連れ合い、寄り合い、腹の内
集落、とは言っても実態はおよそ十数人、多くても数十人程度の人々の集まりでしかない。
廃墟と化した街並みに住み着き、明日も知れぬ毎日を送る人達の営み。を目指して走っていたのだが、何度も何度も繰り返し寄り道をして、小休止を挟んでの鈍行だったので日はすでに傾き、夜空が西の空を覆い始めていた。
「そろそろ着くぞ」
「やっとなの?何人くらいの集落?」
うつらうつらとし始めていたところで陣に声をかけられ、伸びをしながら答える。
「十八人。規模で言えばあんまでかくはないな」
「十八人かぁ。その中にさ、この辺に詳しい人いる?」
「あん?まぁいるけど。何か用か?」
「ちょっと探してるとこがあってさ。心当たりあるか聞きたいんだよね。会わせてよ」
「そうか。なんだ?」
「は?」
微妙に噛み合わない返事に鬱陶しそうに顔を横に向ければ、これ見よがしにいやらしく笑う陣の横顔が目に入る。
「いや、だから、詳しいのが目の前にいるから好きに聞けよ」
「なんかごっそり聞く気なくした」
「そうかい。着いたぞ。急ぎじゃないんなら少しくらいゆっくりしてけ」
「うーん。急ぎでもないけどあんまりのんびりもしてられないんだよね」
「そうなのか?ま、飯くらい食ってけや。それくらいは働いてもらったしな。ついでに風呂もあるぞ。見たとこしばらく入れてないだろ」
「お風呂!?入る!」
生活インフラが崩壊して久しい東で、水道が生きている場所、もしくはきれいな水が確保できる場所はそれだけで価値が高い。気軽に入浴できる環境など贅沢とも呼べるだろう。
蜜葉も仮にも女の子だ。お風呂は好きだし、名古屋で入ってからは偶然見かけた川で軽く汗を流した程度。いてもたってもいられないという様子でシートから立ち上がるように食いつく。
「ひゃん!」
と、はしゃいでいたところに急ブレーキがかかり素っ頓狂な声をあげる。横合いには大きく傾いだ雑居ビル。周囲には同じようなビルが並ぶだけで高層ビルの類いはない。小さな街の少しにぎやかな中心街といった様子だ。
「ちゃんと座ってないと危ないぞ」
「ぶん殴るぞ。わざとでしょ今の」
「ほれ、荷降ろし手伝え」
「ったく……」
蜜葉が荷台に上がり、下ろした荷物を陣が受け取り、自動扉の外されたビルの入り口に並べていく。
「ここに下ろすだけでいいの?」
「持っていかせるからここでいいよ。これで全部か?」
「あとバイク」
「あいよ」
最後に残った蜜葉のバイクも下ろし終わったところで、入り口に設置された電話の受話器を持ち上げる。
「電話なんてつながるの?」
「内線だけな」
「なるほど」
つながった相手と二、三言だけ話して受話器を置く。そこだけ妙に新しいエレベーターの扉の階数表示が点灯し、地下から一階へ移動してくる。というより表示は地下三階から一階までしかない。
「エレベーター使えるの?」
「荷物搬入に必要だったからな。新しく直した。電気は自家発電」
「一階と地下しかないけど」
「魔物は地下のほうが少ないから地下暮らしなんだよ。上は防御がめんどくさい。やってやれないことはないが」
都市はともかく、集落は地下に広がる事が多い。地中を移動する魔物もいないわけではないが、基本小型になる。地中を巨体で移動するのは難しいのだ。
いくら彼らが物理法則を無視して空を飛び、地を走るとは言っても土砂はしっかり障害物として機能するらしい。
稀に大型のものもいるにはいるが、四方八方から飛んでくる、駆けてくる魔物どもを相手に防御を続けなければならない地上と、入り口を固めてしまえば小型のものと、たまにくるかも知れない大型のものに気をつければいいだけの地下。
どちらのほうが労力が少ないかは考えるまでもないだろう。
「そういうものなんだ。どうりで今までの集落も地下施設が多いわけだ」
「なんだ、お前さん東の人間じゃないのか?」
「生まれは多分東。今暮らしてるのは関西」
「多分?」
「気づけば乞食してたから。場所は知らないけど多分東の集落だと思うんだよね。魔物に襲われてるし。その後なんやかんやで関西で今の両親に拾われて暮らしてる」
「そうかそうか。わざわざ東に戻ってくる物好きってわけか」
「私だって来たくて来たわけじゃないけどね。まぁ、ちょっと野暮用」
目的は誤魔化す蜜葉に、聞き出そうとするでもなく、ふーん、とだけ陣が相槌を打ったところでエレベーターの扉が開く。
「お頭。おかえんなさ、い……?」
「おう、帰ったぞ。運べ」
出てきたスーツ姿の大柄な男が、その場でくるりと振り返り、エレベーターの中の鏡に二人を写して確認する。
「写ってる……」
「吸血鬼が入れ替わってるなんてわけじゃないぞ」
「じゃあ、ドッペルゲンガー?」
「なんでだよ。いいから運べ」
めんどくさそうに荷物を指差す陣をよそに慌ててエレベーターのボタンを押すと扉が閉まり、階数表示が地下へ移動していく。
「なに?あんた何したの?」
「知らんがな。俺が聞きたい。あんなバカを仲間にした覚えはないんだが」
「ねえ。早くお風呂入りたいんだけど。茶番に付き合うのめんどくさいし置いていっていい?」
「そうだな。バカはほっといて階段でいくか」
エレベーターの横に設置された、これも外装に比べて妙に新しい階段を降りる。
「この階段も直したの?」
「そ。まさかこんなぼろぼろのビルにそのまま住むわけにいかないだろ。かと言って全部直してると目につくからな。敵は魔物だけじゃないんでね」
「近くの集落との奪い合いでしょ」
「察しがいいな」
「そりゃねえ。見ず知らずの人間に気軽に風呂入ってくかなんて言えるくらいの水源確保してる場所なんてそうそうないし。コップ一杯の水さえ断られたこともあるのに」
苦々しそうに思い出す。これまでの道中、幾度となくそんな目にあってきたのだろう。
「こっちの実情はわかってるつもりだったけど、まだまだ甘かったなって実感中ですよ」
「そうかい。ところでこの辺の何が聞きたいんだ?」
「ああ、そうそう、実はね」
と、口を開きかけたところで、地下から上がってくる足音に言葉を止める。
「お頭ー!」
それも数人の足音。ついでに口々にお頭お頭と叫んでいるのも聞こえる。
「階段は失敗だったかな?」
「逃げ場ないよね」
「まぁ、諦めて茶番に付き合え」
「ったく。めんどくさいなあ」
二人揃って諦めて声の主達を出迎える。慌ただしく息を切らしながら駆け上がってきた四人のがらの悪そうな青年達。
「お頭!ああ、お頭が女連れてる!」
「マジだ!あの堅物が!」
「しかもすげえべっぴんさんだ!」
「どこからナンパしてきたんで!?」
あっという間に周囲を囲まれ騒ぎ立てられる。興味なさげにうるさいなぁと言わんばかりに眉間にシワを寄せる蜜葉と頭を掻きながら苛立ちを募らせる陣。
先にキレたのは陣だった。近くの壁を殴りつける。一面に大きくヒビを入れながら引きつった笑顔で慌てて縮こまる青年たちを見下ろす。
「お前ら今すぐ、俺に殴り飛ばされるか俺の客の案内した後で殴られるかどっちがいい?」
悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように駆け降りて、地下二階の扉を開けて深々と頭を下げる。
扉の向こうは居住区らしい。ホテルのロビーのような空間が広がっている。天井には温かい色合いの照明が設置され、足元はタイル張りになっている。
「ったくよぉ。悪いな」
「いいけど。あんたモテないの?」
「失敬な。おい、風呂空いてるか?」
「はっ、清掃は終わってますが……」
「ならいいや。あっちに浴場あるから行って来い。後で着替えとか置いてこさせるから」
奥の一角にそれこそ温泉宿を思わせるように青と赤の暖簾のかかった入り口。どう見ても浴場入り口だ。それ以外の壁にもいくつかの扉がありそのうちいくつかには、Privateの文字が書かれ、個人の生活スペースへつながっている。
「わーい。遠慮なく」
よほど入りたかったのか軽い足取りでさっさと指差した方へ歩いていく蜜葉を尻目に青年の一人が陣に声をかける。
「お頭、今は、姐さんが」
「あん?まあいいだろ。姉さんなら。飯の用意しとけ。俺は部屋にいるから」
「へい、かしこまりました」
「ああ、それと北条のバカ連れてこい」
「へい」
青年の一人が地上へ走り出し、残りの三人が更に地下へ降りていくのを見送り、ロビーを横切るように歩を進める。
「あ、おかしらー。おかえりなさーい」
「おかえりー」
「おかえりなさい」
ソファーの置かれた談話スペースでくつろいでいた母親二人と子供三人。子供の一人が気づき、声をかける。
「おう、帰ったぞ。悪い。後でタオルと適当な着替え、女性浴場に持っていってくれ」
「あら、お客様ですか?さっきの女性かしら?」
「そうそう。あんま背は高くないから普通のサイズでいい」
「ああ、それでさっきみんな慌てて出ていったのね。やっとうちのお頭にも春が来たって」
「うるせえな。どいつもこいつも」
疲れたように肩を落として入り口に向かい合うような配置の何も書かれていない扉を開ける。
中はまさに書斎だった。壁面を扉と机を除いて書棚が埋め尽くしている。もっとも書棚には何も収納されておらず、書斎と呼べるのは雰囲気だけだろう。
椅子に浅く腰掛け、背もたれに体重を預けて深く息を吐く。ポケットからチョコを取り出して口に放り込んだところで扉がノックされる。
「入れ」
「失礼しやす」
先程エレベーターで茶番を演じた大柄な男。スーツに包まれた体は筋肉質なのが見て取れる。短く刈り込んだ金髪に浅黒い肌、鼻の上にちょこんと乗ったメガネの奥の眼光は鋭い。どう見てもカタギのお方には見えない。
先程呼び付けた北条のバカこと北条康時だ。
「なんだよさっきのはよ。ほんと失礼だよな」
「すいやせん。お頭がえらいかわいい女の子を連れてたもので、つい」
「あのな。お前に心配される謂れはないの」
「一つだけ言わせてくだせえ。流石に学生に手を出すのはどうかと」
「お前一発本気でぶん殴ってやろうか。まあいい。その女が今風呂に入ってるよ。ちょっと様子見させとけ」
「というと?」
「俺が輸送団襲おうってときにタイミングよく出てきたんでな。いや、タイミング悪くか。少しでも慎重に行きたい時期だし、一応疑ってかかっておきたい」
「かしこまりやした」
「さて。でかい喧嘩ふっかけちまったぞ」
「本当に、名古屋陸送を襲ったんですかい?」
「本当だとも。このまま名古屋に食い込んでいくぞ」
名古屋陸送、名古屋市街から周辺集落への輸送網を一手に担う大企業だ。その輸送網を横からかっさらい、名古屋の経済に進出する。
そのために輸送経路を調べ上げ、自分の集落と離れた集落への定期便を難癖をつけて襲撃し、発信機をそのままにして経路上の集落へ何度も立ち寄り、その後発信機を外す小細工も行った。
「これで輸送路上の集落を疑ってくれれば楽なんだがな」
「この辺りであの連中を嫌っていない輩はいませんからね。心当たりが多すぎて誰を疑うべきかわからないのでは?」
「それならそれでいいさ。とりあえず周辺への輸送を減らしてくれるならな」
名古屋陸送を狙った理由。それは優秀な護衛団を擁し、輸送網を独占しているせいか、非常に高圧的で、かつ暴利を貪る成金企業だからだ。周辺集落は言うに及ばず、関西と名古屋を繋ぐ輸送業者からも評判が悪い。
そんな時に突然現れたのが蜜葉だ。何も彼女をナンパするつもりで連れてきたわけではない。
状況や様子を見るに、まさか自演で内通者を送り込んできているとは思えないが、確認はしておくべきだと判断したから連れてきたのだ。
「ま、基本は俺一人でやる。その間にお前はこっちのこと頼んだぞ」
「へい……」
「この辺も長くはもたないからな。さっさとのし上がっていかねえと」
一見すると充実した設備があるように見えるがすぐに限界がくる。
今の水源は地下水の組み上げ式。そのポンプを動かすのも、地下を照らすのも電気だ。だが、発電機はもともとあったものを発見して使っているだけ。
維持管理を行うことはできるが発電機を作れる、直せる人間がいない。これが壊れてしまえば場所を移さざるを得なくなる。
その上、魔物と戦える人間が少ない。陣と目の前の康時、それに先程の青年達のみ。
青年達も特別に鍛えられた人間というわけではない。四人揃ってようやく数匹相手にできるかといったところなのだ。
「やるからにはさっさと頭を潰して体は乗っ取るに限る。ケツに火がついてるのはこっちだからな」
「わかっておりやす。では、私はこれで」
「おう。頼んだぞ」
深く一礼して書斎から出ていったのを確認し、机に突っ伏す。
「やれやれ。十八人の生活を維持するってだけで大変だわ」
ぼやきながらもその口元には笑みがある。
上等じゃねえか。この程度で音を上げてちゃ、上は目指せないよな。