研究所
「あーあ。なんで、朝から私も行かなきゃいけないんだよー! 私は頭脳労働専門なんだ! 馬鹿と一緒にしないで欲しいよね!」
「……それは、あれか? 遠まわしに俺のことを馬鹿って言ってるのか?」
「そうだよ? そんなことにも気付かないから馬鹿だって言ってるんだよ!」
「俺のは嫌味だ! お前こそ気付け!」
くそ、俺だって本当は一人で良かったさ。
だが、俺達が来ているのは編みこまれた鉄塔付近だった。
ここはなんでも、最近、良からぬことをしているらしい。
具体的に言えば、『魔鉱石』を『魔法師』の体内に埋め込む実験をしている組織だ。そこに俺達のライバルが関わっているということで、新しい同業者と、古くからのライバルを同時に倒すために、仕事を任された。
……。
つーか、『利益で繋がる組織』(笑)は、人数が少ないんだから、無理して他の所と喧嘩すんなよ。
でも、ま――人体実験をしてるっつーなら、妹がいる可能性はあるな。
「よし、じゃあ、ちょっと俺は行ってくるから、ミウムはそこで待ってろよ」
「なんで、私も行くよ」
「お前な……。こっから先は相手の『研究施設』なんだ。侵入しようとしたら直ぐにバレるだろ? だからお前は、お得意な頭脳労働でもしててくれよ」
「……でも」
「なんだよ。もしかして、俺のこと心配してくれてんのかよ、らしくないな」
「ううん。もう、ここまで歩いたから充分働いてると思うんだ。ここまで働いたら、なにをしても一緒だよ!?」
「外に出て移動することは労働じゃねぇ!」
これから、危険を侵す俺の心配よりも自分が、既に肉体労働をしていることを心配するミウム。俺がやろうとしてることと、外に出て移動する疲労は同等だとでもいうのか。
「えー。移動する時間も業務時間だよ」
「いいからお前は休んでろよ。こっからは俺の専門だ」
俺は崖の上から『研究施設』を眺める。
思っているよりは小さいな。
階数は4階。
広さは縦に3部屋、横に4部屋か……。
この大きさなら、『上級魔法師』が一人と『中級魔法師』が二人ってところか。
感知が得意な『魔法師』が一人はいるだろうが――その分、『魔法』の威力が低いことを祈るばかりだ。
「ミウム。敵の主な数と、『中級魔法師』以上が何人いるか教えてくれ」
「うーん、ちょっと待っててよ」
ミウムがここに来たのは敵の『研究』の分析、及び『魔法師』の把握をすることだ。
大雑把な把握しかできない俺とは違い、ミウムの精度は高い。
俺達の組織でもトップクラスである。
もっとも、殆ど部屋から出ないので本人が使うことはめったにないのだが。
「……えっと、『中級魔法師』が10人。『上級魔法師』が3人ってとこかな」
「おいおい。そんな人数、有り得ないだろ。いくらなんでも、それ、俺達の工場と同じだぜ?」
大企業の本社工場と同じ人数の『上級魔法師』なんて……こんな小さな場所にどれだけ集めてんだよ。
それとも、あれか?
工場と研究所は違うってか?
なんにせよ、俺一人じゃ厳しいぞ?
これは一度帰って、ボスに相談したほうがいいんじゃないか?
俺はミウムに聞いた。
「なあ、ミウム――」
「……頑張ってね!」
無視された。
……もう一度聞いてみよう。
「いや、俺も頑張りたいんだけどさ、だから――」
「頑張れ!」
最後まで話を聞いて貰えない。
ていうか、頑張れって他人事すぎるだろ。
「だから、まず、ボスに話を……」
「いいから、行け!」
……怒られた。
どうやら引くことは許してくれないらしい。
「分かったよ。その代わりどうなっても知らないからな!」
◇
「とは言ったが、侵入自体はさほど難しくはないんだよな」
木々に囲われた研究所。
森の中に一軒だけだ。
しかも、この森は私有地らしく関係者以外立ち入り禁止だ。
そのため、近くで暮らす人々からは『不気味の森』なんて呼ばれているらしい。森から獣の呻き声が聞こえることも、そう呼ばれることに関係しているだろう。
「……っと、あぶねぇ」
研究所に近い木々の上から観察していたが、視界の先に1人の男が現れた。
「『魔力』よりも、目視で見つけるって、人としてどうなんだよ」
だが、相手は俺の存在に気付いていないようだ。
なら、今のうちに――。
俺は木々から飛び降りる。
地面は柔らかな土だ。
着地した足音を吸収してくれる。
腰に付いたホルスターからナイフを抜き、息を殺して背後から近づく。
距離は5歩分の間合い。
ここからなら、『魔法』を使われる前に、俺の刃物が突き刺さる。
「……はっ!」
背後から男の口を抑えて喉を掻っ切る。
取り敢えず、一人クリアだ。
でも、まだ人は多いんだよな……。
「今回の目的は、この研究所の責任者――ジェルマンだ。後は研究内容の把握」
無理して全滅させる必要はない。
分かってるが、妹ももしかしたら、頭のイカれた研究者に好き勝手身体をいじくりまわされると思うと、どうしてもな……。
いや、元より俺は復讐のために『本島』に来たんだ。
生活の手助けをして貰っているからと、ボスたちに合わせる必要はない。
利益を出せばそれでいい。
だからこそ、俺はここにいるんだ。
「取り敢えず、外にいるのはこいつだけか……」
研究所の正面から内部に入る。
やはり、警備は甘い。
殆どの施設は警備員として『上級魔法師』や『中級魔法師』を雇うことが多い。
『魔力』の監視で、高額な賃金を貰えることから、『魔法師』ならば、警備は誰しもが憧れる職業だ。
だが、『魔力』を捨てた俺からすれば、それは有難いことでしかない。
「ミウムみたいな馬鹿がいれば、酷い目には合わないのにな」
ミウムは『魔力』を持たない俺に嫌がらせをするために、『魔力認証システム』なるものを作成しようとしたことがあった。
だが、それに使う『鬼ヶ島』の『魔鉱石』が足りなかったことで、中途半端なまま挫折していた。結果、よく分からない半球の乗り物を作ったのだ。
どこをどうすれば、あんな変なモノを作れるのだろう。
「俺には縁のないことか」
発明なんて出来るほどの頭はない。
俺は隠れるだけの卑怯者だからな。
研究所の中は至ってシンプルな構造だった。
入り口から奥までそれぞれ区画が決まっており、その両脇にはガラス張りの部屋があった。ガラスの中にいるのは、獣が多いか。
俺は奥に向けて進んでいく。
「……あれ?」
まて、これはおかしいぞ?
ミウムは『中級魔法師』や『上級魔法師』は複数人いると言っていた。
なのに、中には人は見当たらない。
まだ、全部を見て回ったわけではないが、それでも、一人も姿を見ていないというのはどういうことだ?
俺は自信の心もとない魔力感知を行うが――確かに『魔力』はある。
このことを一度、ミウムに伝えに戻った方がいいのか?
「ま、そうするにしても、一応、全部は見ておいた方がいいか」
俺は引き返そうとしたが、再び歩き出す。
人がいないなら、これはチャンスだ。
奥に、奥にと進んでいくにつれ、とあることに気付いた。
4足で歩く獣が二本足で立ったり、昆虫の脚が人間のモノになったりと異形な姿をしているのだ。しかもそれは――奥に進むにつれて、より、人に近づいていく。
最上階へと続く階段を登る。
そこはこれまでの階層とは違い、ガラスで区切られていなかった。
広い間取りにいるのは、首輪を付けられた少女達。
全員が頭から耳を生やしていた。
生きてはいるのだろうが、全員、真っ直ぐ一点を見つめて動かない。
「『骸鬼』……?」
『魔力』の影響によって肉体が変化して、角が生え、皮膚が爛れる。
たが、ここにいる少女たちは角ではなく耳。
そして、皮膚の崩れではなく、毛皮が生えている。
どういうことだ……?
駄目だ。
考えても俺には予想を立てることもできない。
ならば一度戻るべきか。
ミウムなら、なにかしら判断を下すことができる。
俺の目的であるジェルマンがいないのは気になるが……。
「私……、『獣人』」
「……うん?」
帰ろうとした俺の背から声が聞こえてきた。