夜の一時
ダメだ、止まらない…。
「しずく、辛い時は言え!俺はどんな時でもしずくの味方だぞ!」
「しずく、無理に笑うな。泣きたい時は泣いていいんだ。…泣き止むまで、側にいるからな。」
「泣いてる妹を抱きしめられるのは兄の特権だな…。…今はいっぱい泣け。そんで次は笑ってくれな?…俺はしずくの笑顔が大好きだから。」
兄が私に言った言葉。兄を忘れたことはない。
…大好きな兄さん。
兄が死んで悲しむ私を、両親は抱きしめてくれた。…でも、その温もりは、兄とは違う。私が安心して泣ける場所は無くなってしまった…。
部屋に閉じ籠り、兄を思いどれだけ泣いただろう…。
でも、どんなに泣いても、あの温もりに包まれることはなかった…。
やっと部屋から出た私に両親は安堵していた。
そして、また私は泣いた。今度は両親も一緒に…。
もう、兄さんはいない。しっかりしないと…。兄さんは私の笑顔が大好きだって言った。なら、笑っていよう。兄さんが安心していられるように…。
……そう決意しても、やっぱり寂しいし、辛いことはある…。夜なら、見えない。
少しだけ…、少しだけでいいから…。私の涙を夜の闇で隠してください…。
ふと背中に温もりを感じ、抱きしめられているのが分かった。
……誰?
…いや、ここにいるのは、私と魔王だけ。
彼はなぜ、私を抱きしめているのだろう…。
「「…………………。」」
互いに何も言わず、時間だけが過ぎる。
「…………泣き止んだのか?」
しばらくし、魔王がそう呟いた。
あ…、ホントだ…。
知らない内に涙は止まっていた。
「……ごめんなさい。泣いたりして…。」
「……泣けと言ったのは、私だ。…謝るな。」
「…はい。」
なんだか、安心する…。
そう思っていると、温もりが離れて行く。
後を追うように、私は振り返った。目の前には魔王。
しばらく彼の顔をボーと見ていた。が、ふと我に返った。
…私、泣いたの?…人前で!?うわー。恥ずかしい…。
顔を手で覆い羞恥にたえる。
「どうした?」
「いえ…何でも、ないです…。……ありがとうございました。」
気を取り直し、魔王に軽く頭を下げ礼を言う。
「あぁ。…大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。」
「…そうか。」
そう呟き、彼は私に手を伸ばす。頬に触れ、手が光った。
「…これで腫れることはないだろう。」
どうやら治癒してくれたようだ。
「…ありがとうございます。」
未だ、頬に触れる手。まっすぐに注がれる視線。
彼の見た目は、ヒューマンとあまり変わらない。黒髪で紫の目の男性だ。
あれ?そういえば、シアと同じ目の色だ。
目が覚めて初めて見た、きれいなアメジストの目。
「シアと同じ目の色…。」
ポツリと呟いた。
すると、魔王の眉間に皺が…。
手も離され、少し寂しい…。
「……あれをどう思っている?」
「あれ?…女神様ですか?うーん、優しくて、親切な、きれいな人?」
「…自分が死ぬことになった原因を、よくそう言えたものだ。」
「……悪意があったわけじゃないですし、…ちゃんと謝ってもらいましたから。…確かに家族や、友達と急に別れて寂しいけど…、こうして生き返らせてくれて、あの子たちも一緒で…。女神様には感謝してます。」
私一人なら、きっとたえられなかった。それに、アイテムとか困らないようにしてくれたし。あそこまでしてくれたのに、恨むなんて出来ないよ…。
「そうか…。……なら、私の目を見ても不快にはならないか?」
「え?ならないですよ?不快どころかきれいで、ずっと見ていたいくらいです。」
「……そうか。………部屋に戻る。」
「あ、はい。色々とありがとうございました。おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
そう言うと、魔王は部屋へと歩き出した。
その時の魔王の顔は赤く、口元はにやけていたとか、いないとか。それは魔王のみが知ることだ。