1話_6・未知との遭遇
※流血表現あり
「今日のごはんはりんごパスタだよ!この街の名物なの!」
フリルのついたエプロンを身につけたメアが、ルンルンと店内を歩き回っている。その手にはりんごというより青りんごが握られている。
「りんごパスタ?なんか地雷臭がするんだけど…」
「りんごをあま〜く煮て和えた冷製パスタだよ!すっごく美味しいんだよ!ホントだよ!!」
「わ、わかったわかった。楽しみにしてるよ」
全身のありとあらゆるサイズを測られ力尽きている俺としては、フルーツとか野菜系よりもスタミナ系の夕飯が好ましいのだけれど。それを伝えるにはメアの笑顔が眩しすぎて。
「はぁ…なんか疲れたな…」
色々ありすぎて思わずため息が出る。なぁ知ってるか?ため息をすると幸せが逃げるってのはガセらしいぜ。
「大丈夫?少し休む?」
心配そうにこちらを覗き込む大きな瞳には、20歳ほど年をとったようにも見える俺の姿が。
「うーん…どうしよっかなぁ」
このままふかふかの布団に抱かれて安眠を貪るのもいいかもしれないが、あまりにもこの街を知らなさすぎる。少し街を探検してみてもいいかもしれない。まだまだぴちぴちの15歳なのだから、多少の夜更かしも許されるはずだと思うし。
「どうする?どっちにする?」
「少し散歩でもしてくるよ。夕飯に間に合うようには帰ってくるから」
「そう?変な人に絡まれないように気をつけてね!」
行ってらっしゃい!と元気よく手を振るメアに見送られ、未知の街へ踏み出した。
潮風とフルーツの香りが混ざった不思議な匂い。潮風やら酸味やら甘味やらで目がしぱしぱするのを感じながら、トコトコと街を練り歩く。
大通りは海外の商店街のような出店や人集り。無造作に高く積まれた数種類の果物、衣類、装飾品が、我先に我先にと次々に販売されていく。
少し人気のないところに行けば、不清潔なゴミが散乱し、職なしのように見える浮浪者が壁にもたれながら項垂れてしゃがんでいた。
そこで重大なことに気づいてしまった。
「あ?ここ、どこだ?」
完全に迷子だ。あぁそうさ、俺は北と南さえわからない方向音痴なのだから、人気のないとこに踏みいれば1発で道に迷うってことくらいわかっていただろうに。馬鹿か俺は。
浮浪者を刺激しないように意識していたら、自分がどっちから来たかわからなくなるくらい奥に進んでしまっていた。日は傾き始め、路地裏を怪しげにオレンジに染めていく。
カツン、
「…あ?」
何かを蹴ってしまったようだ。それは夕日に赤く染められた青リンゴ、ではなく、市場で1回もお目にかかれなかった赤い林檎。
「なんでこんな所に…」
その林檎を取ろうと手を伸ばした時、右手に鋭い激痛が走った。
「いっっっ!?」
右手の甲には俺の血でぬらぬらとギラつくナイフが、刺さって、
「ああああああああ!!!」
痛い!痛い痛い痛い痛い!!
焼けるような激痛が体を支配し、痛みを和らげようと本能で口から叫びと嗚咽が溢れる。それでも緩和されることのない痛みは急速に侵食し、地面にぶち撒かれた自分の血で滑って転んだ。
カツン、カツン
高い靴音が悲鳴に混ざる。そうだ、自然現象でナイフが刺さるわけがない。本日の天気は曇りのちナイフでしょう、だなんて馬鹿げた予報がない限りは。
「みィつけた」
それは三日月のようにニンマリと口角を上げ、俺の血がついたナイフをペロリと舐めた。
肌を大きく露出させた服、腕には血濡れの包帯、暁のような黒と赤の髪、虚ろな目。好意すら感じる殺気。
この世界に入って初めての「敵」だった。