不安な気持ち。
夜。
シズクたちが寝静まる中、ベッドの上で一匹の獣がむくりと頭を上げた。
何をするでもなく、ただただ主の安らかな寝顔をじっと見ている。
主が深い眠りについていることを確認したのか、視線をはずし外に向けた。
その視線の先には魔王城。獣の眉間には不愉快そうにシワがよる。
次に、獣は主を起こさないようにそっとベッドから下り、人型へと姿を変える。
下りたことで主が起きていないか、ちらっと確認し大丈夫だと確信した獣は音をたてないようにベランダへ続く引き戸を開け外に出た。
静かな夜。だが森とは違い自分たち以外の気配を感じる。
夜中だというのに起きている者もいるのだろう。城には明かりが灯っている場所もあるようだ。
「眠れないのかしら?」
ふいに声がかかった。だが、驚きはしない。彼女が出て来たことは気配で分かっていたからだ。
獣、ベリルは声の方へ振り返り答えた。
「えぇ、貴女もですか?フローラ。」
声をかけて来たのは手の平サイズのフローラ。とはいえ、目線の高さは同じ。
なぜなら、私と視線が合うように彼女は浮いているからだ。
「ふふっ。いえ、私は貴方の様子を見に来ただけです。」
彼女はそう答え、私の右肩に座った。
寝ている皆に配慮してか、好きに話せという意味か、フローラは自分たちの周りに結界を張ったようだ。
数秒の沈黙。二人の視線は魔王城に向けられている。
「……貴女はどう思っているのですか?」
何に対してか、詳しく言わずともフローラは理解しているようで、城に視線を向けたまま答えた。
「そうですね…。私はシズク様が決めたことなら受け入れるつもりです。」
シズク『様』ですか…。
様と付けたことで、フローラの強い意思と真剣さがうかがえる。
家族なのだからと様付けを嫌がった主。だが、呼び方が変わろうと彼らにとって彼女が絶対的な存在だということに変わりはない。
ベリルは、魔王城に向けていた視線を眠っている主に向け答えた。
「…私は…。受け入れたくはありません。ですが、シズク様が望むことを叶えたいとも思います。」
「ふふっ。複雑ね。貴方はシズク様が大好きだもの。」
微笑ましいとフローラはベリルの頬に手を伸ばし、優しく撫でる。
まったく…。私はもう子供ではないのですが…。最初に契約をしたからと言って弟扱いをしないでほしい…。
いつまでも姉のように接して来るフローラ。だが、拒否したところで流されると分かっているし、言っていることに間違いはないのだから否定はしない。
「貴女もでしょ?私たちの中にシズク様を好きでない者はいないと思いますが?」
「えぇ、そうね。私も、みんなもシズク様を好きで、愛しているわ。」
皆、気持ちは同じ。これから先も主と一緒にいたい。主の役に立ちたい。主に幸せに暮らして欲しい。
でも、いつか主が誰かと添い遂げる時が来たら、自分たちはどうなるのだろうか…。
今は自分たちしか頼れる者がいない。だがこの先、多くの者と関われば他に頼りになる者も増えてくる。その時が来たら、まだ必要としてくれるだろうか…?
…そんな不安が胸を埋める。
「大丈夫ですよ。シズク様は、私たちを『家族』と、そう言ってくださいました。貴方が考えているような事にはなりませんよ。」
先ほどまで穏やかに笑っていたフローラが真剣な面持ちで言う。
口には出してはいないが不安を感じ取ったのだろう。……いや、もしかしたら、フローラも本当は不安なのかもしれない。
「…えぇ。そうですね。(私たちを大切に思ってくれていることは分かっています。それでも……。いっそ、他と関わらなければ、不安に思うこともないのですが…。閉じ込める、というわけにはいきませんし…。どうしましょうか…。)」
危ない考えが頭を過ぎるが、その考えはすぐに消える。
主に嫌われる。それは彼らが恐れることの一つだからだ。
もしも、嫌われたら…。考えただけで胸が苦しくなる…。
胸元の服を握り、ベリルは切なげな視線を主に向ける。
「……。どんな形にせよ。貴女を失うことは考えたくありませんね…。」
その呟きに、フローラも静かに頷く。