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『白亜』  作者: 桃瀬
9/10

1話_9・和音との遭遇

嘔吐流血表現。腐表現あり。

里帰り出産を希望した母と共に、母の故郷である岐阜の山奥へ向かっていた俺たちは、出発前に点検したはずだったピカピカの車の脱輪によって、俺を残し、全員が死んだ。俺は左腕の骨折と左瞼を切ったくらいの全身打撲くらいで済んだのだが、それは果たして不幸中の幸いと言っていいのだろうか。お医者さんや看護師さんには「お母さんやお父さん、妹さんの分まで生きるんだよ」と言われたが、傷を負って間もない俺には、それは冷酷で非情な生の押し付けに思えてしまった。

産まれてきていたら、5歳差になっていたのだろうか。まだ胎児であった妹にも名前があった。『自他ともに平和がもたらされますように』という意味が込められた、両親の愛情たっぷりの名前が。

妹は和音といった。まだ腹の中にいるというのに、度々腹をドンドンと蹴っては、母は「ふふ、早く産まれたいのね」と笑っていたものだ。その光景に俺も、早く一緒に遊びたいなだなんて思いながら、母と父と笑いあって皆でお腹を摩りあった。

それなのに現実というのは、かくも無情なものなのだろうか。深々と刺さったガードレールに強制的に切開された腹からぐちゃぐちゃになって飛び出した和音の姿を見た時、あぁ、平和なんて一生訪れることはないのだと思い知らされた。





「ぐぇ」

考え事をして走っていたら、広場を囲むように集まっていた人集りにぶつかって、そのまま地面に倒れ込む。人々の足の隙間から、広場の様子が少しだけ伺えた。

手前には見覚えのあるブーツと、地に広がる真っ赤な血。そしてブーツの更に前には、紺色のチャイナ服のようなものを身にまとっている、青色の長い髪の女の子が見えた。

「おい、アイツ剣奴だぞ」

「あの女の子やべぇんじゃねぇの。殺されるんじゃね」

「違うわよ、アレ、剣奴がやったんじゃなくてあの女の子がやったの。私、見たわ」

「マジかよ」

野次馬の雑音に混じる見知った名前と真相。あの時の劈くような悲鳴をあげた人は、あそこに倒れている全身がひしゃげた女性か。到底人間の力で行われたとは思えないほど、潰れたカエルのようになった女性の上に堂々たる風貌で立つあの子は、あの子こそ…


「和…音…?」


「…お兄ちゃん?お兄ちゃんなの?」

舌足らずな声が響き、周囲を囲っていた人々は口を閉ざし、全員、地べたにへばりつく俺へ注目した。和音と思われる青髪の女の子が俺の声を広い、こちらへ問いかけてきたからだ。俺はいたたまれなくなり、すぐさま立ち上がろうとしたが、情けないことにガクガクと足が震え、上手く立つことが出来ずにいた。

そんな無様な俺の肩に手を触れ、立ち上がらせようとしてくれる子がいた。

「和真、大丈夫?」

メアだ。いつの間にか追いついたらしいメアは、軽く息を切らしながらも俺を案じてくれていた。

「大丈夫…大丈夫だよ。うん、大丈夫だ」

メアに答えるというより自分へ言い聞かせるように、気持ちを奮って膝に力を入れる。完全にはなくなってないが、立てないほどの震えではなくなっていた。


「あは!お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!!」

声を荒らげながらお兄ちゃんと呼ぶ和音は、死体を蹴飛ばしてこちらへ向かってきたが、

「行かせるかよっ!!」

「…っ!!邪魔をするなぁああああ!!!」

俺らを庇うように立ち塞がった剣奴が和音に切りかかる。その攻撃を人間とは思えないほどぐにゃりと体を曲げ、剣奴の腹へ蹴りを入れた。よくしなる竹のような勢いで繰り出された蹴りは剣奴を軽く吹っ飛ばし、周囲の人たちを巻き込んで倒れた。

「剣奴!!」

「きゃあああああああああああああ!!!!」

剣奴が吹き飛ばされたことにより、先程まで棒立ちだった人々が、各々悲鳴をあげながら逃げ出していく。剣奴の安否は砂埃で確認できない。

「和真、和真は剣奴のとこにいってあげて」

メアが俺と和音の間に入り、両手をパンッと叩いた。

「少しだけなら時間はかせげるはずだから」

叩かれた両手から光の粒子が溢れ出し現れたのは、小型のマスケット銃。

「早く行って!」

「お、おう!」

その一言に惚けてた頭は冴え、遠くへ吹き飛んだ剣奴の元に走り出した。人が散ってくれたおかげで辺りは見渡せるようになり、瓦礫に埋もれている剣奴を見つけ出すことができた。


「あなたがメアね?わたしからすべてをうばった元凶…まずあなたからころしてあげる」

「それが何?私は私の欲に従って生きてるだけ。あなたに何か言われる筋合いは全くない」


「殺されるのはお前の方だ。この産まれ損ないの未熟児が、転生してきたことを後悔させてあげるわ」






「剣奴!おい!剣奴大丈夫か!?」

瓦礫を一つ一つ取り除き、道具屋の商品の下敷きになっていた剣奴を引き摺り出す。何本か骨は折れているようだが死んではいないようだ。ホッと息をつくが、激しく咳き込む剣奴の口から真っ黒の血の塊が吐き出され、本人以上に慌てふためく俺を馬鹿にするように剣奴が笑う。

「おいおいおいおいこれはやべぇやつなのでは…!?」

「ぁ”あ”…?全然やばくねぇし…でもちょっとだけ休ませてくれや…」

「それ死ぬフラグのやつでは!!?」

治療しようにも回復魔法が使えない俺は、ただ出血を止めようと脱いだ上着で腹の傷口を押さえるが、真っ白な服がすぐに真っ赤に染まるくらいにとめどなく流血し、噎せ返る血の匂いに吐き気がした。

「どうしよう、どうしよう、なぁどうすればいい?ヤバいってホントに死んじゃうって。あああ剣奴嫌だ死ぬなんて嫌だ、止まれ、止まれよどうして止まんねぇんだよ!クソっ!おえっ」

吐き気は収まらず嘔吐した。膝が吐瀉物で汚れていくがそんなのか待っていられなかった。昨夜から何も食べてなかったためほとんど胃液だけしか出なかったが、出すものがなくても脳が吐けと促しているように、何度も何度も嗚咽した。剣奴にかかっていようがかかっていまいがお構いなく、ボロボロと泣きながら嗚咽した。

「っはは、お前、くっそ汚ぇなぁ」

声をかけられハッとする。剣奴は、俺の膝についた胃液を、真っ赤な舌でペロリと舐めていたのだ。

「な、な、なにして」

「よく聞けよ和真。この程度の傷なんてこの世界じゃよくあることだ。見知った人間が次の日には死体で発見されてるなんて日常茶飯事だ。この程度で取り乱すな。慣れろ。まぁ、そんなことより和真、もうちょい近づいてくれや。あ、いっそ抱き上げてくれ」

「お、おう…?」

言われるがまま傷だらけの剣奴を抱き上げる。といっても想像より遥かに重く、力の完全に抜けた体を持ち上げるのは容易ではなかった。なんとか抱き抱えることが出来たが、失血により体は冷えきっていて耳元で隙間風のような吐息がかかるたびに昔の事故がフラッシバックされる。剣奴の腹からは中身こそ出てはいないが今でもずっとビュッビュッと血が溢れ出し、俺の体を汚していく。治療手段を持たない俺は、苦しそうに息をする剣奴の背中を撫でることしかできずにいた。

「ちと痛てぇかもしれねぇけど、我慢しろよ」

「は…?っーーー!?」

首筋に激痛が走る。耳元で咀嚼音が聞こえた。剣奴が、俺の首筋に噛みつき、肉を食いちぎったのだ。やがて、ごくん、と飲み込む音が耳に響いた。

「ふう…腹が減ってはなんとやらってやつだからな…」

痛みでチカチカと視界が点滅する。噛まれたことへの驚きと声が出せないほどの痛みでまた吐きそうになったが、酸素を求める魚のように動く口に、剣奴が無理やり口付けをしてきた。キスというより口移しのようなそれに抗う隙もなく、捩じ込まれた舌から喉へ何かが送り込まれた。それを吐くことも出来ず、ごくん、と飲み込む。

「おぇ、おぇえ、げほっ…何すんだよ」

「っは…悪ぃ悪ぃ。童貞には刺激が強すぎたか?」

「そういうんじゃ…!」

悪態をつこうと思ったが、言う前に肩の痛みが治まってるのに気づいた(正確には痛みはするが痛みの程度が減った)。

そして力なく抱かれるままだった剣奴はいつの間にか立ち上がり、メアたちの方をじぃっと見ていた。傷は塞がっている。どうやら、俺が気付かぬうちに回復魔法をかけていたようだ。

「さぁて。メアのおかげで全快…とまではいかねぇけど、足引っ張らねぇ程度には回復したし、さっさとアイツを殺すとするか」

「お、おい!殺すって…和音を探してたんじゃなかったのかよ!?」

「探してたけど、殺さないとは言ってねぇだろ?それに、今のアイツは殺さねぇととまらねぇ。だったら生かすつもりだったとしても殺すしかねぇ」

ナイフを構え直した剣奴がぐちゃぐちゃになった元箱へと指を指す。そこにはシンプルな長身の剣が落ちていた。

「お前もぼうっと突っ立ってないで戦う準備しろよ。最も、足手まといになるから自分の身だけ守ってろ、な?」

俺の返事を待つ前に戦いの渦中へ飛び込んでいく剣奴の姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。


ゲームのように剣を振るう必要も無い。


どこで聞いたかもわからない言葉が脳裏に過ぎるが、痛みも悲しみも感じるこの世界はゲームなんかじゃなく、少なくとも彼らにとっては現実なのだと思い知った俺は、見た目より軽い剣をぎゅうと握り、激闘の中へ飛び込んだ。

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