魔王side③―1
*魔王side*
昼食が終わり、執務室に戻り仕事を再開する。
しかし、頭の片隅には彼女がいた。今どこにいるのか気になり魔石の位置を探る。どうやら書庫にいるようだ。
本を読んでいれば、少しは退屈しのぎになるだろう。
居場所が分かり、彼女が城に…近くにいると思うと、満たされたような、不思議な気持ちになった。初めての感覚に戸惑うが、不快ではない。
魔石を通じて、彼女が近くにいる気がした。
さっきまで一緒にいたのに、顔が見たくなる。
この不思議な感覚がギルが言っていた[好き]なのか?
「陛下、何かごさいましたか?」
いつの間にか、仕事の手が止まっていたようだ。不手際があったのかと、ベトラーが心配そうに聞いて来る。
「いや…、今日の仕事は今あるものだけか?」
「はい。リシアの森に行かれる前に、出来る物は前倒しで終わらせていたので、今日の書類は机にあるものだけです。」
「そうか。」
この量なら3時間もあれば終わるだろう。今の時刻は1時過ぎ。
「ベトラー、4時に幹部たちを集めておけ。彼女…シズクの顔合わせを兼ねた報告会を行う。」
ベトラーは一瞬顔をしかめたが、すぐに取りつくろい一礼した。
「かしこまりました。では、皆に伝えてまいります。」
そう言いベトラーは部屋を出る。それを見送り、再び手を動かし書類を片付る。
しばらくして、ベトラーが戻り同じく自分の仕事を片付けて行く。
最低限の話しかせず、ペンの走る音、紙のすれる音、後は息づかいだけが聞こえる静かな空間。
このように静かなのは久しぶりだな…。
あちらに行っていた間は、誰かしらの声が聞こえていた。
城に比べれば小さな家。だが、居心地がよかった。
普通の家族とは、あのように賑やかな…暖かみのある家に住んでいるのだろうか…。
最後の書類を終え、一息つく。
ベトラーに目を向ければ、仕事は終わっているようだ。
もうすぐ4時。幹部たちは集まっている頃だろう。
「ベトラー、彼女…シズクには言っているのか?」
「何をでございますか?」
「報告会の場所や時間だ。」
「…いえ。[幹部たちを集めておけ]とのことでしたので、知らせたのは幹部たちだけでございます。」
「…そうか。」
確かに間違ってはいない。だが、[顔合わせを兼ねた]とも言ったのだ。いつもなら、機転をきかせ声をかけるだろうに。
彼女がヒューマンだからか…。
「ベトラー、私は彼女を迎えに行く。お前は先に行け。」
「陛下自ら迎えになど…。私がお連れします。」
「無理をする必要はない。お前がヒューマンを嫌っているのは分かっている。」
「ですが…。では、私もお供いたします。」
嫌いなヒューマンの迎えなど、行きたくはない。しかし、魔王が彼女…得体の知れない者と2人になるのを避けたいとベトラーは思った。
「…分かった。」
ベトラーが共に来ることを承諾し、魔王は部屋を出て、シズクがいる書庫へと向かう。
書庫に着き、辺りを見回す。しかし、見える範囲にはいない。
だが、上から楽しそうな声が聞こえて来る。どうやら2階にいるようだ。
ベトラーを引き連れ2階に上がり、声のする方へと足を進める。進むにつれ、はっきりと彼女の声が聞こえて来る。
彼女がいたのは、歴史の本が陳列されている本棚の近く。窓際に1人掛けのソファーが2つと小さめのテーブルが置いてある日当たりのいい場所だ。
彼女はラーナとキトと楽しそうに笑い合っている。
少し離れた場所でその光景を見ていると、ラーナが私たちに気付いた。キトもラーナの視線を追い、慌てて立ち上がり、2人は跪く。
そんな2人を見た彼女は少し迷った素振りをし、私に近づき軽く頭を下げた。
「魔王様が迎えに来てくれるとは思っていませんでした。」
そう言って笑みを浮かべる彼女。
「探す手間がないからな。」
私が迎えに来ることで探す手間が省け、早く報告会が始められる。
…いや、違う。自ら動かずとも他のものに居場所を教え、連れて来いというだけでいいはずだ。ベトラー以外にも部下はいるのだから。
「えっと、私の居場所が分かるってことですか?どうして…。」
不思議そうな彼女。魔石を渡したことを忘れているのか?
「魔石だ。」
そう教えたが、ますます分からないと困惑し視線をさ迷わせている。すると、後ろに控えていたベトラーが説明を始めた。
「貴女が持っている魔石は陛下の分身の様な物です。貴女がどこにいようと陛下には分かります。…例外はありますが。」
それを聞き、きょとんとした彼女。魔石で見張られていると知り、いらないと返されるだろうか。少し不安になった。
だか、予想もしていなかった答えが返ってきた。
「もし迷子になったら、迎えに来てもらえますね。」
先ほどと変わらない笑みでそう言う彼女。
……いやではないのだろうか?四六時中探るつもりはないが、不快に思うものではないのか?
だが、穏やかに笑う彼女に裏はないように思う。
私に居場所を知られても構わないのか。そうか…。
なぜか嬉しく思った。彼女に近づけたような、不思議な気分だ。
自然と笑みをがこぼれる。
「ふっ、そうだな。だが、こちらにいる間は誰かをつける。迷うことはないだろう。…それでも迷ったなら私を呼べばいい。」
彼女が呼ぶなら、それがどこでも迎えに行こう。そうすれば、また私に笑顔を見せてくれるだろう?