1話_3・車窓の記憶
車窓には何もなく。
名高い詩人であろうと、この景色を詩に表すのは難しいと思うくらい、何もない。本当に何もないのだ。
ただ一面に灰色の世界が広がっているだけで、ひたすらに同じところをぐるぐると回っているような感覚にも襲われる。
この電車は、どこへ行くのだろう?
「次は~○○~○○です~。お出口は~左側です~。ドアから離れてお待ち下さ~い」
どのくらい経っただろうか。
唐突にアナウンスが流れ、人々は出入り口へと集まっていく。外を見ても相変わらず、特筆すべき点が何もない、灰色の世界が広がっていた。
と思ったら、遠くの方から駅舎が近づいてくる。
それは、始めに見た駅より簡素で、所謂無人駅と呼ばれるものだった。
「ご乗車ありがとうございま~す。降りられるお客様は~足元にお気を付けてお降りくださいませ~」
開かれた出入り口に向かい、人々は外へ排出される。
車内は人気がほとんどなくなり、座席にも空席が目立つくらいに閑散としていた。
景色はひたすら灰色だし、人らしきモノは口すら開かない……そもそも話せるのかも謎……だし、降りる駅が決まっていないのでアナウンスを気にする必要もないわけであって…ここに来てから余計なことを考えてばかりで、気疲れしてきた。
俺は目蓋を閉じ、電車の振動を聞き揺すられながら、眠りにつくことにした。
その振動に懐かしさを感じながら。
「おはよう。今日は絶好の自殺日和だと思わないかい?」
「自殺日和ってなんだよ…」
「今日みたいに気圧が下がって天気が悪い日にテストなんてものがあると、学生は死にたくなるものだろう?」
「最初から勉強しておけば、死にたくなりもしないだろ」
「おぉ怖い。」
俺が通う高校は、冬休みに入る前に定期試験がある。
この記憶は、冬休み前の、クラスメイトとの何気なく会話をしているシーンである。
そして、次の質問を投げ掛けられる。
「和真君。君は、死んだらどうなると思う?」
俺は少し黙った後、吐き捨てるようにこう答えるのだ。
「死んだらそこで終わりだろ。」
「無意味だと?」
「生きること自体が鬼畜クソゲーなのに、わざわざ先のことなんて考えられるかよ。一手二手先のこと考えすぎて、死に急いで、強くてニューゲームに期待するなんて、人生楽観しすぎてくだらない。いつ死ぬかわからないこの世界で、取り残された人間もいるってのに」
「さすが遺族は違うねぇ」
「その言い方やめろよ」
俺が真剣に考えた回答をゴミ箱に捨てるかのようにヘラヘラと笑ってみせた。
「ここから飛び降りたら、死ぬかもしれないねぇ」
屋上の手すりに手をかけ、そいつはそう呟いた。
「下に植木があるから、生き残る可能性もあるかな」
「そいつぁ残念。誰か飛び降りないかなぁ」
「そんなに自殺者が出てほしいのかよ」
「その方か楽しめるだろう?」
なにが楽しめるんだよ。
そう悪態をつこうと思ったが、やめた。
それこそ無意味だと、思ったから。
目の前で笑うこの人間に、意味を求めてはいけないと知っているから。
ふわり、と、前髪が風に揺れるの感じた。
また灰色のヒトが乗車したのかと思うが、こんなに空いているのに人の目の前に立つなんて…少しだけ確認してやろう…伏せていた視線をひょいと、目の前に動かす。
視界に広がるのは、目一杯の無邪気な笑顔。
「こんにちは!おとなりいですか?」
「は、えー…と。どうぞ」
立っていたのは、蜂蜜色の髪をした、灰色のワンピースを着ている少女だった。