プロローグ3
「それからはよく覚えてないんだけど、気付いたらそのネックレスは無くしてて、どこかの神社に転がり込んでて、お父さんお母さんに会って、あとは二人も知っての通り」
「そうか……」
「別に今更、二人に辛かったんだねって同情、っていうと少し違うか。心配されたりしたいってわけじゃないんだ。ただ、見つけちゃったんだよね」
鞄から、さっき買ってきた、取り戻してきたネックレスを出してテーブルの上に置く。自分でも笑っちゃうけれど、それでもこの石があったから助かったような気がしてるし、お父さんお母さんにも会えたような気がする。
「これが、そうなのね?」
ここまで黙って話を聞いていてくれたお母さんがおっかなびっくり石を手に取る。大きな楕円球の飾りに加工された石っころ。
正直宝石に興味はないし、これに七百万ってどうなのよ。売るつもりなかったのかな。
いや、でもご利益あるならそんな値段になるのかな? 私がそれを疑うわけにはいかない気もするし。
「ふむ。黒曜石か。縁起物だね。古来から使われてきた石器でもある。曰くのあるものなのかな」
お父さんも興味深そうだ。まぁ、このご時世曰くつきほど、信用できるものもない。だってそういう輩が飛び回ってる世界だもん。
「私も見つけたときはびっくりしたけどね。まさかこんなとこでって感じだったし」
「どこにあったんだい?」
「なんか変なオカルト物集めてるおばあちゃんのお店。高校入ったときに友達に連れて行かれて」
「そうか。それもまた縁だったのかな。それで、買うためにバイトでもしてたのかい?」
「うん、まあそんなところかな」
まさか裏稼業の闘技場に出てましたとは言えない。わがままの本命はこの先だし。
「それで、ね。ここからがとんでもないことなんだけど、返しに来いって言われちゃったし、その、行きたいんだ」
「どこへだい?」
「別にそれを持ってた顔もわからない、ていうか人かもわからない誰かに返しに行くんじゃなくて、あの場所に置いてくればいいかなーって」
「覚えているのかい?」
「ううん。全然。だから時間かかるだろうし、見つかるかもわからないし、そもそも東に行かないといけないし」
「行っておいでとは言えないね」
「そうだよね。でも、馬鹿げてると思うかもしれないけど、見つけちゃったからにはやらないと、私はずっとあの日のこと忘れられないんだ。心から二人をお父さんお母さんって呼びたいから、だから行かせてほしい」
もちろん、OKなんて出ませんよ。言ってる私でさえ馬鹿げてると思うし、これで首を縦に振られたらむしろ引く。
とはいえ、諦めるつもりも毛頭ないので、外堀を埋めにかかりましょう。
まず足を確保しないとね。普通二輪の免許を取りに行きます。
車じゃない理由は単純で、ただ年齢制限があるから。なんで十八歳以上なんだろうね。
あ、ちなみに私の年齢は十六だけど、これ戸籍上の話だから。本当の年齢は不明です。
そりゃあ、物心ついたときには魔物に怯えて暮らす集落の片隅で野良犬生活ですもの。わかるはずないよね。
誕生日はお父さんお母さんが私を養子にした日です。年齢は、その時の身長が十二歳の女の子の平均だったから。とはいえ、まともな食事も摂ってないわけで、成長なんて遅れに遅れて、むしろ止まってたはずだし、実際はもうちょっと上なんじゃない? っていうのが正直なところ。
実際、そこから身長は全く伸びてません。大きくなったのはお尻くらい。胸は、うん、これでも一応Cカップなんだぞ。
話が逸れちゃった。で、免許と並行して、傭兵さんを探します。
傭兵って言うと大仰だけど、要は安全圏から出るときの護衛みたいなもの。ちゃんとそういうのを斡旋する窓口も自治体単位である、ちゃんとしたお仕事なんだよ。
それはそうだよね。いくら関西から東は地獄絵図だと言っても、全く行かないでいいのかというとそうでもない状況はあるわけで。
ただ、基本的に実績のある人は企業とかに専属でついてることが多いし報酬もお高い。私みたいな個人が依頼できる相手は限られてくるし、そもそもこんな小娘が申請したところでお役所は受け付けてくれません。関西から東に行くことは、自己責任なので成人以上でないといけないんですって。
さてどうするかというと? 蛇の道は蛇ってやつだよね。もう闘技場に行くつもりはないけれど、便利な便利な黒服さんにお願いして、裏から探してもらうことに。
ついでに条件付けも厳しいかも。少なくとも私より強くないとお荷物が増えちゃうだけじゃん。自慢じゃないけど私、強いんですよ。
これは別に身体能力が高いからとかそういうのではまったくない。要するに霊能力です。
こんなご時世だしね。そんな人いっぱいいるし、むしろ能力持ちのほうが優遇される世の中ですよ?
私の場合、もともと東にいたことと、直接襲われた経験もあって、結構強い霊能力が発現してるらしい。
やっぱり人間、それらしい刺激があったほうが霊能力も成長しやすいとかなんとか。
まぁ、ここ二十年のうちで急速に増えた能力者に対応しながら研究が進められてるところらしいので詳しいことはわかりません。そもそも判明してても高校生の私が理解できるとは思わないけど。
一応、魔物にだって普通の剣や銃だって効くんだけど、それだけだと心もとない。
何より物量が足りない。霊能力は心の力。いや、学術的には魂の力、で使うもの、らしい。ので疲れはするけど、休めば回復するんだって。
要するに休息で補給のできる武器だと思えば百鬼夜行に突っ込むのにこれほど頼れるものはないよね。
しかも、その用途もいろいろ。火の玉出したり、氷の槍出したり、風の刃だったり、街の防衛システムにも使われてるものから、身体能力の強化とか、ほんとにいろいろできちゃう。
ま、なんだかんだ言ったけど私を守るんだから私より強くて頼りになる人にしてね、というお話。なんだ一言で済むじゃん。
あと報酬の予算は百万円しかないのでその範囲の人で。ついでに目的地不明でもいい人。うわ、なんだこの依頼内容。
口座に二百万残ってたはずだろって? 百万は使う予定があるの。免許とったりとか。免許とったらもちろん、
「嬢ちゃんの歳でバイクに乗りたい、しかもオフロードときたもんだ。渋いねぇ」
「お父さんがバイク好きなんだ。そのおかげで立派なバイク好きに育ちました」
「親子でツーリングかい? 羨ましい。おじさんもうちのせがれと乗ってみたいもんだよ。よ―っし、張り切ってカスタムしてやっからなぁ」
「おー、それじゃ、心置きなくおまかせします」
というわけでバイクの購入。お父さんと私がバイク好きなのは本当のことだよ。それに東に行くなら悪路に強いオフロードバイクのほうが車より便利な場面が多いし。
残りのお金は装備を整えて、食料を用意してのためのものだからもう使い途は決まってる。
なので予算は百万円でお願いしたわけなんだけど、さすがにこの条件だとなかなか人は見つからなかった。
そりゃ強い人ほど数は少ないし報酬は高いもん。だからといって私より弱い人を雇うフリだけするなんて勿体なさすぎるし、何より私だってできるだけ安全に行きたい。
目的地不明な時点で安全もへったくれもない気がするけどそんなこと言ってたら始まらないし。
奇特な人がいることを願いましょう。
とかなんとか考えながら果報は寝て待てということで、しばらーく待ってたんだけどね。
さすがに三ヶ月も連絡なしだと諦めもつく。そもそも夏休みを使って行く予定だったので時期的に限界。
「もう誰でもいいからいっちばん安い人のなかでなんか見た目だけ頼りになりそうなの呼んで。どっかで置いていくから」
両親の説得にだけ使えればいいや。
というわけでやってきた見た目だけは大柄でがっしりした落ち着いた感じのおじさんとお父さんお母さんを会わせて、ご安心くださいって言ってもらって。
二人としても私のやりたいことを頭ごなしに否定したくない気持ちがあったみたいで、あとで聞いた話だけど、深く頭を下げてお願いされたらしい。罪悪感が湧くから知らないでいたかった。
そんなこんなで外堀を埋め終わって、八月になってからようやく出発。三重を経由して愛知に入ったところで百鬼夜行に遭遇してあの有様。
なんか急に端折ったなって? 流石にちょっとプロローグに文字数かけすぎたかなと思って。これ以上だらだら話していても仕方ないよね。
あ、これだけは言っておこうかな。安物買いの銭失いってほんとだよ。あのおじさん、最初から置いていくつもりだったけど初日の夜にはもういなかったからね。