任務後の休息
「クーローム! 仕事終わってお金入ったからさ、キセノのお洋服を買いに行こうよ!」
俺がジェルマンの研究所から帰って一週間。
平日は仕事。
休日は暗殺というハードなスケジュールをこなし、ようやく休めると思っていたのに――早朝
7時に、ミウムが部屋と扉を叩いた。
不愉快な朝を迎えた俺は、このまま寝たふりをしてやり過ごそうと布団を被る。
しばらくすると、扉を叩いていた音が消えた。
諦めて帰ってくれたのか。
安心して目を閉じる。
二度寝するのも悪くないよな。
睡魔に身を任せて眠りの中に落ちていく。
ごそごそと俺の布団に何かが潜り込んでくる。
これは夢か。
中途半端に起きたからか、自分が夢を見ていると確信する。
布団に潜りこんできたなにかは、「ぎゅっ」と俺を抱きしめる。
昔、妹とこんな風に一つの布団で眠ったっけ。
そういえば、妹と和やかな日の夢を見るのは久しぶりだ。
俺は抱き着いてきた妹の頭を撫でて、そっと抱き着く。
……あれ?
夢にしては妙に感触がはっきりと伝わってくるぞ?
それに、妹にしては、その、胸はふくよかだし、頭に耳のような物が付いている――って、
「キセノ!?」
「クロム……起きた?」
俺の布団の中に潜り込んでいたのはキセノだった。
ピンクの髪と獣の耳が特徴的な少女。
研究所にいた『獣人』や変化した生物は、全てボスが引き取りどこかで管理するらしい。(後日、ボスも良からぬ研究をしているのではないかと、密かに探りを入れたところ、『獣人』たちに可愛らしい服を着せ、身の回りの世話を任せていた。どうやら、最初からそれが目的で俺達は送り込まれたようだ)
キセノだけは、ミウムが気に入ったようで仕事の報酬として共に暮らすことにしたらしい。
そんな少女が、なぜ、俺の部屋に忍び込んでいるのか。
その答えは直ぐに分かった。
「あーあ。こんな可愛い女の子に抱き着くなんて相当溜まってるんだね! その、私で良かったら相手しようか?」
「……おい、ただですら目覚めの悪い朝なのに、更に気分を悪くするようなことをいわないでくれ。俺はそう言った下品な言葉は嫌いなんだよ」
一週間ぶりの休日なのに最悪だ。
俺は布団から上体を起こして髪を掻き上げる。
不機嫌な俺の表情に、
「じゃあ……、私が相手する」
と、キセノがそっと抱き着いてきた。
「……ミウム。変なことばかり教えるんじゃねぇよ!」
「流石にそれは教えてないんだけどな」
「嘘つくなよ――って、いうか、なんで人の部屋に勝手に入ってるんだ!」
「やだなー。この家作るのに、私も関わってるんだよ? そりゃ、鍵くらいはもってるよ」
「だからって、使っていいとは限らないだろ。そしてキセノ。分かったから一度離れてくれ」
「分かった。……離れる」
キセノの頭から香る匂いと、柔らかな毛皮の感触が消える。
少しだけ惜しいことをした。
もう少しだけ、あのままでも良かったかもしれない。
けどな、そうしたら、ミウムにまた何て言われるか……。
「よし! じゃあ、クロムも起きたことだし、早速、お買い物に行く準備をしよー!」
「買い物って……。俺達は別にいいけど、流石にキセノをこのまま外に出すのはマズいだろ。下手したら『骸鬼』と間違われる可能性も零じゃないぜ?」
見た目だけでいえば、『骸鬼』に近い。
そして、『魔力』は『上級魔法師』に匹敵する。だが、キセノ本人は『魔法』の使い方をしらないようで、ただただ、勿体ないというしかない。
まあ、人為的に造られたらしいので、そんな力は使わない方が幸せなのだろうが。
「大丈夫! クロムがそう言うであろうということを私は事前に予測してたからね! キセノ!」
「……分かりました」
キセノはそう言って、部屋の外に出る。
数分で再び俺の部屋に戻ると、帽子と袖の長いコートで全身を隠していた。
「ほら! こうすれば普通の人と変わらないでしょ! 私って天才だよ!」
「確かに分からないだろうけどさ……」
「なにさ!」
「洋服買いに行くのに、その格好しかできないんじゃ、あんまり意味ないんじゃないか?」
「意味あるよ! 私がお家でキセノに着せたいんだもん! それに、外出用の服だってこれ一着じゃ可哀そうでしょ!」
「そうなのか……?」
外出用に一着と、仕事の通勤用に数着の服しか持ってないので、俺の部屋は男の部屋とは思えないほど片付いていた。
本当は何もないだけなんだけど。
「……私、もっと色々着てみたい」
「ほら! キセノもこう言ってるんだから決定! じゃあ、今から30分後に集合ね!」
二人はそう言って外に消えた。
どうやら、俺の休日は今日もまた、無くなることが確定したらしい。