修羅のガキョウ、少女に転生する
前世では剣修羅とまで畏れられたオレが、なぜこんな姿で二度目の生を授かったのか理解できぬ。
水面に映るこの顔を見ろ。
肌は白く躯は細く、顔は小さく四肢は弱い。
なるほどこうして見ればなかなかの器量よしだ。
大きな眸、深紅の唇、すらりとした鼻梁。確かに美しいがこれがオレだと思うと些か堪えられぬ。そこで昨夜オレは頭髪をざっくばらんに散髪した。赤髪の美しい長髪を小柄(のような刃物。ナイフというらしいが酷く切れ味が悪くこんな刃では妖怪一匹殺せぬ。せいぜいが人を殺すくらいしか能がない。愛刀『骨狩り』が懐かしい)で髪を切り、梳き、削いだ。些か乱雑な頭付きではあるが、これはこれで味があろう。なかなかよいではないか、見目麗しい頭上に獣の如き毛髪。この様躰、気に入った、我が愛妾に欲しいくらいだ! とそこまで考え、これが今のオレなのだ、と我に返りげんなりする。なぜオレは人などに、それももっとも闘いから遠い女童などに生まれ変わったのだ。わからぬ。どれだけ考えてもわからぬ。
「カルラ、こんなところにいたの」
背後から声をかけられた。エミリアだ。振り返らなくともわかる。
オレと同じ年頃の少女で背丈もそれほど変わらない。
エミリアはオレの幼馴染だ。オレがオレとしての自我に目覚めるまでは確かに幼馴染だった。だが今やオレはカルラではなくガキョウだ。斬魔殺戮十三人衆がひとり『剣修羅ノ呀梟』。
それがオレの名だ。
ゆえにオレは間違いを正す。
「エミリア、オレの名前を間違えるな」
「でも、カルラ、あなたの名前は」
「ガキョウだ」
「そんな、だってあなたは」
「ガキョウだ」
オレの苛立ちが伝わったのか、エミリアは小さい声で「ガキョウ」と呟く。
ようやくオレは「なんの用だ」と少女を見る。
そこでオレとエミリアの違いが一目瞭然となる。
といってもたいした違いではない。ただエミリアには大きな獣耳があり、オレにはない、それだけだ。
「あの、これ」そう言ってエミリアは布包みを差し出す。
喰い物の匂い。おそらく干し肉とパン。
「いらん」とオレは手を振る。
喰い物など山の中にいくらでもある。果物も木の実も、肉となる獲物も多い。この少女にはそういって聞かせているはずだが、三日に一度はこうして喰い物を持ってオレの前に現れる。鬱陶しいことこの上なく、殺してしまおうかと考えたことも一度や二度ではない。生前のオレならば間違いなくこの童を、オレがカルラとして育った村ごと殺戮していただろう。斬魔殺戮十三人衆として悪逆非道の限りを尽くしてきたオレだ、ひとり残らず皆殺しだ。
だが、オレはそうしない。
おそらくオレの内奥に息づくカルラとしての記憶が、オレを抑えているのだろう。
なんとも不愉快ではあるが、こればかりはどうにもならない。
「ガ、ガキョウ」エミリアは心配そうな顔つきでオレを見る。「その、いつ帰ってくるの?」
「帰らん」
「な、なんで」
「聚落にいたら躰が鈍る。しばらくこの森で修行をし、女童としての躰に慣れる。それが終わったらオレは旅に出る。この肉叢では前世の実力を完全に取り戻すことは不可能だろうが、これしきの逆境で剣を捨てるオレではない。この常世はオレのいた世界とは違うらしいが、それでも様々な魔ノ物がいる。怪と闘い、魔獣を殺し、竜を屠る・・・そういう死闘を千日、万日繰り返せば、全盛期とはいえぬまでも、ある程度の剣力は取り戻せるだろう。いや、取り戻さねばならぬ。でなければ、我が師に、我が同胞に顔向けできぬ」
「あ、あなたは、やっぱり、悪魔に、憑かれたの?」
「そう思いたければそう思え」
悪魔憑きとはエミリアの聚落の言い伝えだ。
いわく悪魔に憑かれたものは相貌変容し、その素行凶暴に、その心根醜く歪む。
本当に悪魔に憑かれるのか、それともたんに心の病をそう呼ぶのかさだかではないが、とにかくエミリアはオレをその悪魔憑きだと思っているらしい。存外、間違ってはいないかもしれない。オレは悪魔のようなものだ。生前のオレは狒狒だった。夜叉猿と忌み厭われたものだ。あの頃が懐かしい。
「あ、あの、やっぱり帰ろうよ」
「黙れ。さっさと消えろ」
「こんなところに、一月も・・・森は、危ないよ」
「貴様、獣人だろう。森を怖がってどうする」
エミリアには獣耳がある。オレが住んでいたのは獣人の里だ。聚落に人はオレだけ。どうやらオレは捨て子だったらしく、嬰児の頃にエミリアの両親に拾われ、彼女の家で育てられた。そういう意味ではエミリアは幼馴染というよりは兄弟、いや姉妹か、ええい、ややこしい・・・
「わたしたちの種族は、人に近いから、森は苦手」
「なら、さっさと帰れ。じきに陽が暮れる」
「でも」と食い下がるエミリアを無視し、オレは川に入る。そう、オレは水浴びをしようと川縁に立っていたのだ。薄汚れた服を脱ぎ、川に浸かる。こんな布を纏わねばならぬなど慚愧に堪えないが、オレの内奥のカルラの名残が服だけは着てくれと訴えかけてくる。まあ、オレも外観は女童なわけで、この世界にはこの世界の法則もあろう、郷に入れば郷に従えともいう、まことに遺憾ではあるが、致し方ない。
そこでオレは嗤ってしまう。前世のオレならば絶対に郷になど従わなかっただろう、やはりカルラとしての人間性がオレを歪めているのか、それに話し方も不自然だ、いまいち言葉の使い方に纏まりがない、やはりオレは変わってしまったのだろうか。
振り返るとエミリアはもういなかった。
川縁に布包みだけが置かれている。
喰い物はいらぬとあれだけいっているというのに。
まあ、喰い物を粗末にするほどオレも落ちぶれてはいない、と思いながら川を上がり服を纏い布包みを手に取ると、寝床の巨樹を駆け登り、枝に腰かける。
「オレが施しを受けるなど」
そう吐き捨てながら、干し肉を囓る。
なかなか美味い。
※※※※※
巨猪を仕留めた。この森の主だろう。修行に熱が入りすぎた結果、オレは猪の縄張りに入り込んでしまっていたようだ。
目方が三百貫はあろうか、という大物であり、といっても生前のオレなら片腕で軽々放り投げられる程度の重さでしかないが、少女の身にこの獣は些か手に余る・・・などということはなく、躰は童だろうと魂は狒狒、ならば見せてやろう夜叉の斬魔剣術、というわけでオレは見事巨猪を仕留めた。
このナイフという刃物も最初は馬鹿にしていたが、得物とはようは使い方ひとつだ。敵を斬れぬのを刃のせいにしていたのでは剣士として二流、いや三流、真に極めし者ならば木刀一本で鎧を裂き、指先ひとつで肉を断つ。ゆえにオレはナイフ一本で巨猪を一刀両断した。生前の技の冴えには遠く及ばないにしろ、童の肉叢でこの妙技を繰り出すとは、さすがはオレだと自画自賛したくなる。
いい気分で寝床に向かっていると、血の臭いが鼻をついた。
獣人の血の臭いだ。
オレの眸が凶暴な光を湛える。
血に混じって殺気が漂ってくるのだ。
川縁に出る。
対岸で複数の人影が揺れていた。眸を凝らすと、それは騎士たちだ。甲冑が血で濡れている。騎士たちは剣を地面に突き立てている。いや違う。騎士たちは地面に横たわる獣人を何度も刺し貫いているのだ。
この臭いは知っている。
オレは川を渡り対岸に上がる。
「お、なんだよ、まだ生き残りがいたぜ」
「いや、見ろよ、獣耳がない。ありゃ人間だ」
「なんで人間がこんなところにいるんだよ」
「ずいぶん薄汚れたガキだな」
「しかし見ろよ、髪型はいまいちだが顔はべっぴんだぜ」
「ついでだ、犯して殺しちまうか」
騎士たちの言葉を無視し、オレは血に染まった獣人を見下ろした。
エミリアだった。
全身切り傷だらけだった。
股から大量の血が流れ、そこには精液が混じっていた。
犯され、殺されていた。
別にオレは何も感じない。
エミリアなどオレにとってはどうでもいい。
だからオレは何も感じない。
「なあガキ、俺たちといいことしようぜ」
そういいながらオレの肩に手をかけた男の全身を、オレのナイフが薙いだ。
鎧ごと、男の全身がボトボトと崩れ落ちる。
「オレは何も感じちゃいない」
オレは肉片を踏み潰すように前に出る。
騎士たちは状況が呑み込めていないのか呆然とし、瞬後、全員が剣を抜く。
「そう、オレは別に何も感じちゃいないんだが」オレは男たちを眺め、嗤った。「オレの中のカルラの部分は違うらしい」
そうしてオレは騎士たちを鏖す。
命乞いなどさせぬ。
嗚咽も赦さぬ。
ましては唸り声ひとつ上げさせぬ。
ただただ一瞬のうちに四肢を解し心臓を抉り首を刎ねる。
一面血の海と化した川縁。
エミリアの死体を担ぎオレは歩きだす。
どのように弔えばよいのかわからぬが、せめても聚落の土に埋めてやろうと思う。村に近づくにつれ獣人の死臭が強くなってくる。おそらくエミリアの家族も死んでいるだろう。いや、村そのものが鏖殺されているだろう。まあ、オレは何も感じぬ。そもそも前世のオレからすればこの程度の殺戮、赤子の児戯でしかない。我等が首魁 夜叉円様と共に駆け抜けた日々は地獄すら生ぬるい修羅道であった。だから悲しくはない。エミリアの死など悲しくない。ただカルラが泣いている。オレの中のカルラが泣いている。泣くな馬鹿者、貴様はオレの一部であろう、と渇を入れるも泣き止まぬ。オレの眸から泪がこぼれる。ええい、鬱陶しい、と泪を拭う。
まったく面倒な躰になったものだが、いたしかたない。
こうして生まれ変わっただけ、よしとするか。
エミリアを埋め終わるとオレは聚落を後にした。
全身血塗れだ。
とりあえず服がいる。
あとは刀も。刀がこの世界にあるのかどうか知らぬが。
まあ、何でもよい。
さあて旅に出るか。
とりあえず北の方へ向かおうと思う。
なんでも北の果てには魔王がいるとか。
カルラの頃の記憶にはそういう情報が多くある。どうにも冒険譚やお伽噺が大好きな女童だったらしい。
海の竜神。
火山の白鯨。
森の大百足。
あとは魔神王の鈴虫。
この鈴虫とやらがこの世界最強の存在らしいが、鈴虫とはあの秋の夜に涼やかに鳴く羽蟲であろう。なぜあんなモノがそんなに強いのかわからぬが、まあよい。
どうにもこの常世、オレが生きていた世界同様、魑魅魍魎が渦巻いているらしい。
とりあえず北だ。魔王の首でも取ってみるか。
そう思いながら、オレは歩いてく。