独占者の発明家
『上級魔法師』を殺した俺は、工場からこっそりと抜け出し、日々の生活をしている我が家に戻ってきた。
奇襲を仕掛けるために、『魔力』を発生させている眼球を潰してしまった今、俺に『魔力』はない。そんな状態で働いたら何を言われるか分かった物じゃない。
俺が暮らす家はピラミッドみたいな家だ。
正方形の建築物が階数が高くなるにつれて少なくなる。
一番下が4つ。
一番上は1つだ。
4つ並んだサイコロ上の建造物。
その右から二番目の扉を開いた。
「おーい! ミウム、いないのかー! ちょっと、頼みがあるんだけどー!」
ここは俺が一人で暮らしている家じゃない。
何人かが集まって暮らすシェアハウスだ。
えっと、今、何人がこの家にいるのかな?
殆どあったことないから分からないや。
関わる気もないし。
俺以外の住人は、なんでも家族のように仲が良いらしい。
自分たちのことを『一族』だなんて言っているくらいだ。
だが、俺が入ったこの部屋で生活をしているミウムには、俺はお世話にならねばならない。
部屋の中に声を掛けるが、返事はない。
しかし、扉が開いたということはこの中にいるだろう。
「よし、お邪魔します」
何度も声を出すのが面倒な俺は、勝手に家の中に上がる。
ミウムの部屋は物置と大して変わらない。
なにに使うのか分からない機械や配線、ダクトが部屋を駆け回り、『魔鉱石』までもが、乱雑に放置されていた。
貧乏人な俺には『魔鉱石』はそこそこな値段だと感じるが、ミウムに取っては安物なのかな……?
ダクトと積まれた荷物を避けながら奥に進むと、一番奥に彼女はいた。
背中を丸めてなにやら作業をしていた。
後ろから見ると、うねうねと波立たせる黒髪は、軟体動物のようだ。その足を掴んで思い切り引っ張りたい衝動に駆られる。
まあ、そんなことしたら、お願いは聞いて貰えないので普通に声を掛けるんだけど。
「おい、ミウム!」
「あ、えっ!! う、うわわわ」
背後から声を掛けた俺に驚いたのか、急いで振り向いたためにバランスを崩して椅子から落ちた。
なにもそんなに驚かなくてもいいだろうが。
背中を床に付けて、両足の間から視線を合わせるミウム。
「あれあれ? ここに近づく『魔力』は感じなかったけど、なんでクロムがここにいるのかな? 君には私が作った『魔力発生装置』を渡していると思うんだけどな!!」
「ああ。その通りだ。俺はそれを貰っている。だが、それが今はない。つまり――どういうことか分かるか?」
右目は空洞で骨が見えているのだ。
顔を見ればどんな人間でも察しがつく。ましてやミウムは、俺の右目――『魔力発生装置』を作った張本人なのだから。
「それって、ただ、壊れただけじゃないか!! 大事に扱ってるの? それを作るのは大変なんだぞ!」
「……惜しい。壊れたんじゃない。壊したんだ!」
「なんで、そんな得意げにいうのさ!! 壊れたならまだしも、自分の手で壊すなんて考えられないよ……」
怒ったと思えば今度は泣き出す。
子供みたいな性格だ。
見た目もかなり幼いが、たしか、実年齢は俺よりも一つか二つ年を取ってたと思うが。
「……泣くのはいいけど、まずは、その格好をなんとかした方がいいぞ?」
いい年をした女性が、足を広げて臀部を向けるな。
俺の言葉に足を倒して、仰向けになり、そこから身体を転がして起き上がる。もそもそとした動きは芋虫のようだ。
起き上がるとミウムの背が低いのが分かる。
猫背だから余計に低く感じるのかもしれない。
「うう……うう」
涙を流しながら、ミウムは椅子に座り直す。
そして、ひじ掛けに付いた『魔鉱石』に『魔力』を流す。すると、椅子の背もたれや下部から、音を出して機械が展開していく。
ウォンウォンと形成されていった椅子は、半球になり宙を浮く。
足元についた『魔鉱石』から、『風』を放出して浮かしているのか。
「なんだよ、これ……。凄いな……。また新しいモノを作ったのか?」
下を向いた半球の中心に座るミウムに聞いた。
凄いと褒めたからか、涙を消して「でしょでしょ!!」と得意げに笑った。
どうしたら感情がそんなに変わるのか。
是非とも教えて貰いたいものだ。
しかし、俺が教えて欲しいこととは違って、ミウムは自分が作った発明品の説明を聞いてもいないのに語りだす。
「へっへっへ。これはね、鉄に『魔力』を込めるんじゃなくて、『魔力』に鉄のもつ成分を少し加えて行ったんだ。そして、あらかじめ、作っていた置いた型に流して、『吸収』の『魔鉱石』を使うと、微量に残った鉄は収縮し、再び『魔力』を込めると再構築される性質を持つのを発見したのさ。……君のくれた『魔鉱石』は、実に素晴らしい!!」
そう言ってミウムは俺の頭に、「みょんみょん」と長く伸びた手で頭を叩く。
伸びたと言ってもミウムの手が実際に伸びたわけじゃない。
鉄の腕で俺の頭を撫でた。
「あんなものでも役に立って良かったよ。ユウロに感謝だな」
「ユウロ! 『鬼ヶ島』で『魔鉱石』を管理している『骸鬼』の一人だよね! いいなー、会ってみたいなー!」
『魔力』を奪う『魔鉱石』
その存在はユウロの一族にしか伝えられていない。まあ、俺がミウムにも伝えてしまっているので、今はもう彼らだけの秘密ではなくなっている。
俺が『鬼ヶ島』を出る際に受け取った『魔鉱石』の欠片は、既にミウムに渡している。
それが、俺が『魔力発生装置』を貰う約束だったから。
研究者であるミウムは、その道の『魔鉱石』に興味を持っているようで、それを管理するユウロに只ならぬ憧れを抱いていた。
最も、ユウロならば彼女の憧れを壊すことはないんだろうな。
俺も久しぶりに会ってみたいが――、
「『鬼ヶ島』に入るのは厳しいからな。普通なら戻ってこれないし」
一度行ったら、帰ってこれない。
そもそも、『鬼ヶ島』に入ることすら困難だ
「大丈夫、大丈夫。だってクロムはここにいるじゃない」
「……その代わり、『魔力』を失ってるんだけどな」
『骸鬼』になって、『魔力』を失って、『魔法師』でも『骸鬼』でもない、中途半端な存在として俺はここにいる。
ハッキリ言って、『魔力』がない生活は不便だ。
当たり前のことができないという辛さは――味わったものにしか分からない。そりゃそうだ。だって、皆あるんだもん。
「まあ、そうだね。それに勝手なことすると、怒られちゃうもんね! 『鬼ヶ島』の監視体制は、ますます凄いもんねー」
そういいながら、ミウムは鉄の腕を使って何やら探し始める。
ダクトとゴミを掻き分けていくと、お目当てのモノを見つけたのか、俺に投げ渡す。
「まだ、予備作ってないから、それ、最後の一個! 絶対に壊さないでよね!!」
「……あ、ありがとう」
貰ったのは嬉しんだけど、あれ、これ、俺、目の中に入れるんだよな?
なんか、埃塗れなんだけど……?
大丈夫、変な病気とかにならない?
水洗い可なのかな……?
とにかく、新たな眼球――『魔力発生装置』を手に入れた俺は、急いで工場に戻る。
往復に時間がかかり、騒ぎから一時間近く経過している。
流石に、もう、皆作業に戻ってるよな。
「仕事戻るから、また、何かあったら頼みに来るぜ」
「うん、いつでもいいよ! その代わり、忘れないでよ? 私達の鉄則を」
「……分かってるよ」
俺はそう言ってピラミッド型の家から出た。
扉を静かに閉めて見上げる。
「鉄則か……」
そうだ。
その鉄則こそ、家族じゃない俺達を繋ぐルール。
例え、俺にその気がなくてもここにいる以上は守らなければいけない。
それが、利益によって繋がる組織、『独占者』――俺達だ。
『独占者(インバース』なんて、格好つけた名前を名乗っているが、ようするに、この建物で暮らす奴らは俺も含めてまともじゃない。
それだけの話だ。
殺しから強盗まで、利益があれば何でもやる野蛮な人間の集まり。
今の俺も――その中の一人でしかなかった。