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『白亜』  作者: 桃瀬
7/10

1話_7・青りんごの冷製パスタは美味しい

「待って!待って待って待って!1回タンマ!な!落ち着こう!な!?」

叫んで枯れた喉から絞り出たのは、あまりにも無様な命乞い。どくどくと流れる血に滑りながら、少しずつ後退りしていくが、不幸中の不幸、悲しくも後ろは行き止まりで。

「なぁ…ホントタンマ…お願い…一生のお願い…」

ポケットに入っていたハンカチで傷口を押さえても、止血される気配なんて全く無く、次第に冷たくなってくる右腕に、怒りと悲しみとわけも分からず笑いが込み上げてきた。

気づいた時には、滾る感情に身を任せて怒鳴り散らしていた。

「ほんっっとうふざけるなよ!!こんな無防備極まりない一般市民に闇討ちするなんて!見りゃわかるだろ!?いかにも戦えませんってツラしてるじゃん!なんで襲うの!?理不尽すぎでしょ!?てめぇの殺人衝動オナニーのために刺されるこっちの身になってみろよ馬鹿野郎!!なぁにが見つけただアホ!こっちはてめぇなんが1ミリも知らねぇんだよクソが!!」

どうせ死ぬならとやけくそになって叫んでみたものの、どうやらここでタイムアップのようだ。失血と酸欠のおかげで、視界が時折点滅するたび、意識が何度か飛かける。音もよく拾えない。トンネルに入った時のような耳鳴りが、とてつもなく大きくなった感じで、世界が、大きく、傾いた。


「生命の息吹きよ…えーと…なんだったかな、とりあえずさっさと治しやがれよっと」


視界の端に、温かい光を感じる。先程まで死へ向かっていた体は徐々に温もりを取り戻し、脳に鳴り響いてた死の鐘の音は、次第になりを潜めていった。

「お、目ェ覚めたか?」

低いようで高いような男の声。さっきまでの刺さるような殺意を含んだ声とは違い、逆に落ち着くような声色だが、目の前に傅く男の姿は、紛れもなく自分を攻撃してきた男。

「その、悪かったな。いきなり刺しちまってよ」

「いや、こっちこそ急に怒鳴ってごめん…」

謝る必要なんて全然ないのにそうしてしまったのは、この男があまりにも叱られた犬のようにシュンとしているからか。犬だったら耳としっぽが垂れ下がっているんだろうなぁと余計なことを考えているうちに、痛みはすっかりなくなり、傷口は薄く残っているのみだ。

「俺が治癒魔法使えて良かったなぁ!じゃなかったら死んでた所だぜ!」

「いや、そんな得意げに言われても…」

刺してきたのはそっちじゃん。というツッコミは飲み込んで、ドヤ顔で魔法をかけ続けるこの不審者は、どうやら多少は話が通じるタイプらしい。色々聞きたいことはあるが…さて、何から問おうか。

「名前、なんていうんだ?」

しばらくの気まずい沈黙を破ったのは俺ではなく目の前の男で、気がついたら傷は完治し、痛みも全く無くなっていた。

「和真。あんたは?」

「俺は剣奴。剣奴さんでも剣奴様でも好きなように呼んでくれていいぜ!」

「じゃあ剣奴って呼ぶわ」

「ひでぇ!」

襲撃してきた男…剣奴は、すっかり殺気を鞘に収め、漫画だったら周りに花でも散っているだろうなと思うくらいの満面の笑みで俺に接してくる。ややフレンドリー過ぎだと思わないこともないが、先程までの殺意を向けられるよりは随分マシだ。

「俺の傷治したのって、所謂魔法ってやつなの?」

「あぁそうだぜ。つーか魔法も知らねーとかとんだ田舎者じゃねーかよ」

田舎者どころか異世界人?なんだけどな。溜息に混ざったその言葉は誰にも届かず、俺は得意げに話す剣奴に傾聴した。


どうやらこの世界の、剣奴たちみたいな一般的な人間でも魔法が使えるらしい。とは言っても超人的なモノではなく、剣奴が使っていた治癒魔法も生物の自己治癒力を促進させているだけだとか。

そして、魔法を使うには魔力が必要になるらしい。この世に存在する生物、及び無機物に宿っているらしいが…俺に当てはまるかはわからないらしい(別世界から来たと言ったらあっさり信じてくれた)。

「なぁなぁ、俺もついてっていいよな?」

目を輝かせながらこちらを見てくる様子は、さながら玩具を目の前にする子どものようにも見えたが、聞くところ剣奴は24歳とのこと。俺よりも10歳近く年上のくせに、子どもっぽい言動に微笑ましくも思える。

「ついてくるって言っても、どこに行けばいいか何をすればいいかわからない状況だけどな」

「それでも生きてさえいれば何でもできるもんだ」

生きてるって素晴らしいだろ?その問いに、さっき殺しにかかってきたのはそっちだろと剣奴の横腹を小突いた。


なんて素晴らしい皮肉なんだろう。

生きてすらいないというのに。




「おかえりー!…あれ?その人だぁれ?」

「ただいまメア。えーっと…どこから説明したらいいのか……」

すっかり日が暮れた午後6時過ぎ。エプロン姿のメアの出迎えで帰宅した俺たちは、促されるまま手洗いうがいをして食卓につく。

店の奥から食事を運んできてくれたのは、店主のキャサリンさんだ。少し疲れた表情をしているが、どうやら急ピッチで服を仕立ててくれたらしい。

「ちょっとちょっと!そいつ剣奴じゃないの!」

ややヒステリックな声を上げながらも夕食は丁寧にテーブルに起き、剣奴を指差して耳打ちされる。

「コイツがかの有名な殺人鬼よ…!といってもポンコツらしいから喧嘩さえ売らなきゃ生存率高いらしいけど…」

「お〜〜い、聞こえてんぞクソババア」

「だぁれがクソババアですってぇ!?」

即座にその場にあった椅子を持ち上げ投擲するキャサリンさん。軽く避けつつ更に煽っていく剣奴。そんなことお構いなく「今日のパスタはメアが作ったんだよ!すごいでしょ!」と笑顔でこちらを見てくるメア。あぁ可愛いぞ。凄いぞ。誰かこの惨状をどうにかしてくれ。

甘めに仕上がった青りんごの冷製パスタを食べながら、脳裏に浮かぶのは、両親と一緒に食べた最後の晩餐。

独りで食べる食事より誰かと食べる食事の方が、賑やかで楽しくて美味しいと感じるのは、きっと俺だけではないはず。

…椅子が飛ばないくらいの賑やかさでいいのだが。

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