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東の国に夜明け告げて  作者: しちせい
4/7

出会い、掛け合い、腐れ縁

 お日様が南の空に登り詰める頃。陽の光の恩恵は日本崩壊以後のほうが大きいかも知れない。何より魔物の動きが鈍る。

 二十年の月日は確実に使う人間のいなくなった街並みを風化させてはいるが、コンクリートの風景がそうそう簡単に変わるはずもない。都会だった場所へ近づくほど、栄えていた面影は強く残り、得てしてそういった場所ほど集落として残りやすい。

 反面、魔物は人間のいる場所を好んで襲う、いや、人間のみを狙って襲うため、ある程度の迎撃能力がなければ人が多い場所ほど危険であるとも言える。

 結果として都市と呼べるほどにかつての状態を保っている場所が各地に点在し、そこを中心に少人数の集落のように廃墟に住まう人々、という人口分布が関西と青森の間の本州の様相だ。

 そんななかを走り抜けるオフロードバイク。

「がーそーりーんー」

 座席にまたがる小柄な体。下はスキニーにチャップス、上はTシャツにライダース。冒頭で百鬼夜行を退けた彼女は、その脚で名古屋に入り、補給を済ませて、元岐阜へ北上を始めて早五日。

 バイクの燃料計はEの表示に触れるか触れないかといったところまで減っている。どこかの商店街だったのだろう道を走りながら歯噛みする。

「失敗したなぁ。予備買ってくれば良かった」

 もともと輸入に頼っていた国だ。空を飛び交う魔物も多くいるため空輸は困難を極めるものの国土内での生産など望めない。

 現在輸入はほぼすべて比較的空路も海路も安全な九州で行われ、そこから国内へは陸路での輸送がメインだ。

 特に関西は人々の数もさることながら退魔戦の最前線でもあるため優先的に輸送されてくる。のだが、そこから少しでも東に入るとそのラインは途端にやせ細る。

 各地の都市へ、また都市から都市への輸送ラインは生きているが、集落へは基本的に供給など行き届かない。

 集落の人々は近くの都市に出向いて手に入れるか個人が仕入れてきたものを法外な値段で取引するか。どちらにしても相応の労力か金銭を要求される。

 名古屋で簡単に給油できたことから油断して予備を用意していなかったのは大きなミスだった。

 かれこれ三つの集落で給油に失敗して、焦りに焦る。ただでさえ足りていないのに小娘の一人旅行者に渡す燃料なんてないと言われたときには頭に血が上りそうになった。次の集落で断られたら暴力に訴えかけてしまうかもしれない。

「おや?」

 珍しく背後から近づくエンジン音に首をかしげる。バックミラーで確認してみれば大きなトラック二台、その前後にそれぞれ乗用車一台ずつの計六台。

 どう見ても輸送団だ。しかもさっき気に食わなかった集落から出てきたものだろう。後ろから煽られても面倒っていうか煽られたらキレそうだし、と脇に逸れてやり過ごすことにする。

「ちょっ!?」

 が、トラックが大きな車体をわざわざ道際に寄せながら速度を上げてくる。慌てて路地に入ってバイクを止めれば、けたたましいエンジン音と笑い声を撒き散らしながら通り過ぎていく車影。

「はっはーん。なるほど? 喧嘩売ってるな?」

 三輪蜜葉は捻くれ者で、ついでに喧嘩っ早い。あと口も悪い。スタイルと顔はいいけど。売られた喧嘩は高値買取返品不可でございます。

「やめときな。相手が悪いぞ」

「うっさい! ってどちら様?」

 唐突に水を差す声に思わず怒鳴り返してから首を巡らせるものの人影は見えない。

「ここ、ここ」

「はい?」

 止めてしまったバイクを後ろ向きに押して通りに出てみれば、路地横の商店から青年が一人顔を覗かせている。

「あの運送業者は態度は悪いがそこそこ腕は立つ。挑発に乗ってもあんまりおいしくないぞ」

 がりがりと頭を掻きながら走り去る車を眺める。寝起きだろうか。しょぼしょぼと目元が動いている。

 黒の短髪と黒い瞳。身長は、蜜葉より頭一つは高いだろうか。七分袖の白いシャツに下はカーゴパンツ。それに、夏なのにブーツを履き込んでいる。

「あーあ。ったく。いつもより早いじゃねーか」

 ちらりと彼が出てきた店の奥を覗いてみれば個人の家電屋だったのだろうか、電池式の扇風機と、その目の前の床を占領する布団が見える。

「起こしたの私じゃないし、文句言われても困るんですけど」

「だからお前さんには言ってないでしょ。ほら、ここは俺に任せておいしいチョコレートでも食べてなさい」

「はぁ?」

 突然手渡されたビニールに包まれたチョコレートを思わず受け取る。

「おいしくない喧嘩は俺が買う」

「意味わかんない」

「最近目障りだし、ちょうどそろそろ叩こうかと思って待ってんだよね。ちょっと付き合えよ。俺のツレだってことにしてくれ。昼寝の邪魔したって難癖つけるよりツレが煽られたのほうが使いやすい」

「ええ……?」

 話についてこれない蜜葉を置いてけぼりにして青年が駆け出した。

「え、走って追いかけるの?」

「だーいじょーぶ。あれくらいなら追いつける」

 言うが早いか、地面を蹴る足が力を増す。踏みしめたアスファルトを砕きながら、青年の体が砲弾のように前方に飛ぶ。

「わーお」

 彼も霊能力者らしい。しかも蜜葉と同じ系統の能力だ。興味が湧いたのかヘルメットを外してハンドルに引っ掛けて後を追う。ついでにチョコレートを口に放り込む。生チョコだ。おいしい。

「落とし前つけてもらおうか?あ?」

 口をもごもごさせながら追い付いた時には先頭の乗用車がべこべこになっていて、乗っていた作業服姿の男が襟首を掴まれてドスの聞いた声を浴びていた。

「キサマ……、俺たちがどこの人間か知ってのことか……」

「俺の女ぁ煽ったのはお前らだろ?え?」

「流石に俺の女はないんじゃないのー?」

「そういう設定だって言ったでしょ。後でもう一個チョコあげるから黙ってなさい」

 遠巻きに横から口を挟む蜜葉に言い返しながらツッコミを入れようとする男の横面を殴りつけて黙らせる。それが合図だった。車を降りて様子を見ていた他の作業服を着込んだ男たちが一斉に青年に襲いかかる。

「なんでこっち来んの?」

 ついでにすっかり野次馬になっていた蜜葉にも襲いかかる。

「おっと。そっち行く?」

 青年が掴んでいた男を彼女に迫る男にオーバースローで投げつけて、振り抜いた右腕の拳を左手で押し出すように返しながら自分に飛びかかる男の鳩尾に肘を打ち込む。

「ほら、危ないから下がってろって」

「この程度平気だよ?手ぇ貸す?」

「なかなか言うねぇ」

 一撃で口から胃液を吹き出して悶絶する男を後続に向かって蹴飛ばしながら蜜葉の前へ戻ってきた青年が楽しそうに笑う。

 霊能力には大きく三種類に分類される。自身の体を使って霊力による強化や攻撃を行う近接強化型。霊力を物理現象に変換して扱う遠隔変換型。そのどちらでもない、例えば占術や式神などの特殊な呪術を扱う特殊呪術型。

 蜜葉とその前に立つ青年はどう見ても近接強化型だ。

 一方、作業服姿の男たちはどこかの企業に雇われ編成された護衛達。総勢十六名。うち二名は脱落済みとはいえ、近接型の前衛と遠隔型の後衛がバランスよく配備されている。

 トラックの乗員は輸送業者らしい。頭を抱えて座席にうずくまっている。

 飄々と言葉をかわす二人に遠隔型の男が二人掛かりで霊力を変換した炎が吹き荒れる。

「えっ」

「あっ」

 青年が当然のように上空へ避け、その後ろで油断していた蜜葉がもろに炎を受ける。

「わり、つい避けちまった」

「あんたねぇ!」

 青く光る霊力をまとった彼女が炎から横合いに飛び出しながら青年に怒鳴る。

「これくらい平気なんだろ?」

「熱いものは熱いの!あったまきた!」

 小さな体を低く沈ませながら炎を撃ち出した男たちへ跳ねる。その間に割り込んだ前衛の一人にぶつかる手前で地面に手をつき、軌道を跳ね上げ、下方から顎を足裏で蹴り上げる。

「ひゅー。やるじゃん。がんばれー」

 手近な電柱に着地して悠々と眺める青年。

「叩き落とすぞ」

「あらやだ。最近の子は血の気が多いこと」

「ふっ!」

 青年の立つ電柱の横っ腹に蜜葉が飛び蹴りをかます。ぽっきりと折れたそれから青年が慌てて飛び降りながら次弾の炎に霊力を込めていた男二人をラリアットの要領で押し倒す。

 着地と同時、掌底でアスファルトを叩きつけ、砕けて舞い上がった破片を蹴り飛ばす。狙われた男は前衛組だったようだ。頭ほどの大きさの破片をいくつも拳で落としながら前進。

が、飛び道具に気を取られ、青年を見失っていた。ダンクシュートでも決めるかのように飛びかかった彼の影に気づき、上げかけた頭にアスファルトの塊が叩きつけられる。

「うっわ、いたそー」

「ほんとほんと。これ以上は痛い目にはあいたくないね?」

 足元に崩れ落ちた男の襟を掴んで態勢を立て直す男たちに向かって放り投げて、問いかける。

 顔を見合わせ、すぐさま撤退するように動き出した男達に肩をすくめて、トラックの運転席を扉をもぎ取って開ける。

 この場は青年と蜜葉の勝ちだ。守っていた荷物は明け渡すのか、剣呑な雰囲気ながらその動きを止めよう様子はない。

「ひぃっ」

「人の顔見てそれは失礼じゃない?ほら、鍵置いてどいたどいた」

「う、うわああああ」

 逃げ出す運転手と助手席の交代員には目もくれず、鍵を奪い取って蜜葉に声をかける。

「どうした?乗らないのか?」

「いや、バイクだし」

「どうせガソリンないんだろ。積めよ」

「え、いいの?」

「持ってきな」

 ちょうど走り出した護衛達の車に二人で手を振ってから荷台の扉を開けて中身を物色開始。

「おーおー、なかなか」

「何入ってるの?」

 バイクを押して戻ってきた蜜葉が興味深そうに身を乗り出しながら中を覗き込む。

「生活必需品メインだな。ガソリンもあるぞ」

「やた。分けて分けて」

「わかってるよ。とりあえず先に移動だ・あっちの中身はっと」

 もう一台のトラックの荷台も確認するが、中身は似たようなものだ。こちらのほうが菓子類に酒、タバコと嗜好品がやや多い。

「お前さん、運転は?」

「車は無理。大型はなおのこと無理」

「そうか。ならこっちは捨ててくか。ほらあっちにバイク乗せるぞ」

「うん」

 ダンボールを無理やり積み上げ作ったスペースにパワーゲートで持ち上げた彼女のバイクを押し込む。

「悪いがここでのんびりしてるわけにもいかないんでな。もう少し付き合ってもらうわ」

「わかってるよ。追ってこられる前にさっさと離れたいんでしょ」

 言うが早いか助手席に乗り込む彼女に続いて随分と風通しのよくなった運転席側に乗り込み、初めて互いに近距離で視線を合わせる。

「へえ。生意気なガキだと思ってたら案外美人だな。お前さん名前は?」

「生意気なガキは余計。三輪蜜葉。あんたは?」

「風間陣だ。よろしくな」

「よろしく。すぐそこまでだけだろうけど」

「はっは。世の中そんなこと言ってるときに限ってそうもいかないもんだ」


 まったく。本当にそうもいかないんだから困っちゃうよね。

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