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『白亜』  作者: 桃瀬
10/10

1話_10・終息

グロ表現注意

ええ、そうです。貴方もそう感じていますか?そうですよね、この世界はとても不安定です。えぇ、はい。貴方が整え制御してきたこの現象は、徐々に崩壊しつつあります。今、1つの世界が危険に晒されています。悪夢の浸食度が増し、“主人公”とメアの同調が高まってしまったせいです。新たな“主人公”を引き込もうにも、手遅れな状態です。元々不安定な世界でしたから仕方のないことかもしれませんが…。はい、そのように。貴方がそう望むのなら、この世界はこのまま破棄します。私にできることは「Iは悲劇を辿り消滅した」と記録するだけですので。

どうかご自愛ください。貴方は支配者の代行であり、支配者そのものではないのです。救えない世界があるのは仕方ないことなのです。どうか、あまり自分を責めぬよう…。




砂埃が酷かった。あれだけ綺麗だった広場は数分のうちに瓦礫まみれになり、所々血のようなものが付着し、襲撃がいかに酷いものだったかを物語っていた。

「メア!どこにいるんだ!」

メアの姿を探して砂埃の中を突き進む。目は痛いし喉も痛い。さきほど噛みちぎられた跡も地味に痛いし本当なんなんだ一体。


状況を整理しようか。

俺、和真はトラックに轢かれたと思ったら変な駅に居て、駅長が勧めるがままに電車に乗り、そこでメアという女の子に出会った。そして、メアに導かれるままこの世界に降り立ち、路地裏で迷子になったところで剣奴と出会った。意気投合?した俺たちは共にBARで世話になることになり、1夜明けた今日…俺にそっくりな女の子、和音により街は襲撃された。

そして今、和音を止めてくれているメアを探しているというわけだ。

「和真!」

「メア!無事だったか?」

「うん、なんとか…」

俺が見つける前に先にメアが駆け寄ってきて、再開を喜ぶのも束の間、砂埃をかき消すようにこちらへ突進してくる和音の姿が見えた。

「っ危ない!」

咄嗟にメアを庇うよう抱きかかえ衝撃に備えたが、予想していた痛みはなく、代わりにゴトンと重たい音が響き渡る。

切り落とされた和音の足が、足元に転がっていた。

「なにするの、なにするのよぉ!なんで!なんでじゃまするの!?わたしはただ奪われたものをとりかえしたいだけなのにっ!なんでそいつをかばうのよぉ!なんでよぉ!!ひどいよお兄ちゃん!!!」

泣き叫ぶ和音に追い打ちをかけるように、残された片足も切り落とされる。ドス黒い血に混ざって見える糸のような物は筋繊維ってやつか、普通に生きてりゃ見ることもなかったソレに、あぁ、生の鶏肉ってこんな感じだっけ、唐揚げ食べたいなぁなどと逃避してみるも、ズボンに染み込む生暖かい血が思考を現実へ引き戻した。

「やだやだやだ!痛いよぉ!痛いよお兄ちゃん!なんでこんなひどいことするのぉ!ずっとずっと会いたかったのに!お腹の中でたのしみにしてたのに!!痛いよぉ!やだぁもうしぬのやだぁあ!!あああなんでなんでなんで!!おおお兄ちゃんころしゅ!!おお兄ちゃんきりゃいい!ころしゅ!!もうころしてやりゅのよおおお!!!」

必死に体をばたつかせて、涙やら鼻水やら涎やら…血やらでベトベトになりながらも、殺意だけは一直線に俺へと向けられ、まるでテケテケのように両手でこちらに飛びかかってくる。


「もう、終わりにしよう」


和音の足を切り落としていたのは砂埃に紛れていた剣奴だった。

背後から声がした、と思った時にはすでに俺たちの間に割って入っていた剣奴が、和音の最後の移動手段だった両腕を切り落とす。フォールディングナイフとは思えないほどの威力だ。血と肉が空を飛び、トルソーとなった和音はべちゃ、と無様に地に落ちた。

「おおおにいちゃおにいおおにちゃああなんでなんでいたいよおおおにいちゃ」

芋虫のように体をくねらせて狂ったように「おにいちゃん」と泣く姿に、吐き気と共に罪悪感が芽生えた。そうだ、俺とそっくりの見た目をしているから、本当にあの和音だとしたら、俺は、なんていうことをしてしまったんだ。

産まれてくることを心待ちにしていた妹。命が芽生えることもなく無理矢理母の腹を切り裂かれて出てきた、ぐちゃぐちゃの胎児だった妹。産まれて愛されることを望んでいたはずの妹。それなのに俺は、兄として和音を受け入れることも出来ず、愛おしさよりも恐怖と侮蔑が勝ってしまった。

はやく、これをどうにかしなくては。


「剣奴、もういい。もう、やめてくれ」

何とか絞り出した声は思ったよりも小さく震えていたが、それでも剣奴の耳には届いたようだ。振り上げていたナイフをパタン、と閉じ、ゆっくりと振り返り、俺を見た。

「あとは俺が、やるから」

持ってきていた剣の柄をぎゅっと握る。やれるのか、俺に。そんな不安を察してか否か、メアの小さな手が震える俺の手に重ねられた。

「大丈夫、和真は主人公だから」

「メア…」

「これは試練なんだよ、和真。和真が主人公になるための、乗り越えなきゃいけない試練なの。だから和真、苦しくても受け入れなきゃいけないんだよ。やらなきゃいけないんだよ」

悲しそうな、しかし嬉しそうでもあるメアの微笑みと言葉に、自分でも分からないが次第に震えは止まり、深呼吸をしながら剣を振りかぶる。


「さよなら…和音」


許してくれとは言わない。一生呪っても構わない。ただ今だけは、安らかに眠ってくれ。

振り下ろした剣は和音の脳天を突き刺した。「ぴぃ」と小さく悲鳴をあげた和音は体を丸め動かなくなり、脳やら目玉やらがドロリと流れ出していく。

その姿はまるで胎児のようだった。

ガードレールに突き刺されたあの時の姿とよく似ていた。


初めて自分の意思で人を殺した。それも家族になるはずだった、妹を。皮膚を突き破り骨を裂く感覚に、なぜ剣奴はああも平然とやってのけるのか、そういえば朝食食べ損ねたなぁと考えながら、吐いた。


そして思考は強制的に闇に遮断され、和音の臓物と自分の吐瀉物に抱かれるよう倒れ、意識を手放した。




*****



たくさんの管に繋がれている自分の姿を見下ろしていた。

ここは病室だ。TVドラマでよく見た事のある、真っ白な壁に真っ白のカーテン。ブラウン管を思わせるようなディスプレイには、恐らく心拍数を表す線のようなものが小さく脈打っている。

俺を見ているのは俺だけではなかった。椅子に座った祖母が、俺の手を握って何かを言っている様子が伺えた。

何を言っているかは聞き取れなかった。俯いた顔がどんな表情をしているのかもわからなかった。

わかってしまえば、全て終わってしまいそうな気がして怖かったんだ。

気づいてしまうのが、怖かったんだ。





「おはよう和真。よく眠れた?うなされてたけど…」

見知らぬ天井。正確には、この天井を見るのは2回目だ。夢を見ていた気がするが、どんな内容だったか忘れてしまった。

「おはようメア。えっと…」

「あのあと気絶しちゃってびっくりしたよ!剣奴がキャサリンの家まで運んでくれたんだ。あとでお礼言わなきゃね」

「そっか」

あのショッキングな出来事から一夜明け、窓から見える街並みは、まるで襲撃など最初からなかったかのように平静としているように見えた。だが、じっくりと見てみると、所々に惨劇の痕が残っているのが分かる。地面には色が変わるくらいに血が残り、家の外壁には刃物でつけられたような切り傷が上からペンキで上書きされている。一夜でここまで復旧することに驚いたが、それ以上に何だか薄気味悪くも感じた。

惨劇をなかったことにしようとしているのか、それとも──


「お腹すいてない?キャサリンが朝ごはん用意してくれてるから、一緒に食べに行こ!」

先に行ってるね!と、いつも通りの元気な声で言い残し、駆け足で階段を降りていった。

1人になった途端、部屋には静寂が訪れる。外は賑やかなはずなのに、この部屋だけ世界から切り取られてしまったみたいに、冷たい空気と重い静寂が支配していた。

窓ガラスに自分の顔が映る。酷い顔だ。そういえば食事もまともにとれてないし、風呂だって入ってなかったことを思い出した。せめて顔だけは洗おうとベッドから下り、思い足取りで洗面所へと向かった。



【 和真は『妹殺し』の称号を得た! 】


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