上に立つ者の差別
「おーい! いつまで寝てるんだよ、クロム。もう、昼休みは終わるぞ?」
どうやら、俺は夢を見ていたようだ。
一年前に取った自らの選択を。
そうか。
つまり、俺はもうユウロと一年間も会ってない訳か。
あいつ、元気かなー。
よし、まだ眠いし、夢の中でまた会ってくるか。
再び眠りにつこうとした俺を揺すり起こそうとする。
「あ、おい、寝るなって。今、絶対起きただろうが!」
この声は――ドランだな?
目を開けなくても、暑苦しい顔が瞼の裏に浮かんでくる。
ドシドシと揺する力を強める同僚に、「う、うーん。あ、あと5分だけ」と俺は唸った。
「そうか。あと5分寝たら昼休みは終わるから、まあ二度寝したら――怒られることは間違いないな。でも、怒られるのが好きなお前にとってはご褒美だからな、頑張れよ!」
「頑張れよ! じゃないだろ。そこは強く起こしてくれ!」
それに俺は怒られるのが好きな変態じゃない。
むしろ嫌いだ。
起こされなくて怒られる。
ふむ、語呂だけ見れば悪くない。
まあ、今はどうでもいいことだがな。
眠っていたソファから身体を起こして、俺は「ぐっ」と伸びをする。
そして、大きな欠伸を一つ吐いた俺にドランが言う。
「なんで、俺がお前を起こさなきゃいけないんだ! 可愛い幼馴染ならともかくよ!」
「馬鹿! お前、幼馴染だったら、起こすより起こされる方がいいだろうが」
「それは……一理あるな」
結果的に幼馴染に起こされたいという共通の妄想に花を咲かせる俺達に、その場にいた先輩が呆れ顔で指示を出す。
「おら、二人揃って下らないこと言ってんな。早く作業場に戻るぞ」
「はーい」
俺が眠っていたソファの反対側には出入り口が。その扉には「焦らず作業しましょう」や「『魔力』の使い過ぎに注意」と言った注意書きが張り付けられていた。
ここは「飲料」を精製する工場だ。
自分が勤務している会社を自慢する気はないが、かなりの市場規模を誇る――言うなれば大企業だ。
自家で菜園する農場から、流通、工場まで経営している。
そして、俺がいる工場では、採取した『果実』と『上級魔法師』が生み出す『水』を混ぜて飲料を作っていた。
『上級魔法師』が生み出す清らかな『水』というこだわりが売りだった。
まあ、『魔鉱石』によって、基本的な4つの属性――『火』『水』『土』『風』が扱える現代では、「『上級魔法師』が生み出す『水』」と言う拘りが功を奏したようで、今も尚、市場規模を拡大していた。
「さて、あと3時間頑張りますか!」
ドランが肩を廻しながら部屋から出ていく。
俺も昼からの作業に遅れないように、早足で作業場に向かう。
俺達が休憩していた待機室から作業場までは、「資材置き場」と呼ばれる部屋を通って行かなければならない。
乾燥した果実の甘ったるい匂いを嗅ぎながら歩いて行く。
資材置き場と作業場の境が見える。
そこには透明な扉がある。
開いて中に入ると、そこは4人が並べるほどの空間があった。
「ほら、早く来いよ!」
「悪いな」
ドランが扉を開けて待つ。
俺が中に入ると、ドランが壁に接地された『魔鉱石』に触れる。ドランの体内にある『魔力』を流しいれているのだ。
すると、『魔鉱石』から風が吹き出す。
この風を利用して身体に付着した埃を落とすのだ。
『魔法』が使えない『下級魔法師』でも扱える『魔鉱石』は、至る所で利用されていた。
決められた時間を守り、埃を落とした俺達は作業場に入る。
そこは、混ぜ合わされた「飲料」を包装して運ぶ人々の姿があった。
「飲料」の元である水を生み出すのは『魔法』ではあるが、出来上がった製品を整列させて並べるのは人の力。
『魔法』なんて使われていない。
こんな作業に、『中級魔法師』や『上級魔法師』を携わらせるのは勿体ないと誰もが思っているのだ。
ここにいる人間達は、体内にある『魔力』よりも、体力に期待される――いうならば、底辺の作業場だ。
『下級魔法師』の中でも落ちこぼれた人間の掃きだめ。
『魔鉱石』によって、誰しもが『魔法』を扱える時代になりつつある世界で、俺達は肉体を買われて仕事をしているのだ。
昼休みの終わりを告げる鐘がなり、俺とドランはそれぞれの持ち場に戻ろうとしたが――見知らぬ声に呼び止められた。
「君たち……。作業に戻るのが遅いんじゃないかい?」
ツカツカと足音を鳴らして近づいてくる男。
金色の髪とこの作業場に相応しくない、煌びやかに装飾された服装。
初めて見る男に、俺は怪訝な顔をする。
だが、隣に立つドランはこの男を知っているようで、姿勢を正して頭を下げた。
「す、すいません! あ、明日からは5分前から作業に戻るようにします!!」
「あのねぇ、「します!」じゃないの。するのが当たり前なの。既に守れていない人がどれだけ「する」「やる」を宣言したところで、その言葉に価値はないんですよ」
「ごめんなさい!」
「……」
なんだよ、こいつは。
いきなり来て偉そうに命令しやがって。
もしも、5分前から作業に戻る必要があるなら、だったら昼休み終了時間を短くすればいいだろうが。
何のための合図だよ。
大体、ドランは俺を起こしてくれたんだ。
本当なら、遅れなかったはず。
……あれ?
でも、日頃から時間ギリギリに俺とドランは戻るから――今日だけの話じゃないか。
しかし、まあ、今日は起こして貰った借りがあるから、それは返しておくか。
「ドランは悪くない。俺が昼休みに眠ってたのが悪いんだ」
「ね、寝てた!?」
俺の言葉に信じられないと額に手を当てて、ふらつく男。
「あなた、ここに眠りに来てるんですか? 違うでしょう!? 一体、どうやったらそんな発想に辿り着くのか。これだから『下級魔法師』は嫌いなんですよ」
「……あん?」
こいつ……喧嘩売ってんのか?
一触即発な空気を醸す俺をドランが止めた。
「馬鹿、遅れてる時点で俺も悪いんだ。いいから、ほら、お前も謝れよ!」
ドランが無理やり俺の頭を掴んで地べたに座らせる。
そして、額を汚い作業場の床に擦り付けて謝った。
「ふっふっふ。良かったですね。もう一人が賢くて。ただし、次にあなた方が遅れたら首ですよ?」
来たときと同じく高らかに作業場から出て行った。
「おい、クロム! お前、あの人が誰か知ってんだろ!? なに、剣呑な空気だしてんだよ!」
姿の見えなくなった背中を指差してドランが叫んだ。
「いや……知らん」
「おま、マジか……。あの人はマルコラスさんだ。この工場に『水』を供給している『上級魔法師』だよ。お前だってマルコラスさんの『魔力』を感じたろ?」
「悪い……。寝ぼけてよく分からなかった」
『魔力』は誰もが体内に持つ力。
そして、その力はどんな人間でも感じることが出来るのだ。
勿論、個人差はあるが。
例えば、『上級魔法師』。
彼らは他人が持つ『魔力』を感じ、誰がどこにいるかまで把握することができるのだ。
もっとも、『下級』である俺達には、そんな真似はできない。
精々、「この辺の『魔力』が大きいなー」程度でしか感じることはない。
それでも、流石に目の前にいれば気付くのだろうけど。
寝ぼけていたとはいえ、マルコラスとやらの『魔力』を感じ取れなかった俺に、「全く、お前は図太いんだか鈍いんだか」と、首を振って言葉を続ける。
「ま、どちらにせよ、俺の詫びで助かったのは事実だからな。精々、感謝しろよ」
今の一件はドランが頭を下げたことで事なきを得たのだと得意げになる。
いや、それはそうなんだけど、なんか同僚の得意げな顔みてるとイラつくんだよな。
人として最低だとは思うが、もとより、底辺な俺は、「すいませんでした!!」と、床に手を突いて謝った。
「……なんだ、それ」
「ドランの真似」
ほら、お前も謝るんだよと、無理やり頭を下げさせる真似をする。
これがお前が得意げになったことなんだと、迫真の演技で再現するが――ドランが俺の頭を踏みつけた。
「……よし、お前、喧嘩売ってんな。ちょっと、表でろや!!」
「おお、やったるわ!」
頭まで踏まれて黙っていられるか!
互いに額をぶつけながら外に向かう俺達の行く道を、一人の男が塞いだ。
俺やドランとは違う作業着を着た男だった。
「やめろ、馬鹿ども。ここには『中級魔法師』もいるんだ。勝手なことするな」
彼は俺達の作業場を取りまとめる『中級魔法師』。
俺達が肉体労働によって積み上げた荷物を『魔法』で運ぶ、俺達よりも偉い人だ。
ここでまた、目を付けられたらどうなるか……。
俺とドランは互いに顔を見合わせて――
「……すいません!!」
二人仲良く頭を地面に擦り付けた。
実に安い土下座である。