1話_5・始まりの街
君は流されやすい性格だと思うのだよ。
流されやすいというより、染まりやすいって言った方が正しいのかもしれないね。私と友人関係になったのも、私が強引に連れ出したのが始まりであるし、そこに君の意見があったかというとそうでもないし。
君は、自分の意思を持っているのかな?
これからも誰かの選択に縋り続けるのかな?
まぁ、無自覚かもしれないけど。
レンガ造りの建物が並び、新たな旅路を歓迎するかのように鳥たちが鳴き、飛び立つ。
忙しなく、慌ただしく、楽しそうに。街人たちが様々な荷物を持ち、今日のお買い得はこれだとか、お兄さんイケメンだからおまけしちゃうだとか、やってることは俺がいた世界とあまり大差ない普通の商売のようにも見える…ファンタジー的な存在を除いて。
「和真、まずは服を着替えなくちゃ!いつまでも学生服だと目立っちゃうよ!」
「確かに…でも俺、金持ってないけど大丈夫?」
「メアの行きつけの服屋さんがあるからそこに行こう!」
言われるがままメアの後ろをついていき街中を闊歩する。道中、街人の視線がやけに気になったが…これもやはり学ランのせいなのだろうか?
「そういえば、この街のかるーい説明をしておくね!この街はトロットって言って、海に隣接してて海洋貿易が盛んなんだよ!お仕事を求めて遠くから出稼ぎに来る人も少なくなくて、港の方は少し治安が悪いの。だからあまり近寄らない方がいいかも」
言われてみれば、日焼けだろうか?焦げた肌を見せつけるように薄着の屈強な男たちをちらほらと見かけるような。肩にはお揃いの錨のタトゥーが施してあり、船人であることが窺える。
「あと、最近この辺に有名な殺人鬼さんがいるらしいから、出歩く時は人通りの多いところだけにしておいた方がいいよ」
「殺人鬼…。そんなのが普通にいる世界なんだな」
「割と多いかなぁ。国によって文化と文明、法も全然違うから、明確な線引きができないんだよね」
「なんというか、国家間格差の激しさは似たり寄ったりって感じだな」
そんな他愛もない話をしているうちに、メアのいう行きつけの服屋とやらに到着した。一見ただのスナックのようにも見えるド派手なイルミネーション。まだ昼間だというのに深夜のパチンコ店のようなギラギラした看板には『Catherine'sBAR』と書かれている。
「BARじゃん!服屋というか飲み屋じゃん!」
「細かいことはいーの!ささ、入ろ入ろ!」
いやメアよ、服屋と飲み屋の違いは大きなものだぞ。少なくとも俺たち未成年が入るようなところじゃないだろ。なんて抗議する暇もなく、半ば無理やり押し込まれる形で入店せざるを得なかった。
「始まりの街トロットの名物店『Catherine'sBAR』へようこそ!…ってあらメアじゃなぁい!」
「こんにちはキャサリン!相変わらずそうだね!和真、紹介するね。この人はこのお店のオーナーさん、キャサリンだよ」
メアに紹介された女性…キャサリンさんは、絢爛豪華な店の外観とはうって変わり普通の主婦のような出で立ちで、ただテンションはスナックのママそのものであった。腫れぼったい唇に真っ赤な紅を引き、染めたような茶髪には緩くパーマがかけられている。白基調のシンプルなエプロンは『年相応』感を演じさせている。
「初めまして、和真です」
「あらやだぁ!可愛い子じゃなぁい!メアの彼氏?」
「ち、違うよ!ね、和真!」
「はぁ…」
これが女子のノリというやつだろうか。女子どころかクラスメイトとの会話すらほとんどない俺にはやや胸焼けするような空気である。メアは頬を赤らめて強く否定し、ぽかぽかとキャサリンさんを叩いた。
「あの…服を着替えろってメアに言われてきたんすけど…」
じゃれ合っていた2人は俺の言葉で本来の目的を思い出したようで、コホンと咳払いをし、メアはカウンターに座った。
「そうなの!ねぇキャサリン、和真にぴったりのお洋服を仕立てて欲しいの!」
「あら、そういうことだったのね。和真くん、ちょっとサイズ測らせてもらうわね」
キャサリンさんはメジャーを取り出して…
「それはメジャーじゃなくて縄では!?」
「大丈夫大丈夫!真の仕立て屋は道具を選ばないものよ!」
「いやその理屈はおかしい!ぎゃー!メア助けてー!!」
助けを求めても「大丈夫、腕は確かだから!グッジョブ!」と親指を立ててウインクするだけで、あぁ、そんな、せめて同情くらいしてくれてもいいじゃないか。
サイズを測り終え、俺の体力がゼロになった頃には、すっかり陽は落ち朱色に染まりつつあった。