二回目の追放
「君は――本当にこの先に進むつもりなのか……?」
俺の前に立つ男が言った。
青い髪。
凛々しい表情。
そして、額の上から真っ直ぐ映える螺旋の角。
この男の名前はユウロ。
俺の兄貴分みたいな男だ。
いや、実際に兄弟と言っても過言じゃない。俺は人生の半分をユウロと共に過ごしていたのだから。
「もし、ここで引き返さないなら、僕は君を追放しなければならない。そんなこと――僕はしたくないんだ」
ユウロの表情が歪む。
本気で俺のことを心配してくれているのだろう。
ありがたいな。
いい兄貴持ったものだ。
「クロム。大体、君はあちら側から追い払われ、ここに逃げてきたんだろ? なら、なんでわざわざ、こちらからも追放されるようなことをするんだ」
自らを追い込む真似をする俺に言った。
「……俺だけじゃない」
「なに?」
「追い払われたのは俺だけじゃないだろ? それなのに、妹はあっちにいる。ならば、俺も後を追うしかないだろうが」
「でも……!! 僕達は『骸鬼』だ。決して『魔法師』とは相容れない」
そう――俺達は『骸鬼』だ。
鬼のような角を持ち、自身の持つ膨大な『魔力』で、身体の一部が爛れ、骨が剥き出しになっていることから名付けられた。
醜い姿と内に秘める甚大なる『魔力』に恐怖した『魔法師』。
数と技術力で勝る『魔法師』に敗北した『骸鬼』は、本島を離れ、小さな小島に隔離されて生きてきた。
この姿で本島に戻ったら、すぐにまた追い返される。
もしくは――殺される。
俺にも角はあるしな。
右耳の付け根から湾曲した小さな角。
そして、『魔力』によって空洞となった右目。
一目で『骸鬼』とバレてしまう。
だからこそ――俺はこの先に用があるのだ。
俺とユウロがいる場所は、『鬼ヶ島』の中心にある巨大な洞窟だった。
この先に進むことは、決められた一族しか許されない。
そして、その一族こそユウロであり、禁を犯そうとしているのが俺だった。
ユウロが正しくて俺が悪い。
実に分かりやすい構図だ。
分かりやすいのは嫌いじゃない。
大好きだ。
「この先に行けば、俺は元の姿に戻れるんだろ? 角のない姿に」
『魔法師』は角も剥き出しになった骨もない、至って健全の姿。普通であれば『骸鬼』になった時点で、元に戻ることもない。
『鬼ヶ島』にも、本島と同じく角を持たない人間は多数いる。
例えば『骸鬼』同士で生んだ子供だ。
『骸鬼』の子は『骸鬼』であると決まっている訳ではない。ある日、いきなり『魔力』の増加と共に変化するのだ。
俺も10年前――10歳の時に双子の妹と同時に覚醒した。
普通の人間だった母と父と共に『鬼ヶ島』に逃げ込んで――数年前に『魔法師』達に殺された。
妹は『骸鬼』の実験体として拉致され――ユウロ達と遊んでいた俺は無事だった。
『鬼ヶ島』に住む人々は、俺の家族が狙われたのは、離れで暮らしていたからだと慰めた。
いや、違うんだ。
父も母も、本島の人間。
実際は『骸鬼』が怖かったんだ。
その恐怖心から、『魔法師』に殺されたんじゃ世話はないけどな。
まあ、俺がここに『骸鬼』を人間にへと戻す方法を知ったのはその直後だった。
ユウロの家に引き取られたその日に、ユウロとユウロの父が話しているのを聞いてしまったのだ。
ここには人間に戻す禁忌がある。
だから近づけるなと。
その時から、俺はずっと考えていた。
人間の姿に戻って、妹を探し出し、両親を殺した奴らに復讐をするのだと。
もしも、邪魔をするのであれば、例えユウロだろうと俺は潰しにかかる。
『魔法』だけならば、ユウロの方が強いだろうが、俺はどっちかっていうと肉弾戦が得意だ。自身の身を破壊する『魔力』があっても、俺は『魔法』自体が得意じゃないから――影響はない。
『魔鉱石』があれば別なのだろうが、『鬼ヶ島』では貴重中の貴重。
俺みたいな人間には絶対に渡されない。
俺だって出来れば、ユウロと戦いたくはない。
互いに視線で思いをぶつけあう。
先に心が折れたのはユウロだった。
俺の妹――アインに惚れていたことも有ったからだろう。
「……分かった。好きにすると良いさ。案内するよ」
「おいおい。管理者が進んで案内していいのかよ?」
「ああ。そうだね。じゃあ、不審者がいないか見回りに行くよ。うん、誰にも付けられていないね」
前後左右を指差すユウロ。
指差呼称の先は俺には向けられなかった。
本当に――いい兄貴分を持った。
「……悪い奴だ。ばっちし目が合ってるってーの」
「クロムほど僕は悪くないよ」
ユウロは笑いながら、洞窟の中に入ろうとする。
入り口は鬼の口のように開き、中に入る俺達を呑み込もうとしているようだ。
中には灯りはなく、直ぐに前が見えなくなる。
すると、俺より一歩前を歩くユウロの手から、小さな火の玉が浮かび上がった。
ユウロが炎の『魔法』を使ったようだ。
「足元には気を付けてくれよ?」
炎が洞窟の中を照らす。
湿った岩肌からは水滴が落ち、「ぴちゃん」と洞窟に響く。
それ以外の音はない。
『無』と言っていいほど、この場所にはなにもない。
俺とユウロは奥に奥に進んでいく。
すると、細い洞窟の通路が終わり、大きく開いた空間があった。ユウロが右手に浮かぶ火球を振るうと、壁を添うようにして火球が飛んで行った。
どうやら、この空間壁には火を灯す燭台が設置されていたようで、一気に光が溢れ出す。
そして――その中央には、
「つ、蕾……? いや、違う、これは――『魔鉱石』か?」
ガク片の上に重なる花弁。
それらは全て青白い光を放つ鉱石――『魔鉱石』で作られていた。
「そうだよ。そして、これが『禁忌』の正体だ」
「これで……俺は人間に戻れるのか……?」
「クロム。君は勘違いしているようだから、訂正しておくけど――これは『骸鬼』を人間に戻すものじゃない」
「え……?」
「これは、『骸鬼』を人以下の――『魔力』を持たない無能へ変化させる装置だ」
「『魔力』がなくなる……?」
「そうだよ。これは先の戦時中に、人間達――『魔法師』によって造られたもの。僕らを人間に戻すといいながら、実際は僕達を無力化し、虐殺した兵器」
つまり、人に戻るというのは、ただ単に『魔力』を消失させることで、膨大な『魔力』によって変化した肉体をリセットするということらしい。
だが――『魔力』は誰もが持つ力。
それを失えばこの世界での生活が厳しくなるのは、馬鹿な俺でも理解できる。
「だから、僕はクロムに使って欲しくない。今ならまだ間に合う。どうする? 引き返すかい?」
「馬鹿言うな」
例え『魔力』を失っても、俺にはやり遂げなければならないことがある。
「俺はこいつを使うさ。普通に『魔法師』に挑んだところで、復讐は達せられない。ならば、誰もが使ったことがない手段の方が、確率は高いだろ?」
「……そうか。分かった。なら、自身の持つ『魔力』を込めてくれ」
「ああ」
俺は蕾のような『魔鉱石』に触れる。
触れた掌から俺の中にある『魔力』が吸い取られていく。
俺の持つ喪失感と比例するようにして、蕾の光は強くなり、白く、白く洞窟を照らす。
その光は全てを白紙に戻すような――そんな白さだった。
光りに包まれた俺は――意識を失った。