リシアの森
「そなたはこの森のことを知っておるか?」
赤いドラゴンが唐突に聞いてきた。でも、その目は真剣そのもの。
知るも何も、昨日来たばかりだし、探索もしていない。
「いえ、知りませんけど…。」
「シア様はなんと言ってあなたをこの森へ?」
黒いドラゴンも真剣な目で問いかける。それに戸惑いつつも、素直に答えた。
「とくには…。住みたい場所を聞かれたので条件を伝えたら、いい場所がある、って言われて…。」
窺うようにドラゴンたちを見ると、2人とも顔を見合わせ、どうしたものか…、と悩み出す。
どうしたんだろ?…まさか、この森って何かまずい物でもあるの!?
悩むほど、言いにくい何かがあるのかと、冷や汗を流し強張る私に、黒いドラゴンが気づく。そして、この森について教えてくれた。
「この森は、[リシアの森]。別名[迷いの森]とも呼ばれています。」
「[迷いの森]?」
「えぇ、許可なき者はこの湖にたどり着くことは出来ません。ここは聖域ですから…。」
「聖域…。特別な場所なんですか?」
首を傾げていると、重々しく赤いドラゴンが口を開く。
「我らが生まれた地じゃ。」
「生まれた、って…。」
巣ってこと?うーん??
「わたくしたちは、普通の生き物と違う生まれ方をします。先代が亡くなった後、湖に光が浮かびそこから、生まれるのです。…出現すると言ってもいいでしょう。」
え?と目を見開き驚く。
そんな大切な場所に住んでいいの?
「ごめんなさい。知らなかったとはいえ、大切な場所なのに…。」
立ち上がり頭を下げる。それに2人は困ったように笑う。
「そなたが気にすることはない。シア様がそなたをこの湖に送ったのじゃ。シア様が許可なさっているなら、我らが口を出すことではないからの。」
「そうですね。それにあなたにはシア様の加護がありますから。」
そっか、加護か…。……ん?加護って何!?
「加護ってどういうことですか!?」
「それも知らんのか…。シア様は説明が足りんのー。」
と、赤いドラゴンは呆れながらも可笑しそうに笑い、黒いドラゴンは呆れ果てている。
「まったくですね…。ようは、あなたはシア様の眷属になったのです。シア様曰く、あなたは自分の分身のようなものだから聖域にいても問題はない、と。なので、気にすることはありません。」
住んでもいい、ということなんだろう…。ありがたいけど…。
「なんか、本当にごめんなさい…。」
謝らずにはいられないな…。
「気にするなと言うとろうに。…じゃが、そなたはなぜ、こちらに来ることになったのじゃ?シア様は事情があるとしか、おっしゃらなかった…。」
「えっと…。」
どこから話そうか?と悩んでいると、「答えたくなければ、無理に答える必要はないぞ…?」と、なぜか気遣わしげに私を見る。
別に無理とかじゃないけど…。なんで、悪いことを聞いた…。みたいな感じなんだろ?私が死んだ理由を話すってことだから、気を使ってくれたのかな?
でも、仕方ないことだし、どうしようもないのだから、今となってはあまり気にしていない。
それから、私は「大丈夫です。」と告げ、経緯を話した。
長い沈黙の後、申し訳なさそうに2人が頭を深々と下げる。
「我らの神がすまんかった…。」
「いえ、不可抗力ですし、色々よくして頂きましたから…。」
可哀相に…、と涙を浮かべる黒いドラゴン。
「何も心配せず、この森に住んでください。困ったことがあれば、わたくしどもに言ってくださいね。」
「はい…。その時はよろしくお願いします…。」
なんだか居たたまれない…。
哀れみが伝わって来て、あはは…。と空笑いが出てくる。
この空気をどうにかして!と思っていると、赤いドラゴンが胸の前で手の平を上し、何かをしようとしていることに気づいた。その様子を見ていると手の平が光、赤い石が現れる。
「そなたにこれを渡しておこう。」
その石を差し出され、おずおずと受けとる。手の平ほどある石は、透き通っていて、乗せている私の手が石越しに見える。
「えっと、これはなんですか?」
綺麗だな…。っといつまでも見ている訳にもいかないので、説明を求める。
「魔石じゃ。魔力の強い者は自身で作ることができる。今のようにな。…何かあれば石に魔力を流すのじゃぞ。飛んで来てやる。」
つまり、連絡をとるのに使えるってことか。なるほど、どうやって呼ぶのかと思ったけど、大丈夫みたい。
「ありがとうございます!…そういえば、名前を聞いていませんでした。」
今更ながら、何と呼べばいいのか分からない…。聞こうと思って、口を開きかけるが、それより早くなんでもないように、黒いドラゴンが答えた。
「わたくしどもに名はありませんよ。」
「え?ない…ですか?」
「我らは一体ずつしかおらんからな。区別するための名はないんじゃよ。」
それでも、呼び名がないのは、少し不便に思える。
「…なら、なんて呼べば?」
「わたくしどもは、身体の色で呼ばれています。わたくしなら、黒、黒竜、黒いドラゴンなど…。好きに呼んでください。」
好きに、か…。〇竜の方がいいかな?
「わかりました。赤竜、黒竜、青竜。」
「ふむ。では、我らは帰るとするかの。他の4体のドラゴンにもそなたのことは伝えておくゆえ、安心して暮らすとよい。」
始めに赤竜が立ち上がり、外へと向かう。それに黒竜たちも続き、私たちも見送りのために外に出る。
ドラゴンの姿になり、帰る準備は万端のようだ。帰る前に、気になることを聞いておく。
「他のドラゴンたちもここに来ますか?」
それに、「いいえ。」と黒竜が首を振る。
「今回は、わたくしどもが代表として来ましたので、しばらくはドラゴンの訪問はないでしょう。」
その言葉に、ホッとする。
よかった。結構緊張するもんな。
「じゃが、あやつは来るじゃろう。」
安心したのもつかの間、他に心あたりがあるようだ。いったい誰が?
「えっと、誰ですか?」
「魔王じゃ。」
なるほど、魔王か…。…………え?魔王?…え!?ホントに!?
「では、邪魔したの。」
「また、会いましょう。」
「遊びに来るね!!」
と、最後の挨拶をして、ドラゴンたちは羽ばたき空へ舞い上がる。
人がパニックになっている間に、ドラゴンたちは帰ってしまった…。
ちょ!?まっ!?