その3
人間たちは今度はオンボロ橋を揺らしたり端にのってみたりした後、また大きな白いもの…………アステルが言うにはセッケイズというもの…………を広げたり、また丸めたりしながら何かを話していたが、やがてその日も日暮れとともに帰って行った。
「まずいな」アステルは言った。
「まずいって何が?」キツネのオーキがたずねると、アステルは
「やつらはこっちに渡れるように頑丈な橋を作る気かもしれない」と言った。
「こっちにまで…………くるの?」オーキはアライグマのアーライの言っていた銃というものを見たことはなかったのだが、その言葉を聞いたときの怖さを思い出して身震いしながら言った。
震えるオーキをなだめながらアステルは何とかして、森のみんなを助けたい、そのためにはどうしたらいいか、と考えた。
アステルは家に戻るといつもの椅子に座り、あるもののふたを開けると一心にその中を見つめ始め
た。
森の中の人間はそれから一週間ほど、オンボロ橋の向こう側で大きな音を立てて木を切り倒したり、トンテンカンテン、何かを作ったりしていた。そして次の一週間でオンボロ橋の向こう側に大きな鉄の棒や堅そうな四角い石の塊…………コンクリートブロックとアステルは言っていた………を運びこんだ。
が。
そこで急に人間たちは来なくなった。
アステルはその日やっと何日も休まず続けていた作業の手を止め、久しぶりに小屋の外に出た。
………………風が変わる時が来た。
薄闇の雲の多い夕空を見上げながら、アステルはその確信に安堵のため息を漏らした。
人間たちが来なくなってから、すぐには、森のみんなもまだ怖くてオンボロ橋を渡ることができなかったが、一週間が過ぎたころ、思い切ってみんなで、橋を渡って向こう側へ行ってみることにした。
「あっ!」
みんな、そう言ったっきり声を失った。
オンボロ橋の向こう側の森は、めちゃくちゃに破壊されていた。
おんじの木、と呼んでいた樫の木や、秋にたくさんの実を落としてくれた栗の木も、みんな倒されていた。
「ひどい…………」リスのイリイとキツネのオーキは抱き合って声をあげて泣きだし、コマドリのウッコはハラハラと涙を落としながら切り倒された切り株の上を飛び回った。
アステルはそんな森の仲間の様子を沈痛な表情で見つめながら、ある決心をした。
数日後。
アステルはドングリ池のほとりに立っていた、旅支度をして。
その手には木から落ちたばかりの、まだ青いドングリが握られていた。
オーキがドングリを探したあの日から約一か月がたち、逆さ虹の森にも、浅い秋がやってきてようやく今年のドングリが落ち始めていたのだ。
アステルはそのドングリを池に投げ入れながら、「どうか、いつまでもこの森がこのまま守られて、みんなが安心して暮らせますように!」と願い事をした。
アステルは生涯ただ一つしかできない願い事を、いま、してしまったのだった。
「アステル!」アステルが振り向くと森の仲間、ウッコ、オーキ、イリイ、クッヘ、アーライ、コークの顔が見えた。
「アステル、僕たちをたすけてくれたんでしょう?」クマのコークが最初に声をあげた。
「みんな分かってるわ。アステル。」コマドリのウッコが言った。
「アステル、ずっと、何かしてた」と言ったのはリスのイリイ。
「飲まず食わずでな」ヘビのクッヘも、ずっとアステルの事を見ていたのだった。
「疲れたんじゃない?顔色が悪いよアステル」とアステルの心配をするキツネのオーキ。
アステルが誰にも言わず、風を…………風向きを変えようと仕組んでいた仕事。その仕事の事を、みんなその仕組みはわからないなりに、その目的を理解していたのです。
「…………どこかへいくつもりなのか?」と聞いたのは、暴れん坊だけど、本当は寂しがり屋で感受性の豊かなアライグマのアーライ。
皆はアステルを取り囲んだ。
「みんな…………」アステルはみんなの優しい気持ちに心が震えだしていた。
でも、決めたのだから。
アステルはみんなに向かって言った。
「僕は、この森を出ていくことにしたんだ」
森のみんなはびっくりして叫ぶように言った。
「駄目だよ、アステル!」
つぎで完結です。
最後までよろしくお願いします。m(_ _)m