嫌い
「会ってすぐなのに、ずいぶんと仲良しね。…決めたわ、私もシズクって呼ぶから、私のことはダリアナって呼んで!敬語もなしよ!いいわね!?」
どうやらダリアナは、ギルに対抗心を持ったようだ。
「分かった、ダリアナね。」
そういえば、満足そうにダリアナは笑った。
「なら、私も。」
「お!なら俺もだ。レグルもな!」
「あぁ、かまわない。」
「おや?では、流れ的に私もですね。」
上から、リズ→ガルム→レグル→ルークと言い、名前呼び&敬語なしと言う流れになった。
でも、ダリアナは不服みたい。
「ちょっと、皆がってなると特別感がなくなるでしょ!?」
「特別って…、私たち過ごした時間は同じよ?」
「ーーっ。!分かったわ。シズク、ダリアナ姉さんと呼んで!」
「はぁー、そうまでして特別感を出したいの?子どもみたいね。」
「いいでしょ!?1番仲が良いのは私なんだから!」
「あら、それはどうかしら?シズク、イヤならイヤと言っていいのよ?」
なぜか、リズとダリアナの言い争いが始まった。火花を散らす2人。
どうしたんだろ?実は仲が悪いの?でも、一緒にお風呂入ってたし…。
「2人とも陛下の御前ですよ。少々気を抜きすぎではありませんか?」
はっ!と、ベトラーの言葉で正気に戻った2人。ここはすでに魔王の城だ。それぞれの立場というものがある。
それに本来、魔王の前で言い争うなど、あってはならないのだ。魔王の機嫌によっては、命も危うい。この数日、魔王は穏やかだった。それを忘れてしまうほどに。
「「申し訳ございません!!」」
ばっと、魔王に対し跪く2人。
急展開におろおろする私。そんな私に1度視線を向け、魔王は2人に言った。
「……あまり困らせるな。」
怒るでもなく、ただそれだけ言うと口を閉ざした。
それに驚いたのはベトラーだ。
いつもなら、不機嫌をあらわにしているだろうに、それが感じられない。
ダリアナとリズは遊び感覚でよく言い合いをしているが、魔王の前ではしないよう心がけている。
前に一度、同じように言い合いをしていた2人に、雑音を嫌う魔王がキレたことがあるのだ。部屋の温度は下がり、目を合わせれば殺されるのではないかと思わせるほどの恐怖。魔王からすれば、自分たちなど一瞬で消すことが出来る存在だ。
だが、今の魔王はどうだ。いつもは近寄りがたく、少しの雑音でも不機嫌になるというのに、まるで別人だ。先程のギルとのやり取りも普段なら睨んで黙らせていただろう。
リシアの森でいったい何が?……このヒューマンが何かしたのか?
観察というには鋭く、睨むようにベトラーはシズクを見る。
視線を感じ、シズクはベトラーに目を向けるが、睨まれているとしか思えず、戸惑う。
そんな2人の間に、シズクを庇うように魔王が立つ。
「ベトラー、困らせるなと言ったはずだ。」
魔王は静かに言った。だが、その目には苛立ちが込められている。
「っ申し訳ございません…。」
冷や汗が流れる。ベトラーは頭を下げたまま、上げることが出来ない。
「…あの、ベトラーさんはヒューマンが嫌い、ですか?」
後ろに庇われていたが、今は魔王の一歩前に出ているヒューマンに顔を上げ視線を向ける。
「…………。えぇ、嫌いです。」
「そうですか…。理由を聞いても?」
「ヒューマンは醜いですから。」
「醜い、ですか?…それは見た目、ではないですよね?…私は、この世界のヒューマンに、まだ会ったことがないので分かりませんが、ベトラーさんの考えを否定する気はありません。」
ピクッとベトラーのこめかみが動いた。
「……なぜです?」
「…醜い心を持った人は、私がいた世界にもいましたから。…欲に溺れ破滅した人。自分以外が不幸になっても構わないと犯罪を犯す人。…でも、全体で見れば、ごく一部なんです。それに欲は誰しも持っている者ですし、感情をコントロール出来るか出来ないかの違いだと思うんですけど…。」
「何が言いたいんですか?」
少し苛立ったようにベトラーは言う。
「えっと、つまり…、私はベトラーさんとも仲良くなりたいので、よろしくお願いします。」
ガバッと頭を下げる私に、ベトラーは怪訝な顔をする。
「貴女はヒューマンです。私が仲良くする理由がありません。」
「そうですか…。」
拒否され肩を落とす。そんな私の隣にギルが来て、ポンポンと慰めるように背中を叩く。
「ベトラー、ヒューマンにもいい奴はいるんだ。少しは歩み寄る努力をしろ。」
ギルの言葉に、ダリアナも加勢する。
「そうよ。それにシズクは良い子よ。貴方が嫌うヒューマンと同じことはしないわ!」
ベトラーは一瞬ダリアナを睨んだが、目を瞑り、肩の力を抜いた。
「………分かりました。ですが、必要以上に近づかないでください。陛下、お先に失礼いたします。」
一礼し、この場を去るベトラー。
「なぜヒューマンに肩入れするんだ…。」
ギリッ、と歯が鳴るほど噛み締める。ベトラーとて頭では分かっているのだ。すべてのヒューマンが悪ではないと…。それでもヒューマンを憎まずにはいられない。幼い頃の記憶が消えないかぎり…。