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職場での暗殺

 俺が『中級魔法師』に頭を下げてから一時間が経過した。

 もう直ぐ、今日の仕事も終わりだと、時間を意識し始めた時だった。

 作業場に警報(ベル)が鳴り響いた。


「なんだ、これ……?」


 この警報がなるなんて、避難訓練の時しかない。

 今日、朝礼で訓練するって言ってたか?


 俺は荷物を運んでいたドランを呼び止めて聞いた。


「なあ、今日って訓練するって朝礼で言ってたか?」


「おいおいおい。お前さ、誰に聞いてんだよ。俺が朝礼の連絡を覚えてる訳ないだろうが」


「はっはっはっは。だよなー。大体、朝早くて眠いのに、ダラダラと日程を連絡されて覚えてられないよな」


「その通りだぜ!!」


 声を揃えて笑い声をあげる。

 そんな俺達を『中級魔法師』が睨んだ。

 なんだよ。

 睨まなくても直ぐに仕事に戻るってーの。


 俺は飲料が梱包された箱を持ち上げて重ねていく。

 警報がなってから、二つ目の箱を運んだ時だった。

『中級魔法師』が突如、作業場から逃げ出したのだ。


 一体、どうしたんだ?


 逃げる『中級魔法師』の背中を呆然と眺める作業者たち。

 今度はドランが俺に質問をしてきた。


「なあ、あいつ、なんで職場から避難したんだ? これ、訓練だろ?」


 今も鳴り響く音を指差す。

 質問に対して俺が答えるよりも先に、その答えをドランは見つけた。


「あ、ひょっとして、今感じてる、この馬鹿でかい『魔力』が原因か?」


 言われてみれば――。

 俺は神経を集中する。

 普段の職場では感じられない大きな『魔力』。

 いや、これは大きいだけじゃない。

 どこか、荒々しく気分が悪くなる。

 懐かしい――感覚だ。


「ああ、感じるな。つーか、これって『骸鬼ロード』じゃないか?」


「『骸鬼ロード』かー。いやー、まさか職場に現れるなんてびっくりですなー。最後に現れたのって数年前だろ?」


「全くだ。運がいいのか悪いのか」


「そりゃ、お前、運は悪いだろ。だって、相手は『骸鬼ロード』なんだぜ?――って、『骸鬼ロード』!?」


 ドランが自分の頬を叩いて、今感じている魔力が現実かどうかを確かめる。


「マジかよ……。夢じゃない」


「だろうな」


骸鬼ロード』を感じ取ったのは俺達だけじゃない。

 職場にいた人間達が、我先にと非難をして行く。


 俺とドランも顔を見合わせて、避難する人々の波に紛れた。

 混乱した職場では、日頃の訓練も虚しく怒声と暴言が飛び交っていた。その中で直ぐにドランと逸れてしまう。


 正確には俺が自ら波から抜け出したのだが。


「さてと……」


 俺は『骸鬼ロード』の元へと向かう。

『魔力』の感知は苦手だ。

 細かな場所までは把握できない。


 でも、現れた場所が工場で良かった。

 ある程度の工場内の配置は把握している。


「俺も『骸鬼ロード』だったからな。放っておけないさ」


 どんな目にあうか分かっているのだから。

 ましてや、この職場には『上級魔法師』がいる。

 最悪――この場で殺されてしまう。


 それだけは避けたい。

 俺はそう思いながら、工場の中を進んでいく。

骸鬼ロード』を助けようとしているのがバレないように、姿を隠しながらだ。


「あ、そうだ……。の前に、これ、壊しておくか」


 俺は右目に指を入れて眼球をくりぬいた。

 綺麗に取れた眼球を握りつぶし、ポケットにしまう。


 右目は空洞になる。

 流石にこれは恰好悪いか。

 砕いた眼球を仕舞ったポケットとは反対側から、黒い眼帯を取り出して身に着ける。

 これでよし。


骸鬼ロード』を止めた時、角は自然と消滅したが、剥き出しになった右目だけは戻らなかった。故に日頃は人工的に造った眼球と皮膚で誤魔化している。

 しかも、おまけに『魔力』の発生装置として機能するおまけ付き。


 やっぱり持つべきものは使える仲間だぜ。

 ……造ってもらった物を壊してしまったので、怒られるだろうが、まあ、これで俺は『魔力』を一切持たない状態になった。


 それは、『魔力』が感知できる世界では優位に立つことが多い。

 俺は何度もこれを使ってきたしな。


『魔力』を持たない無能も、使える道具と覚悟かあれば、役に立つということだ。


「ここか……」


骸鬼ロード』の『魔力』はタンク室と呼ばれる部屋から溢れていた。

 そこには、『上級魔法師』――マルコラスが生み出した『水』と果実を混ぜて飲料とする作業場である。


 普段の作業では中々ここに入る機会はないが、何度見ても圧巻される。

 高さ25mほどの巨大なタンクが、縦に4列。横に6個並んでいるのだ。

 そして、それぞれのタンクの上には、拳を二つ分の『魔鉱石』が付いている。

 この『魔鉱石』の持つ属性は『風』

 タンク内には『魔鉱石』から伸びる羽が付いており、風の『魔法』によって動く仕組みなのだ。羽根が動いて『上級魔法師』が生み出す天然物の水と自家製の果実を混ぜる。


「にしても、こんな作られてるんだな」


 ただ、完成した物を仕分けて運ぶだけでは想像できない量だ。

 タンクの陰に隠れながら移動していくと――二人の男女が向き合っていた。

 一人は金色の髪をした男。

 マルコラスだ。


「僕が勤務する日に『骸鬼ロード』が現れるなんて最悪だよ。いや、違うな。悪くはないか。この手で『骸鬼ロード』を殺せるんだから」


「……た、助けて下さい。わ、私は……何も変わってません」


 マルコラスの前で震えている女性。

 彼女は確か、今年から働いている新人だ。

 黒い髪を頭の後ろで一つに縛った姿と大きな瞳は、ドランが「可愛いよなー」と呟いていた記憶がある。


 だが、今はその特徴よりも、後頭部から伸びる二つの角と、骨が見える左手の二の腕に視線を奪われる。

 彼女は間違いなく『骸鬼ロード』に覚醒していた。


「おいおい。誰がどう見ても変わってるでしょ? 『魔力』だって気持ち悪いし、見た目も醜い。さっさと消えて欲しくなるよ」


「で、でも……」


「はいはい。分かった、分かった。分かったから――死ね」


「え……」


 マルコラスの右手から、一本の水槍が伸びていた。

 『魔力』によって、形状を変化し硬質かした『属性武装魔法』――『上級魔法師』にしか扱えない皇難易度の『魔法』だ。


 貫かれた腹部から、血を流す『骸鬼ロード』。

 ……。


骸鬼(ロード)』は危険だから殺す。

 それは、俺が逃げたあの日から、今も変わらずだ。


 でも――。

 殺す必要はない。

 最後のよりどころの『鬼ヶ島』がある。

 そこに追放するだけでも充分ではないか。


 その選択肢がありながら、この男は同じ職場の人間を殺したんだ。

 もっとも、『下級魔法師』の俺達の顔を全員覚えてる訳はないか。


 動かなくなった死体を蹴り飛ばして欠伸をするマルコラス。


「あーあ。だりぃーな。これ、ひょっとして報告書を書かなきゃいけないパターンじゃね?」


 油断だらけの背に回り、俺はその面倒くさい報告書を書かずに済むように手助けをした。


「……そんなに書きたくないなら、書かなくていいよ」


「はっ……? なんだ――っ、いてぇ!!」


 背後からマルコラスに近づき、ナイフを突き差した。


「なっ……。お前は……。な、何故……? この場には……『魔力』は……」


 ナイフを引き抜く。

 刺されたショックで倒れたマルコラスは、最後に首を捻って俺を見た。

 昼間、嫌味を言った俺の顔は、まだ、記憶に残っていたらしい。

 覚えてなくていいのに。


「何故って、お前みたいな奴らに復讐するためにこうなったんだよ。まだ、かろうじて動けてるみたいだし、助かるよ。最後に一つ、聞かせてくれ。そうしたら、命を助けることもやぶさかじゃない」


「……わ、分かった。だから、早く助けてくれ!!」


 ひゅー、ひゅーと喉から細い息をする男。

 これは急がないとマズいな。

 死んじまう。


「今から一年前に、『鬼ヶ島』から連れ去れた女の子を知ってるか? それはもう、とても可愛いかったんだけど」


「し、知らない……。し、質問には答えたぞ! だ、だから助けてくれ」


「「ああ、分かった。分かったから――死ね」だっけか? お前がこの子を殺したのはさ」


 そっくりそのまま返してやるよ。

 俺はそう言ってナイフを首に突き刺した。


「げ、刃がボロボロだ。ま、『魔力』が使われてないから、こんなもんか」


 どんな微弱な『魔力』も纏わないに越したことはない。

 俺が『上級魔法師』を殺すにはこの方法しかないのだから。


「『骸鬼ロード』になんて――好きでなりたくはないよな」


 俺は命を奪われた女性に呟いてその場を後にした。


「『上級魔法師』でも――知らないももんは知らないか」

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