわよ。特に恋愛感情なんかはね。恋愛や憎悪なんかの気持ちは、どうにもならないわ」


 説明しながらも、有葉はどこか嬉しそうである。

 鷹音は、ふうっと息を吐き出す。


 ため息をつくと幸せが逃げる、というが、有葉が来てからというものの、鷹音のため息の数は明らかに増えていた。


「大丈夫大丈夫。江口のことはあたし、自力でどうにかするからさ」

「……どうにかなるの? 」

「鷹音が心配するようなことじゃないわ」


 強がってみせるものの、有葉が人の好意を無下にできない性格なのは、鷹音も承知していた。

 ましてや、有葉は自分も押しが強いが、逆に押されるのも弱いところがある。

 そのことを、鷹音は憂いていた。


 鷹音は、ソファから立ち上がって、有葉のいる台所へと歩み寄る。


「有葉。本当に大丈夫なの? 」

「え? 鷹音? 何? 急に」


 有葉は、湯を沸かす紅茶用のドリップポットから目を上げて、至近距離にまで迫った鷹音の顔を見つめる。


「あ、え、鷹音? 」

「有葉。私、なんだか江口さんとあなたが一緒にいると、胸がざわざわするわ」

「え、そう? あ、そうなんだあ……ふーん」


 有葉は、少し嬉しそうににやけると、鷹音から一歩だけ後ろに下がる。

 が、鷹音はそれを追うように、一歩踏み出した。


「や、やめて。その……鷹音に見つめられるとあたし、いつものあたしでいられないの」

「そう。でも、私はあなたのことを見ているの、嫌いじゃないわ」


 鷹音は、有葉の腕を取って、するりと腕を上から下に撫でる。

 びくりと、有葉が反応して、それからはっとしたように鷹音を見る。


「あ……今朝、下駄箱で……」

「わかった? 私がどうして今朝、あなたに触れられて反応したのか」

「え、あ、うん……」


 有葉は、顔を赤らめて、今度は自分から鷹音に近づく。


 その次の瞬間、ポットの蓋が、蒸気でカタンカタンと音を立てて揺れた。


 弾かれるように、鷹音は有葉から離れる。


「……お湯、沸いてるわよ」

「う、うん」


 紅茶を淹れる場合、沸騰した熱湯で淹れなければ、美味い紅茶にはならない。

 有葉も鷹音も、それを知っていて、なおかつタイミングの悪いドリップポットを少しだけ恨んだ。


 有葉は、ドリップポットから直接、茶葉を入れたガラス製のティーポットに湯を注いだ。

 あとは、3分から5分、待つだけだ。


「あのさ、鷹音。ちょっとかがんでくれない? 」

「? こう? 」


 有葉よりいくらか身長の高い鷹音が、お辞儀をするようにかがむ。

 その瞬間だった。


 ちゅっ。


 鷹音の頬に、柔らかくて温かいものが触れた。

 鷹音は、思わず頬のその部分を手で覆った。


「な、え……? 」

「えへ。今は、ちょっとだけね」


 有葉が、いたずらっぽく笑って、鷹音の目をのぞき込んだ。


「……信じられないわ。こんなこと……」

「な、何よ? 頬にキスくらいで自制心を持ったあたしを褒めてよね! だって、そういう雰囲気だったじゃない? あたし偉い! 」

「今まで付き合った子だって、頬にキスなんてする子はいなかったわ」

「じゃあ、ファーストキスだ! やった! 」


 どうやら本気で喜んでいるらしい有葉に、鷹音は仕方なさそうに首をすくめた。

 ……正直なところ、そんな有葉が可愛いと思ってしまったことは事実であるが、それを有葉自身に告げるほど、鷹音は優しくはない。


「……そういうあなたは、そんな経験あるの? 」

「ん? えー、えーっと……そうだなあ……」


 有葉は、途端に真面目な顔になって、目を泳がせた。

 その態度で、どうやら初めてではないようだと、鷹音は気付いた。


 有葉は、500年を生きる妖狐である。

 それを、思い知らされたのだった。

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