殺人現場の工場あと
『魔力発生装置』を貰った俺は、再び工場に戻ってきた。
現場に入った俺に気付いたのか、ドランが近づいてくる。
「あ、おい。お前、どこ行ってたんだよ」
「別に、ちょっと、忘れ物があったから、この騒ぎに便乗して家に帰っただけだ、問題ない」
「いや、問題はあるだろ……。中々の根性してるな、お前……」
まあ、目が無かったら大騒ぎになるから、多少の無理は仕方ない。
根性がいいのではなく、そうするしかなかったのだ。
「別にそうでもないさ。そういうお前こそ、いいのか? 仕事しなくて」
いや、仕事をしていないのはドランだけじゃない。
『下級魔法師』や『中級魔法師』含めた全員が、手を止め力なく座っていた。
仕事をせずに何をやってるのだろう。
『骸鬼』は殺されたはずだが……?
俺の問いにドランが答えた。
「お前な、それどころじゃないんだよ。何でもここにあった死体が一つじゃなかったんだ」
「……」
あ、そうか。
忘れてたよ。
俺がマルコラスを殺したんだ。
……そりゃ、問題になるわな。
「おい、どうしたんだ? そりゃ、マルコラスさんが死んだのはショックだろうが、しっかりしろよ」
「あ、ああ。凄いショックだな。ショックで今日から飯がマズくなりそうだ」
そこまでなのか!?
俺は全然、なんとも感じないんだけど。
しかし、ドランもやっぱり『魔法師』の世界しか知らないんだな。
だから、『上級魔法師』は偉くて、信頼できると思ってる。
そういう奴らこそ、何かあったら直ぐに裏切るというのに。
「……やっぱ、『骸鬼』は怖ぇよ。『上級魔法師』と相打ちなんて、どんだけ強いんだ」
「……だな。まあ、きっと、そのマルコラスさんとやらも、いきなりの訪問で油断してたんだろ」
助けを乞う『骸鬼』を容赦なく殺してたけどな。
俺は適当に話を合わていく。
ドランに取って身近に『骸鬼』が現れたのは、よほどの出来事なのか、
「これを機に、俺もなんか武器買おうかな……。申請するの面倒だけど、やっぱり、持ってた方がいいだろ?」
護身用の武器を購入しようかと真剣に悩んでいるようだった。
『魔法』が使えない『下級魔法師』にとって、『魔鉱石』を使って作られる『魔器』は必需品だ。
「どうだかな。どっちにしても、今日の仕事はないのか。なら、俺はさっさと帰るぜ?」
「それが、そういうわけにもいかないんだよ。今、現場検証やらで『警察』が来てるんだ。それまでは、誰も外に出るなだってさ」
「……帰ってこなきゃよかった」
『警察』は犯罪を追うエリート集団。
その中には『下級魔法師』は一人もいない。
一応、ナイフの傷跡が目立たないようにはしてきたが――本格的に調べられたら『骸鬼』が殺してないと気付かれてしまう。
『警察』の中に真面目な奴がいないことを祈るか。
特にやる事のない俺は、ドランが購入しようか悩んでいる武器の相談に乗っていた。
一番の有力候補は『銃』と呼ばれるタイプ。
『魔力』で変換した空気を圧縮し、前方に飛ばす『魔器』だ。
消費魔力が少なく、大きさも小さいことからあらゆる層に人気だ。
最近では、様々なバリエーションが増え、殺傷力を低めたスポーツとして話題に上がったりもする。
『魔器』が発展するのはいいが、世界がどこに向かってるのか心配だ。
その技術は『鬼ヶ島』には伝わってこないしな。
「おーい、お前ら、今日は帰っていいってよ!」
様子を見に行っていた一人が現場に戻ってきた。
誰も呼び出されることなく帰宅が命じられた。
「良かったな、ドラン」
「良くはねぇだよ。それに、帰れるのは俺達『下級魔法師』だけだろ。役に立たないのに申し訳ないだろ」
「……それも、そうだな」
そうか。
俺達は疑いが晴れたのではなく、最初から容疑者に入っていない。
『下級魔法師』は『上級魔法師』を倒すことは有り得ない。
性能のいい『魔器』があれば、可能性はあるが、こんな底辺の工場で働いている俺達にはどう足掻いても手に出来ない。
強い奴がより強くなるのが、『魔法師』の世界だ。
それが分かっていても、抜け出すことのない地獄。
ただ、従うだけの人生。
俺はそんなの御免だ。
妹を攫った奴らに従うなんて、どれだけ大金を摘まれてもしない。
だから俺は、利益のみを求める組織に入ったんだ。
強い奴を殺し、妹の行方を捜すために。
妹が攫われた時、『鬼ヶ島』の人々は、もう、諦めた方が良いと俺を慰めてきたが、俺とユウロの考えは違った。
わざわざ、『鬼ヶ島』までやってきて、『骸鬼』を攫った『魔法師』が、そう簡単に殺すとは思えない。
殺すなら、その場で殺しているはずだ。
俺の両親と同じく、無残に殺せば良かったんだ。
だだが、『魔法師(やつら」』はそれをしなかった。
ならば、妹はまだ生きているはずだ。
僅かな望みをかけて、俺はここにいる。
作業服から着替えようとロッカールームに向かう。
俺達に与えらえたのは横幅か20㎝。
縦は一メートルほどの小さなロッカーだった。
丁寧に服を折りたたまないと仕舞うことすらままならない。
俺は作業服を脱いで私服に着替える。
袖に手を通してズボンをはこうとした時、ロッカーの向こう側から声が聞こえてきた。
「で、どうだ? 今日、予定よりも早く終わったから、一杯、いくかい?」
ドランが俺を飲みに誘っているらしい。
一時間無駄にしたとは言え、俺達の定時からは少しだけ早い。
明日は休みだし、出掛けるには丁度いい――と俺も思っていたが、残念なことに明日は既に先約があった。なにもなければ、ドランの誘いに乗ったんだけどな。
「……あー、悪い。俺、明日早いんだ」
「そっか……。は、さてはお前……彼女だな!?」
「残念ながら。ま、ちょっとした野暮用だ。俺なら直ぐ終わると思うけどな」
明日の用事。
それは、どこぞの研究者を暗殺することだった。